Ⅰ*37 魔神との邂逅~俺はピンキーの手下になりました。やったね!
結局はそれからピンキーとデカドゥ氏が戻るまで他愛のない会話ばかりが続いた。
想像以上にこのダンジョンマスターが親しみやすい存在で助かったな…。
俺から幾らかタイミングを見計らって第一階層のアチコチに<絶望のツルハシ>を使って穴を開けてしまった事を詫びたが、別にそこまで怒られることもなかったよ?
(ギイイイィィィ…)
「お、戻ったか?」
丁度、俺がふざけてテュテュリス様のスリーサイズを聞いてしまって、近くの偉大な老魔術師が大真面目に俺に答えようとするもんだからさあ……その魔神に笑顔で粉砕されたところだった。一撃だぜ…。
え? 先生は何ともないように再生したよ。うん。こうして実際に目にすると完全に生き物でないことが解ったよね。絶対に勝てない存在だわ。
「ハア…ハア…只今、戻りましたぞ…」
『フゥー…フゥー…!』
二人ともかなりの汗をかいている。ピンキーに至っては必死に自身の掌に息を吹きかけている。ちうか、この大部屋を出てから大体戻ってくるまで四十分くらいかな?
徒歩で第二階層のオークの村まで往復してきたのなら、かなりのガッツだ。
まあ、その大量の発汗の原因は十中八九、二人で抱えてきた蓋がされた水瓶だろう。
「ゼエ、ゼエ…お待たせしました、どうぞ…!」
「………デカドゥよ。お主の持ってきたそれは、なんぞ」
「は…オークの衆も流石に茶葉の類などは持っておらなかったものですから。代わりに沸かした湯に薬草を煮出したものをお持ちしましたが」
「…なんの薬草を使おうた?」
「確か…オークの者達が言うに、腹の調子などが悪い時に飲むことが多いらしいものだと…そうであったな、ピンキーよ?」
『……はい』
「…………」
蓋が外され、湯気を立てる瓶をヒョイと持ち上げジィっと見やる迷宮主。
というかサイズ感からして、四メートルあるテュテュリス様が持てば普通に口の広いトックリにしか見えない。
「うむ…あ~、実は喉の渇きは不思議と収まってしもうた。デカドゥよ…折角オークの衆が用意したものだ。勿体無きようお主が妾の代わりに飲み干せ」
「え!?」
ただただ、可哀相なデカドゥ氏だった。
おい、オークルマール老師。笑っ…顔を隠して震えてないで助けてやったら?
…………
「で、そなたらが席を外している間に妾もこのムドーと話し合うての。今後の方針を決めたぞ」
「おお…!」
『……殺すんですか?』
「おいっ!?」
「カカカッ」
隣のピンクオークの殺意が相変わらず高い。俺、そんなに悪者?
いや、テュテュリス様の話を聞くだけなら…相当な悪の配役ではあるっぽいけど。
「ピンキーよ。そなたが妾の下にやってきてから、五年か…?」
『はい』
「そうか……だが、喜ぶが良い」
『……え?』
テュテュリス様がニンマリと笑みを浮かべて俺を見やる。
「そなたにこの者をくれてやろうぞ。稀有な能力を活かせばそなたが苦難しておった商い事に光明が見いだせるやもしれん。好きに役に立てるが良いぞ? ん?」
『……わ、わかりました。謹んで私の監視下に置きます』
…………。
え? テュテュリス様。俺にピンキーと一緒に地上へ出てドイルーへ行けとは言ったけどさあ…手下になるなんて聞いてないっスけど? 人選、大丈夫なの? コイツ、マジでいたいけな俺に対して拳振るいますよ? 一回、殺され掛けてるからねコッチは。
前科有りだよ、コイツ?
「では、早速支度して明日にはドイルーへ向けて出立せよ」
『ど、ドイルーへですか…?』
「うむ。一応は外見は完全に人間族のこの者なら容易くドイルーへと入れるだろう。そなたには前回と同様にギルドから彼奴の認めを出して通れるように手配しておく」
『ということは…目的はギルドですか?』
「うむ。ムドーを使おうて商人ギルドから身分証明書を発行して貰えるように手を回して貰えるよう、あの者に頼むとするからの」
『……ご命令とあれば、是非もなく』
「カカッ…案ずるな。そなたが人間共に抱く念は理解しているつもりだ。なに、神殿の連中に勘付かされそうになったのなら…そなたの優秀な部下を楯に城から離脱すれば良いわ」
「いやいやいや…人を弾避けみたいに。あ~テュテュリス様。お話は理解しましたが…その、俺が城に入る為には少しばかり都合が…悪いといいますか? あの…」
そうだ。ピンキーがどうにかなっても、何の頼りもない俺はあの検問で入市税の黄金二つを支払わなけらばならない。
というか、その黄金を工面しようとして、このダンジョンに遥々来たんだよ俺は!?
「心配致すな。おい、オークルマール…」
「わかっておりまする」
瓦礫を椅子代わりにして座っていた不滅の老魔術師がゆるりとした動きで俺の前に歩いてくると小さな袋を懐を取り出して俺に手渡す。
「…テュテュリス様はお主に期待されておる。これは決して軽く扱って良いものではないと、心得るんじゃぞ」
「…こ、これは!」
*黄金(20)を手に入れました。
『これは…テュテュリス様!?』
「……フッ。許せ、ピンキー。それが妾の精一杯の手向けよ」
『い、いいえ! ここまで…ダンジョン・ポイントを維持以外に使って頂けるとは…!』
「ダンジョン・ポイント?」
また出たよ。初耳なキーワードがさ。
「何度かは妾らが口にしたであろう? 迷宮還元力…それがダンジョン・ポイントよ。(※以降、DP)各ダンジョンを支配するダンジョンマスターがこれを用いてダンジョンを直接的に操作するのだ。迷宮構成、魔獣創造、眷属強化…用途は多岐に渡るがの。問題は容易く枯渇すること…これらのDPは主にダンジョンを訪れる冒険者から供給されるからのう」
「え!そうなんだ?」
「そりゃそうじゃろ、ムドーよ? 考えてもみい。地上の冒険者から物資を簒奪されてばかりでは大赤字じゃろう? 瞬く間に迷宮が干上がるわい。魔族は勿論、魔獣だって有限なんじゃぞ?」
「へ、へえ~。でも、冒険者が来ることでなんでそのDPとやらが手に入るの? ま、まさか…ダンジョンって人喰い、とか?」
俺の問いにピンキー達が明らかにしかめっ面になり、魔神が歯を見せて笑う。
「カッカッカッ! まあ、人喰いと言われてしまうと存外否定はできんのう。まあ、実際に喰ろうのは人間共ではなく、感情だの…」
「感情?」
「…ダンジョンは単なる洞穴や如何にも人間族の趣向に沿った曰く有り気な遺跡ではない。一種の生き物なのだ。そして、そのダンジョンを手中にしたダンジョンマスターと繋がっておる。そして、ダンジョンは常に腹空かしなのよ。地上の者に反応し、それらが持ち込む刺激に飢えているのだ。それはダンジョンマスターの有り様によって求める感情が多少異なる。妾は人間の期待・挑戦・達成感などを好むが…迷宮主の嗜好によっては、死の恐怖・強欲・裏切り…まあ、様々だの。それらの感情を喰らってダンジョンは魔素とはまた異なるDPを生み、蓄えおる。…つまり、ダンジョンマスターが死ねば、ダンジョンもまたその機能を停止してしまうということぞ」
「ええ~なんかダンジョンマスターなんて凄過ぎて、そんなホイホイ打ち取られそうになさそうですが?」
その俺の疑問に答えたのは、老魔術師だった。
「ダンジョンマスターだってピンキリじゃわい。中にはさして第二階層の魔獣と変わらぬものがダンジョンマスターに収まっている迷宮もある。まあ、ダンジョン・コア次第というわけじゃのう」
「ダンジョン・コア? ま~た…先生、もうそろそろお腹一杯なんだけど…」
『ちゃんと聞きなさいよ。失礼でしょ!』
「おい。耳はもう止めろよ?」
「ダンジョン・コアが迷宮の言わば核じゃ。成り上がりたい冒険者の目的は主にそれじゃよ。各領から破格の報奨金が出るからのう。まあ、ぶっちゃけ儂も五百年昔はその一党じゃったからして…。また、出来たばかりの迷宮やかなり環境が異質化した迷宮にはダンジョンマスター自体が存在していない場合もあるのじゃがな」
「へえ~。じゃあ、このダンジョンにもコアってあるの、先生?」
「あるぞえ。…妾が自体がそうじゃぞ? クスクス…」
「うえ?」
怪しく笑う魔神の胎内が微かに光を帯びたような錯覚を覚えた。…ってマジで?
「まあ、テュテュリス様はちくと…いんや極めて特質な御方故、例外とするがの。大概はダンジョンのどこぞに隠しておるか、ダンジョンマスターと一体化しておる場合が多いの。一体化しておるダンジョンマスターはかなり強い。まあ、その迷宮を存続させる事に関してはリスクがあるんじゃが」
「リスクって…強くなるんならそれに越した事はないんじゃ?」
「いんや。ダンジョンマスターとはいえ、テュテュリス様と違って不死身ではないんじゃ。それこそ定命の者がダンジョンマスターをやっておる場合はその命が尽きるとダンジョン諸共機能が停止してしまう。が、体外で管理する分にはダンジョン内で人事異動をすれば良いだけでダンジョンの機能を損なうこともない、というわけじゃな」
『この近くのダンジョンだと、“トロールの森”のグリンビン様がその形式ね。あの方も御父上のグリンビル様から跡目を継がれたから』
「はあ~…ダンジョンの運営も結構大変なんだなあ」
俺は自分の立場も忘れて感心の溜め息を漏らしてしまった。
「妾らの苦労が解って貰えたところでの、一先ずは今後の方針に沿った第一の目標。そなたらに頼む仕事でもあるが…と、その前に」
魔神が手を翳すと、俺の隣にいたピンキーの胸からスルリとあの水晶玉が抜け出して空中で幾何学的に回転し始めた。
俺達が突然の事に呆けていると。さらに、魔神の指先から五つのクリスタルが飛んで来て輪に加わると、淡く輝く。
『テュテュリス様…!』
「これでそなたは地上で十二日は自由にできる。今後、地上へと赴くことが増える事を考えればまだまだ不自由であろうが、今はこれで許せ」
そして光の玉はひとつ残らず空中からピンキーの胸へと吸い込まれた。
ピンキーがその場に平伏する。
『……感謝致します!』
「…………」
だが、それを見てまるで母親のように微笑む魔神が手で立ち上がる様に催促する。
「良い良い。この程度、これからそなたらに押し付ける苦難に比べるまでもないわ」
「『く、苦難…?』」
ヤバイ、ハモった。恥ずかしっ!
てかピンキーも内心ビビってんじゃん。
「うむ。第一の目標として、第一階層の損害を回復させる為に…この第三階層の機能を回復したいのよ。だが、それには少なく見積もってもDPが二百は必要だ…」
『に、二百…っ!』
え、ピンキーのヤツ。なんか軽く…いや、かなり絶望してない? もしかして、俺のツルハシの所為だったりする?
「あの~質問があるんですが?」
「良い、申してみよ」
「DPが二百って具体的にどれくらいでしょうか? 他のものに例えたらで…」
魔神は悩まし気に胸を押し上げるように腕を組んで俺に答える。
「そうだの。最も物資との変換効率の基準となるのがそなたに渡した黄金よ。黄金が十でDPが一となるの」
「うん? それじゃ……あっ」
この手元にある黄金(20※約二十万円)を百倍の黄金(2000※約二千万円)に増やせと?
おいおい、魔神様よう?
無理を言うんじゃないよ。
【オークルマール先生のQ&A】
Q:ドイルーでは門を通る度に入市税が掛かるんですか?
A:ふむ。教えてしんぜよう。
第一話のムドーの災難にもあったように、ここガタヤ直轄地である王都ドイルーへ入る為には入市税を払う義務が特例を除いてあるんじゃ。儂が地上でまだ冒険者やっとった時なんて素通りじゃったけど。
ガタヤ直轄領は余り地上での生産物に恵まれておらず、現在も数少ない生産性が安定しているダンジョンに依存しているのが現状のようだのう。だが、決して他の領に比べて高いという訳でもないようじゃ。支払えば、名を記されてその日の内は出入り自由となるようだのう。
まあ、実際に身元不明者からはボッタクリもいい値なんじゃが、それは王城に所在怪しき者を入れぬ為でもあるんじゃ。そもそも、清教国なぞ王城だけではなく、小村に至るまで身元を証明できるものを持たぬ者は入れぬし、場合によっては捕らえて厳罰に科す厳しい場所もあるんじゃ。
ガタヤ王国は帝国領ほど有象無象にとって快適ではないが、そこまでの悪政を強いてるわけでもないと言えるのう。ここは、意見が分かれるところじゃが…今後、ムドーが地上に出た暁にはガタヤがどうその目に映るのじゃろうかのう?




