【馬術大会Ⅰ】
クロスリート王国において乗馬は貴族のたしなみだ。
そのため王都には貴族の子女に乗馬を教えるため、クロスリート王立乗馬学校が設置されており、王都暮らしをしている貴族子女の大部分は、この学校の生徒か卒業生である。
王立乗馬学校のカリキュラムは、当然の事ながら乗馬の実習が中心となるが、それ以外にもマナー実習や王国の歴史の授業などもカリキュラムとして用意されており、一般的な学校に近い機能を持っている。
この王立乗馬学校にて年に一度開催される一大イベントが馬術大会である。
そして馬術大会での男子と女子の優勝者には、新しい理事長となった王太子より直接トロフィーが手渡される事になった。
プレゼンターである王太子が見守る中で開催される今年の馬術大会には、昨年度の準優勝でシード権を持っているサアラの他に、厳しい予選を勝ち抜いたソフィアが初出場する事が決まっている。
当然ながらゲーム内でのサアラがこのチャンスを逃すはずがなく、彼女の陰謀によってわざと気性の荒い馬をあてがわれたヒロインは、馬術大会の途中で馬が暴走し、危機一髪の状況に陥る事になる。
本来乗馬は危険と隣り合わせの行為であり、落馬事故は時として騎手を死に至らせる場合すらある。
つまりゲーム内なら普通に成立するイベントであっても、現実に行うとなれば危険は避けられない。
『ソフィアさんを傷付けるような事になったら大変だわ。』
ヒロインに怪我を負わせる事態を恐れたサアラは、出来ればこのイベントを回避したかった。
ところが馬術大会のイベントはサアラが追放される直接的な伏線となるため、ストーリーの展開上、クリア必須と言ってもいい程の重要なイベントなのだ。
今までの経験上、現実世界でのイベントがゲームのイベントと異なる結果になった事は一度も無かった。
『今回だってきっと大丈夫よね。』
サアラは賭けに出たい誘惑に駆られる。
迷いに迷った末、彼女はようやく結論を出した。
『悪役令嬢失格かもしれないけど、やっぱり馬術大会でソフィアさんを陥れるのは止めにしましょう。いくら追放ルートを目指すと言っても、他人の命を危険にさらしてまで目指すものではないわ。それによって私が追放されないなら、運命だから仕方がない。』
サアラはヒロインを陥れる代わりに、自分が競技にフル出場し、優勝とそれに伴う王太子からのトロフィー授与を勝ち取る方向に作戦をシフトした。
『本来のゲームの展開とは少し違うけど、それでも悪役令嬢として二人の邪魔をする事にはなるよね。』
彼女は努めて明るい方向に気持ちを切り替える事にする。
『当日は純粋に馬術大会を楽しむ事にしましょう。』
考えてみれば悪役令嬢を始めて以来、続々とやってくるイベントをこなすのに精一杯だったサアラにとって、イベントそのものを楽しむ余裕は今まで持ち合わせていなかった。
迷いが吹っ切れた彼女は、晴れやかな気分で馬術大会を迎えようとしていた。




