【撤退Ⅰ】
一方、レラン高原の麓にある公国の最前線基地に陣取った摂政クリストファーの許には、戦況を報告する使者がひっきりなしに飛び込んでくる。
ウィルド王太子と思われる人物が指揮する部隊をおびき出したのは、クリストファーの発案によるものだ。
だが先程、おびき出した部隊の包囲が一部破られたとの報告が入ったばかりだ。
そしてその報告を行った使者と入れ替わりに、次の使者が入ってくる。
「報告! 王国のマクミラン子爵が率いるアムロード家の一個大隊が、我が軍の防衛線を超えて侵攻中です。」
「ウィルドは?」
クリストファーも包囲した相手がウィルドである確証があるわけではない。
しかしこの場面では断定して話を進めている。
「討ち漏らしました。もはやこちらの囲みの外です。」
「そうか、さすがはアムロード家が誇るマクミラン子爵だけの事はあるな。」
この時点ではまだ、クリストファーは状況をはき違えている。
しかし彼が勘違いするのも無理はない。
第一の使者は「ウィルドらしき人物が率いる部隊への包囲が破られた。」と報告し、第二の使者は「マクミラン子爵が率いる部隊が公国側の防衛線を超え、なおかつウィルド王太子らしき人物が包囲を脱出した。」と報告したため、両者が繋がっていると判断したクリストファーは、マクミラン子爵がウィルド王太子の脱出を支援したと勘違いしたのだ。
戦場では良くある事だが、報告の時系列が前後したために起こった誤認識である。
しかしこれはあながち勘違いとも言い切れない。
元々マクミラン子爵はウィルドの部隊を救うために行動しており、彼らからすれば、現場に着いたら既にウィルドは脱出済で、何故かサアラがそこに居たというのが真相だ。
そこに最後のピースを持った第三の使者が現れた。
「報告! 王国側の騎馬部隊が我が方の包囲網を強行突破し、ウィルド王太子を救出しました。」
「そうか、ご苦労。それでマクミラン子爵は今どこにいる?」
クリストファーの質問に対し、第三の使者は怪訝な顔で返答する。
「・・・包囲網を突破したのはマクミラン子爵の部隊ではありません。彼らは後から来ました。」
「マクミラン子爵ではない別の部隊!? アムロード家以外の?」
「いえ、最初に強行突破した部隊の軍旗は確かに『草冠に女神』でした。」
「自分の目で確認したのか?」
「そうです。間違いありません。」
第三の使者は胸を張って断言する。
『どうも分からんな・・・そうであれば、先程の情報が間違っているのか? あるいはアムロード家の部隊が複数あって、それぞれ別行動をしていたという事?』
だが使者が発した次の言葉は、そんなクリストファーの思案を吹き飛ばすのに十分なものだった。
「あの・・・それが強行突破した部隊を指揮していたのは若い女の騎士でした。」
次回「撤退Ⅱ」は、10月30日(月)20時頃に公開予定です。




