【帰郷】
「お嬢様、ランドンが見えましたよ。」
それはサアラにとって待ちに待った知らせだった。
彼女は馬車の窓から急いで身を乗り出し、前方に目を凝らす。
サアラの視線の遥か彼方には辛うじて建物らしき何かが見える。
しかし彼女がそれを見間違える事は無かった。
「城壁だわ!」
それはサアラにとってかつて見慣れた光景だった。
アムロード侯爵家の領都・ランドン。
サアラ・アムロードが生まれ育った故郷である。
王国全土の約1/10という広大な土地を領有し、王国において「三侯」と呼ばれるトップスリーの一角を占める立場という押しも押されぬ大貴族、それがアムロード家だ。
アムロード家は表向きはクロスリート王国の一貴族に過ぎない。
しかし実際には近隣の小国に匹敵する程の経済力・軍事力を持っている。
それだけにアムロード侯爵家は王国にとって潜在的な脅威の対象となり得る存在だ。
もしアムロード家が他国と盟約して王国に反旗を翻した場合、それはクロスリート王国存亡の危機に直結する。
もちろんアムロード家は王国から特別に重用されており、アムロード家としてはわざわざ危険を冒す必要など無いのだが、王国から見れば、無警戒にして良い相手ではない。
サアラが今までランドンへの一時帰郷すら叶わなかったのは、まさしくそこに起因していた。
サアラの王都滞在は王国への臣従の証としての人質という意味合いを含んでいたため、よほどの理由がない限り、帰郷が許されなかったのだ。
だから彼女は追放でもされない限り、王都に縛り付けられる運命にあった。
『本当に帰って来たのね・・・』
奇跡的な帰郷を果たしたサアラは、人目もはばからず号泣していた。




