【トータルコーディネイター】
結婚前とは異なり、王太子妃であるソフィアは三侯の一員であるサアラと言えども気軽に会える存在ではなくなっている。
それが分かっていたサアラは、敢えてソフィアに連絡を取らなかった。
いくら親しい間柄であっても、せっかく王宮まで来たのだから、ついでに会うというわけにはいかないのだ。
面倒でも正式な面会手続きを踏むつもりだったサアラだが、相手が自分を呼び出してくれるなら話は別だ。
サアラは二つ返事で女性の誘いに応じた。
その女性は慣れた足取りで、通常は部外者が立ち入れない王宮の奥へとサアラを案内していった。
そして彼女は先導役を務めながらサアラに話しかける。
「妃殿下はミス・アムロードのご帰還を首を長くしてお待ちでしたよ。」
「そうでしたのね・・・私も妃殿下にお会い出来るのが楽しみです。」
サアラにとって相手の女性は初めて見る顔だった。
そのため彼女は素朴な疑問を口にする。
「そういえば私がサアラ・アムロードだとすぐにお分かりになったようだけど・・・」
「この王宮であなた様の顔を知らない人などいませんよ。」
彼女は当然と言った口調で断言する。
『私ってそんなに有名人なの!?』
自分が相当目立つ存在であるという自覚が薄いサアラは、内心軽いショックを覚えるが、気を取り直して話を続ける。
「それで貴方は普段、妃殿下にお仕えしているのですか?」
サアラの詮索めいた質問に対しても、相手は警戒感を表す事は無く、爽やかな笑顔を崩さない。
「もちろん妃殿下にもお仕えていますが、妃殿下の専属という訳ではありません。」
「妃殿下付きではないと・・・」
「ええ、私は王家の方々の服飾を主に担当しております。そのため王宮で大きな行事が行われる時は本業で非常に忙しくなりますが、そうでない時は比較的余裕がありますので、こうしたメッセンジャーのような仕事もさせて頂く事がございます。」
「まあ! それでは妃殿下の結婚祝賀の大夜会で服飾を担当されたのはあなたなの?」
「はい、あれはとてもやりがいのある仕事でした。」
サアラの予想通り、彼女は結婚祝賀の大夜会でソフィアを別人に変身させた張本人だった。
しかし目の前にいる彼女自身は至って地味である。
衣服と髪とメイクが高度に専門化・分業化している現代のファッション事情と異なり、この世界の服飾担当は衣服だけではなくヘアスタイルやメイクアップも同時に担当する。
つまり彼女はスタイリストと美容師とメイクアップアーティストを兼務する、いわばトータルコーディネイターという立場なのだ。
前世の記憶を持つサアラから見ると最先端の職業の様に見えるのだが、こちらの常識では単なる裏方に過ぎないため、それによって彼女が脚光を浴びる事は無い。
また王宮で働くメイドの場合、身分が平民であるとは限らない。
特にこういった高度なセンスを要求される仕事は貴族の子女が担当している場合が多いのだ。
サアラは相手が自分に対して全く物怖じしない話し方をする事や、洗練された物腰から見て、彼女が相当高位の貴族の子女であると判断した。
「あの日の妃殿下は本当に輝かれていたわ。機会があれば私もお願いしたいくらいよ。」
「もったいないお言葉です。」
サアラとしては才能あふれるこの女性の話をもう少し聞いてみたい気持ちだったが、目的地に到着したため会話は終了となる。
任務を果たした女性は最後にドアをノックすると用件を伝える。
「ソフィア妃殿下、ミス・アムロードをお連れしました。」




