【追憶】
「爺ーっ! 見て見て! 私お馬さんにのれたよ!」
5歳を迎えたばかりのサアラは、アルフレッドの姿を見つけると得意満面で呼びかける。
「これは驚いた! 誰の助けも無しに姫様お一人で乗られたのですか!?」
「うん!」
アルフレッドがサアラを抱えて馬に乗せ、彼が手綱を引いて乗馬の練習を始めたのが僅か三日前の事である。
今日の練習を始める直前に呼び出されたアルフレッドが少し目を離した隙に、サアラが一人で乗ったらしい。
アルフレッドもまさかサアラが一人で馬に乗ってしまうとは思っていなかったため、特に注意もしていなかった。
サアラが練習するための馬は、特に性格がおとなしい子馬が選ばれたが、それでも幼い子供が大人のいない所で一人で馬に乗るというのは無謀な行為だ。
実際、サアラ本人は上手に乗れているつもりだが、周りから見ると相当危なっかしい。
「姫様! 爺がそちらに参るまで、決して手綱を離してはいけませんぞ! よろしいですな。」
顔色を変え、慌てて注意するアルフレッドだったが、サアラは全く意に介していない。
「平気だよ。だってこの子はやさしい子だもん。」
サアラは相変わらず上機嫌だったが、事件はその直後に起こった。
地面のぬかるみに足を取られた子馬が大きく姿勢を崩したのだ。
「あっ!」
馬上のサアラは振り落とされるように落馬する。
「ウェェーン!」
ぬかるみの上で泥だらけになったサアラは大声で泣き始めた。
「姫様! お怪我はございませんか!?」
大急ぎで駆けつけたアルフレッドがサアラを抱きかかえる。
幸いにも落馬したのが柔らかいぬかるみの上であったため、サアラに怪我は無かった。
その代わり、彼女は全身泥だらけだ。
サアラの無事を確認したアルフレッドは、練習の中止をサアラに宣告する。
「姫様、城に戻りますぞ。今日は一日お休みください。」
「・・・まだやる。」
「なりません。第一そんな泥だらけの格好では馬に嫌われますぞ。その代わり、おとなしく爺の言う事を聞いて頂けるのであれば、明日からまた練習を致しましょう。」
「・・・分かった。約束ね。」
「はい、約束です。それからこれからは大人のいない所で勝手に乗ってはいけません。今日の様に落馬したら危ないですからな。」
「爺、言う事を聞くからおんぶして。」
「お安い御用です。」
アルフレッドはサアラを背中に乗せると立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
「爺、お歌を歌って。」
「困りましたな、爺は歌は苦手です。」
「じゃあ私が歌うね。」
穏やかな日差しの中、アルフレッドに背負われたサアラは歌いながら城の中へ戻って行った。
次回「死地」は、10月27日(金)20時頃に公開予定です。




