【金色の紋章Ⅱ】
目の前にいたのは、彼女がたった今まで考えていた人物そのものだった。
「お久しぶりです。私の事を覚えておいででしょうか?」
サアラは内心の動揺を悟られないように、にこやかな態度で応対する。
「・・・もちろん覚えていますとも。あの時はご案内ありがとうございました。ただあの日の私は一つだけ失敗をしてしまいました。」
「?」
「あなたの名前を伺えなかった事です。」
「これは大変失礼を・・・申し遅れましたが私はケイト・ブルームと申します。」
「ブルーム・・・もしやブルーム侯爵家のお身内ですか?」
「はい、ブルーム侯爵は私の父です。」
ケイトの答えを聞いたサアラは怪訝な表情を浮かべる。
「でも変ね。三候の一員であるブルーム家の令嬢と私が今まで面識が無いなんて、普通は考えられない事だわ。」
「それは私が養女だからです。」
「そういう事ね。」
ケイトの一言でサアラはあっさり納得したが、これには説明が必要だろう。
王宮のスタッフ、それも王族と日常的に接する機会が多いポジションともなれば、担当者にはそれなりの家格が求められる。
もし適任者の家格が不足している場合、それを補うために高位貴族の養女になるというのは、それほど珍しい話ではない。
だからケイトの場合、当主の娘といっても後継者候補ではなく、どちらかと言えば当主の部下に近い立場である可能性が高い。
前回と異なり、ケイトはメイド服姿ではない。
「ミス・ブルーム、仕事を無事に終えたあなたは、夜会を楽しんでおられるという事かしら?」
「そうだと良いのですが、残念ながら違います。今日の私は案内役ではなくメッセンジャーですわ。」
そう言うと彼女は一枚の手紙をサアラに差し出した。
「これは・・・?」
「ミス・アムロードへの招待状です。」
『招待状?・・・一体誰からの?』
渡された招待状を見つめるサアラに対して、任務を終えたケイトが声をかける。
「それでは私はまだ仕事が残っておりますので失礼いたします。」
「ええ、ありがとう。」
ケイトは去り、一人になったサアラは招待状の裏書きを確認したが、最も重要な情報である差出人のサインが見当たらない。
『!』
招待状の裏書きにサインしないという行為の裏には特別な意味がある。
招待した事を秘密にして欲しいという意思の表れだ。
そうであれば、招待の方法としてアムロード家に招待状を送るのではなく、手間をかけて本人にわざわざ招待状を直接手渡すという手法も納得できる。
サアラはこの場で招待状を開封したい誘惑にかられたが、さすがに夜会の会場で秘密の招待状を読みふける訳にはいかない。
『やっぱり後にするべきね。』
気持ちを切り替えたサアラは、招待客としての立場に戻っていった。
次回「金色の紋章Ⅲ」は、8月13日(水)午前7時10分頃に公開予定です。
どうぞお楽しみに。




