【懐柔】
「お帰りなさいませ。」
城内で私を待っていたのは、家令のマリスである。
マリスはランドンにおける家臣の代表であり、アムロード家当主にしてサアラの父であるエドル・アムロード侯爵が不在の時には留守を預かる立場の人間だ。
「長旅でお疲れの所申し訳ありませんが、侯爵がお呼びです。」
「そう・・・」
父親からの呼び出しは当然予想していたため、サアラは全く驚かなかった。
「少しお休みになられますか?」
「いいえ、すぐに父の所へ参ります。」
サアラは一人でエドルの執務室に向かうと、部屋のドアをノックする。
「サアラです。」
返事はすぐに帰って来た。
「入れ」
この部屋に入るのも三年ぶりだ。
アムロード侯爵の執務室として、威厳のある雰囲気は三年前と何一つ変わらない。
普段は厳格な父親だが、サアラとエドルの関係は極めて良好だ。
エドルは礼儀作法やアムロード家の責務と言った、高位貴族として身に付けておくべき部分に関しては、サアラを厳しく指導したが、その一方で彼女の自由意思を出来るだけ尊重もしてくれた。
そのおかげでランドン時代のサアラは、伸び伸びとした日々を送る事が出来たのだ。
「事実関係は使者から報告を受けている。だが当事者であるお前の口から、改めて事の次第を確かめておきたい。」
「承知しました。」
サアラは自らの追放までの経緯を感情を交えず淡々と報告した。
「・・・・・・」
彼女の長い報告を無言で聞き終えたエドルは、しばらくして口を開いた。
「サアラよ、この様な辱めによくぞ耐えた。だが安心せよ。私が必ずお前の名誉を回復してやる。お前はすぐに大手を振って王都に戻る事になるだろう。」
『父上、そのおつもりなのですか!?』
驚くべき事に、エドルは王国の正式な決定を覆すつもりだった。
サアラは父親の下した判断に困惑した。
しかし『正直迷惑です』などとは口が裂けても言えないため、サアラはやんわりと懐柔を試みる。
「ありがとうございます、お父様。ただ私、特に急いではおりませんので・・・」
「何を言う!アムロード家の人間が恥をかかされたんだぞ。たとえ相手が王家であってもこのままでは済まさん!」
「お父様、先程申し上げた通り、今回の事は結局私が悪いのです。どうか誰もお恨みになりませんように。」
「誰かを恨んでいるわけではない。だがこの状況を放置するつもりも無い。」
「ただ当事者である私が事を荒立てたくないと申し上げているのです。」
サアラの懐柔はエドルの前では無力だった。
「サアラ、俺が何を問題にしているか分かっていないようだな・・・当事者がお前である事に間違いはないが、これはもうお前個人の問題ではないのだよ。」




