【月夜の邂逅】
王国代表を歓迎する夜会は、準備期間が短い割には大掛かりなものであった。
夜会の主賓として初対面の貴族たちを相手に接待を続け、さすがに疲れを感じたサアラは、夜会で自分の手助けをしてくれたメイドにそっと話しかける。
「どこかに一休み出来るところはないかしら?」
「それでしたら中庭がございます。夜は人がおりませんので、一休みされるのに最適です。」
「そこに案内して頂ける?」
「お安い御用です。」
サアラはメイドの案内で、一時的に会場を離れる。
「こちらでございます。それではごゆっくり。」
案内を終えたメイドは、その場から去って行った。
一人になったサアラは中庭に出て、深呼吸をしながら夜空を見上げる。
天空にはいつものように二つの月が煌々と輝いていた。
「月の美しさは王国も公国も変わらないのね・・・」
二つの月に照らされた中庭は、夜とは思えないほど明るい。
人気の無い中庭で、彼女の独り言を聞いた人間など誰もいないはずだった。
「そろそろ戻らなくては・・・」
サアラが中庭を離れようとした時、不意に答えが返ってくる。
「月に国境などないからね。」
ハッとしたサアラは声のした方向に目を凝らすが、人の姿は無い。
「誰!?」
サアラの問いを受ける様に、声の主は木陰から姿を現した。
全身が月明かりに照らされ、顔がはっきりと見える。
それはサアラが初めて見る人物だった。
「どなたですか?」
男は質問に答えない。
沈黙の時間が流れる。
「あの・・・」
「お前が来るのを待っていた。」
「・・・それはどういう意味でしょうか?」
彼は謎めいた微笑を浮かべると、言葉を返す。
「まあ、今にわかるさ。」
「私の事をご存じなのですか?」
「ああ、知っているとも・・・また会おう、サアラ・アムロード。」
その言葉を最後に、彼は再び木陰へと姿を消した。
「あの・・・もし?」
サアラの呼びかけに返答は無い。
既に中庭から人の気配は消えていた。
『あの人、私の名前を知っていたけど、結局誰だったのかしら・・・』
その男が消えた今、サアラにそれを確かめる術は残されていなかった。
次回「姫と不審者Ⅰ」は、11月20日(月)20時頃に公開予定です。




