【姫と不審者Ⅱ】
「アーッ!! さっきの不審者!」
サアラに不審者扱いされたクリストファーは、とうとう我慢できずに大声で笑い出した。
「アッハッハッハ、それにしても不審者とはね、そう言われたのは初めてだよ。」
一方、ようやく自身の失態に気が付いたサアラは、顔を真っ赤にしながら弁明する。
「摂政殿下、失礼の段はお詫び申し上げます。しかし最初から私の事が分かっておられたのなら、なぜあの時にご自身の事を明かして下さらなかったのですか?」
「いやー、悪い悪い。どうせ後で顔を合わせる事が分かっていたので、少し驚かせたくてね。こちらの期待以上のリアクションをしてくれて嬉しいよ。それよりその呼び方は何とかならない?大体『摂政殿下』なんて他人行儀じゃないか。と言っても不審者呼ばわりは嫌だから、私の事は『クリストファー』と呼んでくれたまえ。ああ、何だったら『クリス』でも構わないよ。その方が呼びやすいだろう?」
『その方が呼びにくいです。それ以前に何をどう考えても、あなたと私は他人ですが・・・』
心の中で反論したサアラは、仕方なく妥協案を提示する。
「・・・それでは僭越ながら『クリストファー殿下』と呼ばせていただきます。」
サアラはクリストファーの事を気難しい人物だと勝手に決めつけていた。
だが実際の彼はサアラの予想とは全く違っていた。
それまで極度の緊張の中に会ったサアラは拍子抜けすると同時に、クリストファーとの距離感を掴めずにいる。
「『殿下』が余計な気がするけど、まあいいや。よろしくね、サアラ。」
『サアラって・・・初対面の女性に対して気安いにも程があるわ!』
貴族や王族の世界では、家族や余程親しい間柄でない限り、相手を名前で呼ぶ事は無い。
もし親しくない相手を不用意に名前で呼んだ場合、喧嘩を売っていると相手に受け取られかねない程の重大なマナー違反である。
もちろんクリストファーがそんな基本的な常識を知らない訳が無いので、彼がわざと言っているのは明白だ。
家族以外の人間から「サアラ」と呼ばれた経験は初めてだったため、不意打ちを受けた彼女は心臓が飛び出るほど驚いた。
「・・・クリストファー殿下、家族でも妻でもない者に対して、そのような呼び方は穏やかではありません。」
「気安いって言いたいんだろう? 大丈夫、誰もいない時だけさ。公式な席ではちゃんとわきまえるよ。まあ予行演習のようなものだと思ってくれればいい。」
『何の予行演習ですか!?』
サアラは心の中でクリストファーにツッコミを入れたが、現時点ではそれが限界だった。
他国の指導者を相手に「呼び方が馴れ馴れしいから改めろ」とはさすがに要求出来ない。
こうしてクリストファーは、なし崩し的にサアラとの距離を縮める事に成功した。
この結果に自信を深めた彼は、次の作戦に移行する。
「サアラ、もっとゆっくり話がしたいけど、残念ながらこれからオリソン子爵と会う事になっていてね、夜も遅くなってしまったが、それが終わるまで別室で待っていて欲しい。」
「かしこまりました。」
サアラの方も初めて知った情報が多すぎて整理しきれていないため、謁見を切り上げて貰えるのは都合が良かった。
『これでようやく解放される・・・』
一安心するサアラだったが、彼女の長い一日はまだ終わらない。
彼女を取り巻く環境は間もなく激変する事になる。
次回「最適な宿所」は、11月22日(水)20時頃に公開予定です。




