【馬術大会Ⅳ】
馬術大会の最終種目は大会のメインイベントである騎馬競争だ。
最終競技を前にした暫定順位では、サアラが順当にトップに立っているものの、大方の予想を裏切り、ソフィアが二位をキープしていた。
騎馬競争は馬術学校に隣接する競技場の外周路を三周して、最初にゴールにたどり着いた者が優勝となる。
ゲームではこの騎馬競争中に暴走が発生するのだが、今回は何の小細工も行われていないため、文字通りの真剣勝負だ。
競技に参加するため、続々とスタート地点に集合する騎手たちの中に、ヒロインの姿もあった。
騎馬競争は大会の中で最も配点が高い競技種目であるため、この競技に勝てばソフィアにも優勝のチャンスが残されている。
「ソフィア・ランストン、正々堂々の勝負よ。」
サアラの挑戦状に対して、ソフィアは無言でうなずく。
号砲と共に騎馬競争が始まった。
純粋に馬の能力だけを比べれば、サアラが騎乗する馬の方が明らかに勝っている。
さらに故郷では毎日のように野山を馬で駆け回っていた彼女にとって、馬は自分の手足のようなものだ。
サアラは自馬の能力を最大限に生かし、先行逃げ切りで決着を付ける作戦を取った。
他の馬があっという間に引き離される中、ソフィアが騎乗する馬だけがサアラに食らい付いて来る。
馬の能力に差があるにもかかわらず、引き離す事が出来ないというのは、騎手の技量と言う以外の何物でもなかった。
『やるわね、ソフィアさん。でも勝ちを譲る気は無くてよ!』
サアラは無心になり、心の底からヒロインとの勝負を楽しんでいた。
最後の一周になっても、ソフィアは驚異的な粘りでサアラについてくる。
他の選手は全てトップ争いから脱落し、今やサアラとソフィアの一騎打ちの様相を呈していた。
『ソフィアさん、あなたの腕は悪くない。でも馬の能力に差があるの・・・これで決まりよ!』
最終コーナーを曲がり、最後の直線に入ったところでサアラは馬に鞭を入れ、ラストスパートをかける。
それに応えた馬は全速力になり、今度こそ相手を引き離せるはずだった。
ところが念のために後方を確認した彼女は信じられない光景を目撃する。
『何ですって!?』
とっくに引き離したはずのソフィアは、逆にサアラのすぐ後ろまで迫っていた。
ソフィアはここまで我慢して馬の体力を温存し、サアラよりも早く、最終コーナーを抜ける前にラストスパートをかけていたのだ。
だが早過ぎるラストスパートは馬の体力が持たないため、多くの場合は失敗に終わってしまう。
確実な勝利を目指すならば決して選択できない作戦だ。
それでもソフィアは逆転勝利を手にするために、イチかバチかの賭けに出た。
サアラを追いかける彼女の眼は生気に満ち、爛々と光っている。
「あなたも本気って訳ね・・・上等!」
サアラの中に眠っていた野生児の血が目覚め、沸騰する。
ここまで来たらもう技量は関係ない。
後は気力の勝負だ。
ついにゴールラインがサアラの視界に入ってくる。
「勝てる!」
彼女は気力を振り絞ってゴールに突入する。
「あっ!」
サアラが勝利を確信しゴールに飛び込んだまさにその時、一瞬早くゴールラインを駆け抜けたのはソフィアだった。
観客席からは地鳴りのような喚声が湧き上がる。
サアラは勝利したヒロインの後姿を呆然と見ていた。
『負けた・・・これでイベントは失敗ね。』
サアラは敗北を認めながらも、全力を出し切った満足感に包まれていた。
『ん!?』
その時、彼女は先行馬の異変に気が付く。
レースに勝利し、ウイニングランに入るはずの馬のスピードが全く落ちていないのだ。
『まさか・・・ここで暴走だなんて!?』
予想外の事態に、サアラの頭は混乱する。
『どうして? 私、何もしていないわよ・・・』
だが今はそれを考えている場合では無かった。
『助けなくちゃ!』
サアラは慌てて自馬に鞭を入れたのだが、馬の方はもはや力を使い果たしており、暴走した先行馬を止めるどころか、追いつく事すら出来ない。
『駄目! もう間に合わない・・・』
サアラが諦めかけたその時、観客席からどよめきが起きる。
反射的にどよめきが起きた方向を見た彼女は思わず叫び声を上げた。
「殿下!」




