【母の決断】
「奥様、お急ぎを。」
真っ暗な地下通路を小さなランプの灯だけを頼りに、一組の男女が死地から逃れようとしている。
先導する男は少しでも視界が良くなるように、ランプを高くかざしていたが、ランプの灯が貧弱な上、足元も悪い。
しかも女は手に赤子を抱えていた。
これだけの悪条件が重なっては、いくら急ぎたくても、注意深く進むしか方法は無い。
一行が秘密の地下通路を進み始めてからおよそ10分、ついに道は階段のような段差で行き止まりとなった。
先導の男はそのまま段差を上り、通路の天井にある木製の蓋を開けると、新鮮な外気が通路に流れ込んでくる。
男は無言で注意深く地上に出ると、数分後に戻って来た。
「奥様、大丈夫です。待ち伏せはありませんでした。」
段差の途中で待っていた女は少しだけ表情を和らげると、手に抱えていた赤子を男に手渡そうとする。
「アルフレッド、この子を頼みます。安全な場所まで連れて行くのです。あなたなら囲みを抜けられるでしょう。」
男は驚愕の表情で反論する。
「何をおっしゃいますか!? 逃げるチャンスは今を置いて他にはありませんぞ!」
「あなたの言う通り、今なら刺客から逃げる事は可能でしょう。しかしこのまま逃げたところで問題が先送りになるだけです。王国の禍根はここで絶ちます。」
「奥様・・・まさか屋敷に戻られるというのですか!?」
男の問いに対して、女はきっぱりとした口調で返答する。
「ここで私が死んでもこの子が残れば良い。この子がいずれアムロード家の希望になるでしょう。アルフレッド、あなたに当家の未来を託します。これが私の最後の命令と心得なさい。」
無言で相手の表情をじっと見つめていたアルフレッドは、やがて諦めたように言葉を発する。
「どうやらお止めしても無駄のようですな・・・承知しました。サアラ様は命に代えても私が安全な場所までお連れ申し上げます。」
「頼みましたよ。」
女はすやすやと眠っているサアラをそっとアルフレッドに手渡すと、愛おしそうに彼女の頬を撫でる。
「お別れよ、サアラ。母がいなくても強く生きるのです。」
そう言うと彼女は踵を返し、通路の奥へと消えて行った。
次回「探索」は、1月30日(火)20時頃に公開予定です。




