【失われた力】
『まさかそのまま残していてくれたなんて・・・』
追放前にサアラが使っていた居室は文字通り「そのまま」残されていた。
夕食を終えて居室に戻った彼女は、そこがまるで昨日まで使われていたかのように手入れが行き届いていた事に感動していた。
それはどう見ても急ごしらえで掃除したという雰囲気ではない。
城の人達は、サアラが不在の間もいつか戻ってくる日に備えて、日々手入れをしてくれていたのだ。
『本当にありがたいことだわ、でも・・・』
そんな心遣いを受けたにもかかわらず、追放が解かれれば、サアラは早々に王都に戻る事になるだろう。
少なくともエドルはそのつもりで動いている。
それを知っている彼女は、周りの人たちへ感謝すると同時に、申し訳なさも抱いていた。
エドルへの報告を終えた今、サアラが今日やるべき仕事は何も残されていない。
『もう寝ましょう。』
ところがサアラの慌ただしい一日は、それでは終わらなかった。
二日半の間、馬車に揺られ続けた彼女の身体は相当疲れているはずなのだが、床についても目が冴えてしまい、なかなか眠る事ができない。
『眠れん・・・』
サアラはあきらめてベッドから起き出し、王都で作成したロードマップを取り出すと現状分析を始めた。
『お父様は自信満々な様子だったけど、本当に王家の正式決定が覆る事なんてあり得るのだろうか・・・強制力が働くのではないのかしら?』
馬術大会のイベント以降、彼女が強制力の存在を意識したのは一度や二度ではない。
特にストーリーが後半に進むにつれてそれは顕著になり、実際に追放された今では強制力の存在を厳然たる事実として受け入れている。
それほどの強制力があるにもかかわらず、サアラの追放は取り消されようとしている。
強制力が突然消え去りでもしない限り、そのような事にはならないはずだ。
そこまで考えた彼女は、大切な事にようやく気付いた。
『そうか、分かった! エンディングだ・・・』
現実のサアラと同様、オリジナルのゲームでもサアラは王宮で追放を言い渡されるのだが、それは彼女にとって最後の登場シーンであり、その後のサアラについては何も描かれていない。
そして「ラストロマンス」は残念ながら全くヒットしなかったため、続編はもちろんの事、スピンアウト作品が作られる事も無かった。
つまり追放後のサアラ・アムロードについて、公式の設定は一切存在しない。
元々の設定が存在しない以上、強制力も働かない。
『そういう事か・・・』
サアラは今まで何となく自分の追放がそのまま続くものだと思い込んでいた。
しかし良く考えてみれば追放後のサアラについて、原作ゲームは何も決めていなかったのだ。
とすれば王宮の「水晶の間」でサアラが追放を言い渡された時から強制力が弱まり始め、彼女がランドンに戻って、追放処分が完成した時点で、ついに強制力はゼロになったとしても不思議ではない。
『今まで私を導いてくれた強制力は、恐らくもう存在しない。だから追放が反故にされようとしているんだわ』
今までは強制力により追放に向けて一直線に突き進んできたのが、彼女が追放された事で強制力が消滅し、今まで抑えつけられてきた矛盾が一気に噴き出したのだ。
『これからは未来に何が起こるか本当に分からないんだわ。』
唐突に筋書きの無くなった世界で、サアラは途方に暮れていた。




