【撤退Ⅱ】
「女だって! 戦場に女がいたのか!?」
「はい。」
「見間違いという事は?」
「ありません。私はその女騎士と実際に戦っています。」
「詳しく聞かせてくれ。」
クリストファーは身を乗り出して説明を求める。
「私が指揮官と目した騎士の頭を狙って槍を突き出したところ、相手の兜が外れ、素顔がさらされました。あれは間違いなく女です。ただそこで邪魔が入ってしまったために、それ以上の手出しは出来ませんでした。」
「その女の顔に見覚えは?」
「残念ながら全く・・・」
「そうか・・・良く知らせてくれた。実に有益な情報だった。これは褒美だよ。」
そう言うとクリストファーは副官に命じて、公国大金貨一枚を使者に与えた。
一般兵士の半年分の給与に相当する褒美を受け取った使者は目を丸くする。
「こんなに!?・・・本当によろしいのですか?」
「それだけの価値がある情報だ。遠慮せず受け取ってくれ。」
「ありがたき幸せ!」
使者は感激の面持ちで褒美を受け取ると去っていった。
『それにしても女騎士とはね・・・これは思わぬ収穫だよ。』
今やクリストファーの関心は完全にウィルド王太子から謎の女騎士に移った。
僅か2,000の兵でウィルド王太子を討ち取る寸前にまで追い詰め、さらに思ってもみなかった情報まで手に入ったのだ。
クリストファーはこの「戦果」に大いに満足した。
『うん、この辺が潮時だね。』
クリストファーは直ちに副官に命令する。
「全軍撤退。」
命令を実行すべく副官が席を去り、一人になった彼は改めて女騎士に思いを巡らせる。
王国に女騎士がいるなどという事は、今まで噂レベルでも聞いた事は無かった。
そもそもそんな目立つ人物が存在したら、例え外部に公表していなくても、とっくに噂になっていても良いはずだ。
『・・・まさかこれが初陣なのか!?』
もしそうだとしたら、女騎士が相当身分の高い女性である事は確定だ。
身分の低い者が初陣で部隊の指揮を執るなどあり得ない。
それよりもクリストファーを震撼させたのは、その女性が騎士団を率いて敵の包囲のど真ん中に切り込み、強行突破するという、百戦錬磨の騎士であっても二の足を踏むような荒事をやってのけたという事実だ。
『こんな事、普通は出来ない芸当だよ。勇気と技量を兼ね備えた、第一級の騎士である事は疑う余地が無いな。』
クリストファーは女騎士の正体について推理を試みる。
『王国で身分の高い人物となれば、まずは王族だけど・・・』
だがクリストファーが知る限り、それに該当する人物は思い当たらない。
唯一の例外はウィルド王太子の妃となったソフィアだ。
もしそうであれば、夫であるウィルドを助けるために命がけで行動するというのは、一応筋が通っている。
『だが結婚したばかりのソフィアを危険な戦場に連れ出すなんて、果たしてウィルド王太子がそれを許すだろうか?』
そう考えた時、女騎士の正体がソフィアという可能性はゼロではないものの、限りなく低いと思えた。
『そうでなければ高位貴族の娘とか・・・』
その瞬間、彼の脳裏にビショップ宰相の「アムロード家の一人娘が王都から追放された」という言葉がフラッシュバックする。
「ハハハそうか・・・そういう事か。」
王国で武門第一を誇るアムロード家の娘なら、そんな荒唐無稽な真似が可能かもしれない。
いやむしろ、彼女にしか出来ないのではないか?
クリストファーは女騎士の正体が、追放から解かれたアムロード家の娘である事を直感的に確信した。
そして同時に会った事のない彼女に対して、強烈に惹かれている自分を発見する。
『まるでおとぎ話のようじゃないか。敵国の人間とは言え、是非会ってみたいものだ。まずは公都に戻り次第、その娘について徹底的に調査させよう。』
心底楽し気に微笑んだクリストファーは、一刻も早く公都に戻るべく、副官の帰りを待たずに席を立った。
次回「撤退Ⅲ」は、10月31日(火)20時頃に公開予定です。




