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Ⅰ*02 異世界初日~そうだ、ダンジョンへ行こう



 俺はトボトボと恐らく街道なのだろうか…? 不揃いの石畳でゴツゴツしているので、真っ平らなアスファルトの地面に慣れてしまった都会っ子の俺が歩くにはちと辛いが黙って歩く。その道すがらに振り向けば、もう遠くにドイルーという名前らしい大きな街を囲うあの白い壁が見えた。



 行く当ても無いのでこの路を引き返す他ない。俺の後ろには数十人ほど並んでいたようだが、いつの間にかもうその姿が確認できなくなるほど遠くまで来てしまっていた。


 それに暫く歩いているが不思議と誰ともすれ違わない。周りは鬱蒼とした雑木林ばかりだ。


 …不安だ。やはり、何とかあの門衛に取り次いで貰うべきだったか?



 ついでに無一文になってしまった。いや、あの感じだとこの世界で俺の世界の円は使えなかったのだろう。


 むしろ、使ったら捕まりそうになるとこだった。逆にあのオッサンには感謝すべきかもしれないな?



「…ちょっとそこ行くオニーサン」

「え?」



 俺は不意に呼び止められて立ち止まる。



「こんないい天気にそんな暗い顔をして、どうしたんだい? ちょいとオイラの歌でも聞いて元気を出していかね~かい?」



 一本の若木にもたれかかるようにして刺繍入りの丸い敷物に座り込む……恐らく男が居た。


 えらく顔が整っていて中性的だが…ハスキーな声からして男だと俺は思った。後、オイラなんて一人称使ってるし。いや、コレは偏見か?



「…歌?」

「そうさ。このガタヤで一番の色男、ベントゥーヤが今さっき門前払いされた哀れなアンタを自慢の楽器と美声で元気づけてやろうってのさ!」



 今更だが座ってるこのイケメンはやたら弦の永いギターのような楽器を抱えてニヤニヤと薄目でコチラを見ていた。



 吟遊詩人ってヤツか? …まあ街中でたまに見掛けるストリートミュージシャンみたいなもんか。



 ………ん? というか?



「なんだよ…門の近くに居たのか?」

「ん~や? 昨晩はこの辺で酔い潰れちまってね。朝起きてからずっと此処に居たさ」



 嘘だろ?


 だって少なくともここからあの門の場所まで三キロ以上は離れてるぞ? …どこのアフリカ部族の人だって話だ。しかも、平原でもなく起伏もあって視界を遮る木々だってあるのにも関わらずだ。


 怪しい…。



「……こんな所から見えるものなのか?」

「このベントゥーヤは疑いようもなく顔も良いが、目と耳も良いのさ」



 そしてキザな笑みを浮かべてポロンと楽器の弦を細くて長い指で弾いた。



「そ、そうか? ところで弁当屋か。…丁度腹が減ってきたとこだしなあ」

「誰が弁当売りか。ベントゥーヤ…さ。まあ、野暮ったいアンタが洗練されたこの美しいエルフ言葉を用いたオイラに相応しい名を理解できないのも無理はない……が、それでもオイラの美しい声を聞きたいだろう?」

「ほっとけ! …その野暮ったい俺がそんな素晴らしい芸術が理解できると思うかい?」

「んや。ただ、真の芸術ってのはそんな芸術のクサカンムリすら知らん連中でも惹きつけてしまうものなのさ。オイラの美し過ぎるこの顔のように、ね…」

「左様か」



 俺はさらに脱力感に襲われるような気がしてフラフラとその男の前から離れようとした。



「ちょいと待ちなよ。“絶世の美女より一杯のエール”ってね。今のアンタは食い気の方が勝っているようだ。そこでもこの色男のベントゥーヤは流石に用意がいいのさ! 干し肉に干し果物、それに塩漬け魚の干物…乾き物ばかりだが、脂の乗ったハムと青カビのチーズもある。ちょいと値が張る代物だが……それでも良けりゃあ譲ってやるともさ。おっと!オイラの命の次に大事なエールだけは、例えアンタが干からびて死に掛けてても譲らんがね?」



 男は俺を呼び止めるなり、後ろの背嚢から食べ物やら瓶詰を並べて突然に店を開き出した。


 ジュルリ…いかんッ!? 食い物を目にして反射的に涎が出てきてしまった。



「欲しいのは山々なんだが…スマンが支払えるものがない」

「…………」



 男は目に追えぬような速さで品々を背嚢へと戻すと、まるで何も無かったように元の若木に寄り掛かって俺にスンとそっぽを向いて楽器を弄り出した。



「…ちょいと早いが閉店だ。この色男のベントゥーヤ。ガタヤでも一番の女泣かせだが、鈍銀の一片すら持ってない身軽女を相手してやるほど思い上がりじゃないのさ。かといって聖者のような施しもしない。貧乏人は働かないのと騙されるのが悪いと思っている輩でね。歌の駄賃を出せない相手もこれ以上道端で足止めすることもない。悪かったね、オニーサン? 何処まで行くのかは知らないが、良い旅を…」

「はあ~…やっぱり、そうだよなあ~。あの街でも黄金二つとやらを払えなくて追い返されたしなぁ~」



 俺は男の前にしゃがみ込んで大きな溜め息を吐くと、男は途端に噴き出した。



「黄金二つ…? ブフッ! ワハハッ!! なんだよアンタ。そんな武器無し、鎧無しの恰好なのに自由人なのかい? 正気の沙汰とは思えないねえ。だがそんなアンタを門前で追い出しちまうとは…人間(・・)たあつくづく薄情な生き物だってことさ、悲しいねえ~…」

「…もし、頼めるなら用立ててくれないか? 必ず返すからさ」

「よしなよ、今度は物乞いかい? それとも山賊かい? 残念だがこのベントゥーヤ、顔も良いが腕っぷしもそれなりなのさ。無手のアンタじゃあ相手になんないよ? それにオイラは他人からは幾らでも借りるが他人には貸さないのさ。…まあ、返しもしないがね」



 すげなく俺の無心は断られてしまった。当然だろう。



「……なんなら、黄金の一つや二つ。そこらで稼いで来たらどうだい?」

「稼ぐ? どこで? どうやって?」



 男は楽器の弦を片手で支え直すともう片方の細腕で道端のとある場所を指差す。



 …?


 雑木林の側になんか落ちてる。


 腐ってボロボロだが、木の看板…かな?



「そこのあぜ道…いんやもう獣道か。その先をそそいと進んでいくと、ここいらじゃあ“チュートの洞穴”なんて呼ばれてるダンジョンがあるのさ」

「ダンジョン!?」



 ダンジョンだと! 本当にゲームみたいな世界だなあ~。



「なんだ、やっぱしアンタも冒険者なんぞになって一獲千金なんてクチだったのかい。オイラが言うのもなんだが止めときなって、冒険者なんてさ。ダンジョンに潜って。モンスターと戦って。死に物狂いで地上に戻って来たって褒められることなんてまずないぜ? 稼ぎだってピンキリだし、ちょいと税が重くて暮らしが辛くとも故郷で家業を継いだ方が楽に生きていける、とオイラは思うがねえ~」

「モンスター!?」



 モンスターだと! やっぱりいるのか!本当にゲームみたいな世界だなあ~。


 …でも正直、モンスターなんて存在は要らなかったなあ~。マジで。



「まあ、モンスターってのもそのダンジョンはとっくの昔に廃れてるさ。今じゃ誰も近づきゃあしないよ。まあ、それでも弱っちいモンスターは湧くだろうけど。それでもこの先の街道辺りに出る山賊共なんかよりよっぽど可愛いもんさ。ここらだってまだドイルーの近くだが、夜になれば狼くらいは出るからな」

「…………」

「まあ何事も諦めが肝心ってことさ。そうだ!アンタで一曲思いついたから慰めにこのベントゥーヤが特別にタダで聞かせてやるよ? …題して、“ドイルーの間抜け男”さッ! ハッハッハッ~!」



 そう言って勝手に男は笑いながら楽器を夢中で搔き鳴らし始めてしまった。


 もう俺が何を言っても暫く止まらないだろう。



 ダンジョン、か。



 俺はジッとその男が指さした雑木林の奥を見つめる。



 ……ダンジョン。


 行ってみるか? どうせ行く当ても無いし、何なら今日すら生き延びられるか怪しいくらいだしなあ。


 ちょっと少し自棄になってみるかっ!


 どーか山賊とエンカウントしませんよ~に。


 乱数ちゃんと仕事してくれよ…!



 ※※閑話※※



 数分後、吟遊詩人の発する笑い声もとい鳥が囀るかのような美しい歌声がやっと収まる。


 

 一頻り満足したかのような仕草で楽器を演奏する手を止め、ダラリと地面に向って垂らした。



「…こんなに笑ったのは久々だな。あ~、汗かいちまったよ。終始黙っていたが機嫌を損ねちまったかい、オニーサン? だがこの歌は今夜の酒場じゃウケそーだ! どうだい? この色男のベントゥーヤに連れられてドイルーに凱旋…ッ!? 居ない…?」



 吟遊詩人は手にした楽器を若木の股枝に立て掛けると、おもむろにフード付きの羽根帽子を脱いで頭部を露わにする。


 まるで風に吹かれた大麦畑のようなプラチナブロンドの長髪が宙に舞い、その美貌の左右には長く尖った耳が生えていた。



「…………」



 そのヒクヒクと動く長い耳が雑木林の奥から背の高い男が雑草を掻き分け、枝を踏んで奥へと進む足音を、微かにだが…確かに捉えていた。



「……アイツ。本当にあの廃れダンジョンに行っちまいやがった。やはり、気でも触れたか、自棄になっていたんだろうかね? それなら、あの坊や(・・)には可哀相なことをしちまったなあ~。オイラが余計な事を吹き込んだばっかりに……」



 吟遊詩人はやるせない顔を一瞬だけ浮かべると、帽子を被り直し背嚢を背負って背中とその間に刺繍入りの敷物を丸めて差し込んだ。そして、自慢の相棒を若木から受け取って肩に担ぐ。



「精々頑張ってもオイラの半分も生きられないのによ。なにもあの若さで死に急ぐこともないだろうになあ。…本当に人間ってヤツあ愚かな生き物だねえ~。だが、そんな人間の真似事をするオイラも負けず劣らずの愚か者に違いないさね」



 吟遊詩人はゆっくりとドイルーに向って街道の端を歩き始めた。



「…今夜生き残れるのは半々…いや、あの様子じゃあその半分の見込みも無いか。今夜はあの坊やを悼んで酒場の裏の河辺りで鎮魂の曲でも夜通し弾いてやろうか」



 そうして吟遊詩人は一度、雑木林の方を見やった後にその場を去っていった。



 

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