【愚か者の選択Ⅲ】
「手詰まりだな・・・」
本国に送る3度目の報告書を書き終えたばかりのオルドリッジ子爵は、大きなため息をついた後にそう呟いた。
「アムロード家が関わる王国内の異変の調査」という摂政直々の依頼を受けて彼が作成した報告書は、今回もひどく内容に乏しいものだった。
元々の依頼が具体性に欠けるとはいえ、何のヒントも掴めないまま、調査は暗礁に乗り上げている。
王国駐在の貴族であるオルドリッジ子爵は、長い年月をかけて王国中に独自の情報網を張り巡らせて来た。
そして彼の情報提供者は王国の貴族よりも商人や職人、農民といった平民の方が圧倒的に多い。
そのせいか、オルドリッジ子爵は経済的な観点から物事を読み解く手腕にたけていた。
どういう事か?
例えばある国が戦争を決意した場合、食料を中心に戦争に必要な物資を必ず買い漁る。
するとそれらの物資を取り扱う商人は緊急で大量の発注を抱える事になる。
飢饉でもないのに国が食料をかき集めるのだ。
情報統制の観点から、彼らが物資の使用目的を知らされなかったとしても、商人たちからすれば、何が起ころうとしているのかは一目瞭然だ。
この様に一見、政治的判断とは無縁な平民の方が下手な貴族より重要な情報を知っている事はあり得る。
彼はこの情報網を駆使して、貴重な情報を幾度となく本国に提供してきた。
ところが今回ばかりは勝手が違っている。
少なくとも経済という側面から見る限り、王国は戦争準備をしていない。
戦争でなければ、何か別の問題なのか?
例えば国王の健康問題、王家の後継者争い、あるいは貴族同士の諍いなど、数え上げればきりがない。
ところが調査の結果、出てくるものといえば既知の情報ばかりであり、異変と呼べるようなものは噂レベルでも皆無だった。
このままでは埒が明かないため、オルドリッジ子爵は想像し得る可能性について一つ一つ丁寧に潰していくという、極めて効率の悪い方法を取らざるを得ないと半ば覚悟を固めていた。
そんな矢先、オルドリッジ子爵の許に一通の手紙が届く。
それはリヴェラーノ伯爵からオルドリッジ子爵に宛てた私信だった。




