Ⅰ*31 オークの村の人間族~夜更けに語らう男達
『改めて、我が村の娘達が迷惑を掛けてしまって、スマンな』
「いいって、イートウさん達もボコボコにされたじゃあないか? ってか、ローリエって戦闘不能なんだろ? なんであんな強いのさ。下手すると若い戦士衆よりも無手で強そうだが…?」
『…それを言うな』
当のイートウは俺の問い掛けにあからさまに表情を渋くする。
『実は私の娘はね? オークじゃなくて、オークウォーリアって亜種なんだよ。見た目は差して変わらないんだけど…オークとそれとじゃ基礎能力が大きく違うもんだから。仮にレベルが0、でもね…恐らく単体のドードーかバウンドウルフくらいなら素手で倒せちゃうんじゃないかな?』
「「すげっ…」」
俺とインゲンは疲れた表情で答えたタイムにそう素で言葉を返してしまった。
『全く、惜しいものだな…』
『そうだね…息子もオークウォーリアだったら、今頃は他所でも第二か第三階層くらいで活躍できたかもしれないね』
俺とインゲンがタイムの娘であるローリエの正体を知って戦慄する。
そんな取り留めのない話をしてる内にポロさんとアジーさんが温め直したスープと隠し持っていた干し肉を笑顔で持ってきた。
丁度ひと騒動あって小腹が空いた時に入る夜食はよく沁みるなあ…。
※
「ブッスー…ブッスー…」
「グゴゴゴゴゴゴォ~」
ポロさんとタイムさんが腹を満たした為か、程なくして寝床に沈んだ。
どうやら、自身の娘達から受けたダメージが思った以上に響いていたらしい。
ちなみに、イートウのオジサンはマンサさんが心配しているので家に帰った。なんでも、アユルを叩き起こして件の三穴の見張りに立てるという。
スマン。アユル…俺の心の平穏の為に犠牲になっておくれ…っ!
「すまんなあ…あの二人、まあローリエが一番ヤバイが。この村で一番力の強いパセリまで君に悪戯しようとしたとは」
………イタズラ? アレを?
あれは誰がどう見ても集団逆レイ…っと危ない。思わず心の中で毒を吐いてしまうとこだった。猛毒だ。
さっきのことはもう忘れてしまおう。そうしよう。
「も、もういいんスよ(ぎこちない笑み)」
『そうかい? 君は強いんだな。パセリは、ああ見えて気弱なとこがあるんだ。今年成人したばかりだし…セロリとローリエは歳の近い姉みたいなもんなんだろう。だからか、あの二人に言われた事には嫌とは言えなくてなあ…。俺達の隙を突いてセロリとローリエを閉じ込めておいた物置小屋の壁を破壊して逃がしてしまったんだ』
「…パワフルが過ぎる。あ。そういえば、パセリって今いくつなんです?」
『うん? 俺達オークは汎命種だからなあ。同じ汎命種である人間族と同じ成人は十五からだ』
「パセリ、十五だったのか…(デカイなあ~。でも、確かに顔には幼さがあったような気もする)」
ふと、俺の騒動で起こしてしまったのか。あの後まだ起きて付き合ってくれているインゲンと目が合う。
「そういやさあ、インゲンってずっとこの先もこうしてダンジョンを回って商売すんの?」
「何でえ、藪から棒によう」
「いや…ちょっと気になってさあ。俺もその内、ピンキーに連れられて地上に出るかもしれないだろ?」
「ふ~ん」
インゲンが実に人間臭い…いや、オッサン臭い仕草で自身の身体をボリボリ掻いてから口を開いた。
「いんや。まあ、この辺が潮時なのかもなあ…。俺っちもいい加減、歳だしよう? まあ、欲をいやあ何処かで小さな店でも開きてえかな。隣領のブラックアイ領辺りが良さそうだと俺っちは思うんだよなあ~。あそこは傭兵の領で荒っぽい連中も多いが、少なくとも神殿の勢力は弱いから…俺っちみたいなゴブリン族でも商売がしやすい場所なのよう。…ゆくゆくは息子にその店を継がせてやって、嫁さん達と一緒に故郷のマンビーンでのんびり隠居。なんていいやね」
「……嫁達?」
「おう!俺っちは嫁三人の子供八人だからよお? こうして頑張って遥々ガタヤくんだりまで出稼ぎにきてるってわけよう」
イ、インゲンが! まさかの、ハーレムゴブリン野郎だったとは!?
「兄さん、何驚いてんだよお? ゴブリンにああまで見事に変身できるってのによ。ゴブリンは一夫多妻が当たり前なんだからよう。まあ、ダンジョンで暮らしてる連中や他の地上の亜種までについては断言できねえがよ」
「そ、そうなんだ…。ていうかいい歳ってさあ~そうなのか? まあ、若くは見えないが…まだ三十前後くらいだろう?」
「三十…? ぶはっ!ぶはっはははは!!」
急に噴き出すインゲン。まさか、若い方のパターンか?
「冗談言って笑わすなっつーの! 商売の才能は判らんが人を笑かす才能はあるぜ!」
「わかったわかった…結局、何歳なんだよ? ゴブリンを見た目から年齢判断するのなんて俺にとっちゃあ初心者殺しの糞ゲーだっつーの」
「く、糞の毛? 汚ねえなあ…。つってもよお、子供が八人はいるんだからよお、なんとなくわからねえかなあ?」
「だからわかんねっつーの!?」
インゲンはひとつ咳払いをする。
「……今年でもう十二だよ。もういい歳したあ~オッサンだろい? だから、俺っちはもうそこまで冒険できる歳じゃあねーんだって」
「十二!? え、十二!? 老け過ぎだろうが!」
「おいおい、こんな男前のゴブリン捕まえといて失礼な奴だな!? オメーさんもよお!」
俺はそのまさかの実年齢小六ゴブリンの顔を掴んでこねくり回した。
『ちょっと待て待て! 彼は短命種のゴブリン族なんだろ? 俺はムドーの“声”しか聞き取れなかったが…彼が十二というなら妥当な見た目だと思うが? 君の知るゴブリンは違うのか?』
「短命種…?」
俺がそのキーワードに首を傾げている内に怒ったインゲンが俺の手から抜けて飛び上がる。
「いきなり何しやがるんでいっ!」
「あ~ゴメン。ちょっと動揺してしまって」
「…オメーさんは本当に世の中を知らねえでここまで来ちまったようだなあ? そりゃあ世界にゃあ星の数ほど種族がいるんだからよう。みんな能力も寿命も考え方も違って当然だろーがよ? むしろ、俺っち達ゴブリンにしてみりゃ、他の種族は成長も遅せえし、無駄に長生きしてるだけにしか見えねんだわ」
「う~む…異世界のカルチャーショックだな」
「か、かるちゃ…なんだって?」
インゲンに俺の謝罪が通じたのか、彼はフンスと毛皮の上に座り直して荷から取り出した煙管に焚火から火を入れて煙を吹かす。
ん? なんだか爽やかな香りだな。
「安物の薄荷だが…兄さんもやるかい?」
「いやあ~…俺は煙草はちょっと、な」
「タバコぉ~? 馬鹿を言いない。どこの小売人が黄金を紙で巻いたものを吹かせるってんだよう。そんな、貴真似できねえ相談だぜ。コレは煙薬だよう。喉に良いんだ」
……喫煙して健康に良い、と言われても違和感しかないんだが。
ほんの少し、異世界の代物として興味もあるが…やはり煙たいのは苦手なので俺は遠慮させて貰った。
因みに、起きてたアジーさんは奥さんが煙が嫌いらしく吸わないそうだ。偉いね!
「話は変わるがインゲン。荷の半分はもう降ろして皆に配ってしまったようだけど、残りの荷はなんなんだ?」
「ああ、地上の人間族用の品さ。まあ、潰しの効く乾きものの食品だわな。流石に地上で捌けないものばかり運んでちゃあ、変な遍歴商人だと目を付けられちまうからよう」
「へえ~何があるんだ?」
「お? なんだ興味ある? いいよ?」
焚火が静かに爆ぜる広場で謎の露店が始まった。
アジーさんも興味があるのか覗き込んでいる。
「そうか。お前さんは魔素に影響されねーつんなら、普通に地上の品は平気なわけか」
「袋に入ってる粉はなんだ?」
「おうとも。そりゃあ俺っちの故郷、帝国から運んできた<帝国麦>よう。この辺でも少しは作られてっけどよ。何と言ってもこの丁寧に挽かれた細かさを見てくれよ」
「帝国麦? 一見…小麦粉みたいだな。ちょっと味見しても良い?」
「おう。いいともさ」
インゲンが麻の袋の一つを開いて見せたのは白い粉…思ったよりも粗さは無い。それを少し摘まんで口に入れる。
…………。
うん、やはり小麦粉みたいな味だな。
「この辺じゃあ主食は粥にして煮て食うだけのガタヤ麦だが、味は帝国麦が勝ってるぜい」
「こりゃあいい。それなりに美味いパンが焼けそうだ」
俺達のやり取りに興味を示したのかアジーさんも帝国麦とやらを一摘まみして口に入れる。
が、すぐに「ペッ!? ペッ!?」と慌てふためく姿を見て俺とインゲンは苦笑するのだった。
【オークルマール先生のQ&A】
Q:短命種とは?
A:ふむ。短命種とは主に地上で亜人と言われておる中のゴブリン族が代表的じゃな。
短命といっても単に人間に置き換えて人生のスケールが三分の一になっただけのようなものじゃ。
五歳から七歳で成人。三十でおよそ百歳間際の老人の様に例えられておるのう。
なんで、インゲンの実年齢は人間族やオーク族、汎命種に例えると四十前後といったとこだのう。
故に、ゴブリン族は寿命に合わせて肉体や精神の成熟も早いし、生殖能力も高いから地上で人間族に負けぬほど増やすことができたというわけなんじゃ。
魔族は定命が長い順から不死種、長命(不老)種、汎命種、短命種、儚命種と区分されておる。
因みに儂のような魔精はコレに該当せなんだの。何せ厳格にはもう既に肉体を失っておるからの~。ガックシじゃわい。




