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Ⅰ*15 ダンジョン荒らしの襲来 その2

今回はダンジョンサイドの住民目線の話なので、ムドーが居ない場面でのオーク達だけの会話は普通に描写しています<(_ _)>



「はあ…。憂鬱だわ」



 ガタヤ王国の各都市を結ぶガタヤ直轄領の街道を女がひとり溜め息を零しながらトボトボと歩いている。



 麻の服とフードで隠してはいるが、歳は二十ほどの若い女で引き締まった女だ。


 筋肉質な肢体にやや褐色を帯びた肌。それにフードの裾からハラりと舞うピンク色の髪を持っている。目つきはお世辞にも余りよろしいとは言えないが、それにさえ目を瞑ればとても魅力的な容姿をしている。



「結局、テュテュリス様から頂いた鉱石は全部、いえ半分も売れなかった。交換出来たのも、ほんの僅かな嗜好品やエールの小樽くらい。この程度ではテュテュリス様が迷宮を管理する為の御力(・・)の足しにもなりはしないでしょうね…七日も頂いて、ドイルー近郊の村里を十。また、グリンビン様のダンジョンに御厄介になってしまったし……私、商いの才能無いのかも」



 女は自身の戻るべき場所が近付くにつれ、気が重くなってくるばかりだった。



「……ん?」



 ふと、女が立ち止まると、街道の先から複数の人間の気配が近付いて来た。



「(この感じだと…冒険者? 他領へ遠征してた奴らが帰ってきたのかしら。…面倒だわ。下手に鉢合わせる厄介だからもう森に入ろう)」



 女は迷うことなく街道から外れ雑木林の中に突っ込んでいった。



   ※



「はああ~っ…やっと人間共の世界から戻ってきたって感じだわ…。あ~しんどい。今日は夜明けから目が在ったから、ずっと変身(・・)してたし」



 驚くべき事に、女は森に飲み込まれたとある廃墟に踏み込むやいなや、その姿を変える。



 身の丈が百と八十近くあった姿から背は二十は縮み、淡い黄金の毛が顔の一部と下腹部と手足を覆った。そして愛らしい獣のような尾が一本チョロりと尻から垂れた。



 そう、女の正体は人間族に姿を変えていたモンスターだったのだ。



 勢いよく体の筋を伸ばす彼女の口元には鋭い犬歯が覗える。



「あ。このまま、枯れ井戸からテュテュリス様の下に向ってもいいけど。…そうね、今日は普通に入り口から帰るしましょう……第二階層の皆や、そうだ!偶には()に挨拶していかないとね? フフッ」



 だが、彼女はふとある家屋跡で足を止める。



「そういえば、行商に出る前にこの辺をあんな恰好でうろついていたあの馬鹿。どうしたんだろう? 流石に逃げ帰ったと思うけど…その辺で死んでたら嫌だな」



 彼女はまるで害虫に対しての嫌悪感のようなものを表情を浮かべて自身が良く利用する…一応は彼女の地上拠点としていたマイ・ホームへと足を運んだ。



「嘘…コレ、使った跡よね? それも何度も…」



 竈とその上の鍋を調べた彼女は急いで裏の茂みに飛び込む。



「無い!? 私の斧が…!」



 彼女が竈や焚火に使う為の薪を加工する為の手斧が茂みの中にある薪割り場には無かったのだ。そして、彼女が作り置いて乾燥させていた薪の束も無くなっている。



 薪と斧泥棒に憤慨しながらも彼女はまた屋内へと戻った彼女の視線がふと床の上に移った。



「ッ!? コレは羽根! 恐らくダンジョンのアタックドードー…! ここで解体したのか? でも人間にモンスターを解体する事なんて真似、出来るはずが無い(・・・・・・・・)!!」



 迷宮のモンスターは同じダンジョンに所属するモンスター以外…つまり、冒険者などに倒されると幾らかの戦利品(ドロップアイテム)を残してダンジョンへと還元する。これは様々な理由から地上で野生化したモンスターでも同様だった。



 彼女はひたすらに混乱する。



「馬鹿な…。それに実際、床には多少血の跡が残っているが…綺麗過ぎる。それに何の為にあの男がわざわざダンジョンのモンスターを地上へ連れて捌く必要が? ま、まさか…食べる為? それこそ冗談でしょ。モンスターを食えるのは同じモンスターだけ(・・・・・・・)だ! ……仮に、人間族がモンスターの肉を手に入れる事が叶い食べたところで…もういい、この考えは止めだ!」



 彼女は外へ出ると速足でダンジョンの入り口である洞穴へと向かう。



「問題は…ドードーの羽根だ。恐らくなんの目的だかは知らないが、あの男があそこまで持って帰って来たということ…!つまり、あの男は単身でドードーを倒せるほどの実力があったということ! つまり、あの男が狂人だとしても、私がこのダンジョンに身を寄せてから初めての迷宮挑戦者ということ!!」



 彼女の不安はもはや興奮へと変わり、瞳はランランと輝きだして最早速足ではなく疾走。気を抜けば四つん這いになって狼の如く駆けたかもしれない。



   ※



 だが、彼女はダンジョンの入り口の前に立った瞬間、嫌な予感に呑まれ立ち止まってしまった。



 ダンジョンは平面上はいつも通りの静寂を保っていた。



 が。彼女はとある不安を拭えない。



 彼女の親友の姿が無いのだ。



「え。何処!? 何処なの!アルフレードぉ!!」



 アルフレード。それが彼女の友の名だった。



 彼女は生まれながらにして異質な存在であった。



 それ故に元の家族や一族すらから忌避されガタヤ王国のとある森に捨てられたのだ。


 同種以外のモンスターとも相容れなかった彼女は、時には人間族の振りをして人間族の里に近付くも、正体がバレれば殺され掛けた。


 …彼女は幼き頃からずっと人間からもモンスターからも逃げて生き延び、やっとのことで今では名の霞んでしまった迷宮の主人に迎え入れられるまで孤独な存在であった。



 その長年の孤独からの反動か、もしくは未だ今よりも幼く迷宮に貢献できることが少なかった彼女がどうにか皆の役に立ちたいとこの世に創造したのがアルフレード。彼だった…。



 雨の日も風の日も長い月日を掛けて彼女はひとり廃村で彼を作った。少しでも通り掛かった人間に興味を持たせようとして作り始めた人形こそアルフレード。


 

 まだ、オーク達とは馴染めなかった彼女にはむしろこのダンジョンで一番の話し相手だったアルフレード。



 天性の不器用さを持つ彼女では彼を二本の脚で立たせることは不可能で、途中で屈強な戦士からダンジョン前の屍という配役に変わったアルフレード。



 まだ、人間族への変身がぎこちなかった頃に頑張って仕入れたガラクタが彼の衣装となった。晴れの革鎧だけは最安値の鎧だったが、彼女が真剣に頑張って手に入れた新品だった。それを身に纏うアルフレード。



 それからも落ち込んだ時は彼女の相談役になってくれたアルフレード。



 よりらしさ(・・・)を出す為とはいえ、オーク達から譲られた斧で彼の額を割った時は罪悪感で泣いてしまった。そんな思いですらあるアルフレード。



 彼女はそんな大事な友である彼を必死になって探す。既に彼女は四つん這いになって草むらに頭を突っ込んでいた。



「(ッ!? こ、コレは…!)」



 彼女が震えながら草むらから拾い上げたのはどこか見覚えのある木切れだった。



 そんな彼女が思わず呆然として立ち上がると近くの平岩の後ろから何か真っ黒に焦げたモノ(・・)足元に転がって来た。



 彼女は声にならない、否、できないほどの悲鳴を上げた。



 そして、彼女は誓った。



 この所業を犯したあの男を捕まえ、必ずこの手で殺す!…と。



 そして彼の代わりに額をカチ割ってこのダンジョンの前に同じ様に放置して晒し者にしてやるッ!


 

 そう叫びながら彼女がダンジョンへと突撃していった。



 ※※そんなことが地上で起きているとは露とも知らずに、オーク達の村※※



「何という事だ…」



 ひとりの男が自身の村へと戻って来た。



 男はオークだった。


 名はイートウ。そしてこの村のある第二階層の代表でもあった。



「やはりこの迷宮に異変が起こっていたとは…しかし、あのテュテュリス様があんなに御弱りになった姿を見せるとは。おいたわしや…」

「お帰りなさい。イートウ」



 イートウの帰還を村のオーク達、そして彼の妻が迎え入れる。



「それで、どうだったの? テュテュリス様のご様子は…」

「うむ」



 イートウは一先ず纏っていた外套代わりの毛皮を脱ぐと、妻が差し出した白湯を受け取り喉を潤す。



「今日も酷い揺れだったし。皆、怯えてしまってるわよ? それに魔獣達も混乱して暴走状態に近いものも居るって聞いて、戦士達も狩りに出られてないわ…それに…」

「……アユルはまだあの調子か?」

「え、ええ…」



 イートウは今日一番の溜め息を吐いてノシノシと土壁に魔獣の毛皮を掛けただけの小屋を覗く。



 そこには自分の自慢の息子である戦士アユルが膝を抱えて壁に向い座り込んでいる姿があった。



「はあ…アユル。もう、そう気に病むな。次の長になる立場のお前がそんな気落ちしてどうする! お前がそんな調子だと他の若い者が気にするばかりではないか」



 イートウの言葉に普段の面影が霞むほどションボリ顔となったアユルが顔を向ける。



 仕方なく、アユルはすっかり重くなってしまった腰を上げる。



 彼がここまで落ち込んでいるのは、彼が密かに村の衆に隠れて女達顔負けのレベルに至るほどビーズ編みにのめり込むと言う趣味が皆にバレてしまった事。さらに、普段奥の仕事を任せっきりの母親や女達を喜ばせようと、年に数度訪れるかどうかの商人(同じモンスター)から自身の力作と交換して手に入れ、育てていたアイスベリーが駄目になってしまったからである。



 二日続いて迷宮が揺れるという異様さに心配して自分の秘密の場所に赴いたアユルの目に映ったのは、本来湧くはずの無い大量のスライムボールに食い荒らされた畑とビーズの欠片だった。



 ビーズの欠片を取り込んでご機嫌のスライムボールの内部にアユルが手にする光虫のランプの灯りが煌めいて何とも現像的な光景であった…と、初めて聞くアユルの男泣きに驚いて駆け付けた者達は語った。



「揺れはまだ続いている。それはこの迷宮と繋がっておられるテュテュリス様が痛みで暴れておられるからだ」

「迷宮の主様が、痛み…? ま、まさか!?」

「…そうだ。現在我らの迷宮は攻撃(・・)されている」



 イートウは恐ろしい表情でそう告げる。



「父上。攻撃とは…テュテュリス様自信をですか?」

「それは正確ではない。私も痛みでのたうち回られているテュテュリス様から詳しい話をお聞きすることはできなんだ。あまりに、その不憫であられてな…。だが、オークルマール様が代わりに教えて下さった! 恐らく敵は冷やかしでやって来た冒険者などではない。どんな方法を用いているかは知らんが迷宮の力が枯渇して弱っておられるテュテュリス様に間接的にダメージを与えているらしい! とてもマトモな存在ではない…何故かは知らぬが、私も第二階層の様子を他の者と見て回っているが、その者が第二階層に来た痕跡は見られない。つまり、第一階層と地上とを行き来しているのだろう。流石に複数の人間がこの迷宮に踏み込めばテュテュリス様自体が感知される」

「相手は単独だと?」

「先ずそうだろう…我らオークの祖先がまだ第一階層で戦士として働いていた時もそうだっと聞いていたからな。間違いないはずだ」



 流石にアユルはこの期に及んで落ち込んでいる訳にはいかぬと、立て掛けていた槍を取った。



「待て、息子よ。未だ迷宮内では微震が続いており魔獣共が騒がしい。揺れは地上の光が沈んでから昇るまで沈静化する。恐らく、その時間帯に眠る人間族の特性だろう。そこを狙って私とお前で第一階層の様子を見に行くぞ…相手に気取られぬ為に敢えて少人数で行くが、その者の実力は未知数。我らはオークの戦士でも最もレベルが高いが……相手が魔術師などだった場合、我らは手も足も出ず返り討ちにされる可能性がある。しかし、簒奪者共と違い、我らにはこの迷宮の主テュテュリス様がついておられる。何も恐れるものはない」

「わかりました。父上」



 イートウとアユルは頷き合うと小屋を出て広場の皆にそれらの話を伝えるのだった。



   ※



 明くる日。まだ、地上では日が昇ろうとする時間帯。



 第一階層に二人のオークの姿が在った。



「な、なんという事だ…!?」

「父上っ! こ、こんな事が人間族の力で可能なのですか!?」

「う、ううむ…だが、この様を見よ! 酷過ぎる…ッ」



 二人が目にしたのは第一階層の至る場所に開けられた横穴である。


 その空間にみっちりと詰まって動籠めく大量のスライムボールに怖気すら抱くほどだ。



「本来、迷宮の壁を破壊する事など上位のモンスターですら難しいはずだ。だのに、これほどの数の穴を…いや、よく覗えばそれなりに広い空間になっている? 壁を破壊したのではなくくり抜いて新たな部屋を作ったのか! なんという暴挙!」

「このスライムボールの大量発生が、揺れの原因か……」

「奴らは言わば迷宮の掃除屋だ。仮にダンジョンが傷付けばそこに群がり傷を塞ごうとする。…テュテュリス様がああまで苦しまわれるわけだな。何の目的があってこんな真似をしたのかは知らん…知りたくも無いが、下手人はよほどの悪辣とみえる」

「確か…テュテュリス様は肉感的に迷宮と感覚を共有していると、昔聞いた覚えが?」

「…ああ。さぞお辛かっただろうに」



 イートウ達は顔を歪めながら足元のスライムボールを踏み潰さぬように足で払いながら進む。



 だが、これをやった者が人間であれ外様のモンスターであれ…こんな所業を平然とやってのける相手だ。果たして見つけたところで自分達に御せるのか? という疑問が嫌な汗となって二人の額から流れる。



 だが、その緊張は突如として破られることになる。



「あ、あの~?」

「「ッ!?」」



 なんとイートウ達の頭上の方に空いた横穴から黒髪黒目の人間族の男が這い出てきたからだ。



「に、人間族!? このダンジョンでは、初めて見た…ッ!」

「おのれ!やはり隠れ潜んでいたか!(あの軽装…武器すら手にしていない辺り、やはり魔術師の類か? 迂闊…! なれば息子を村に残すべきだったか!)」



 二人は咄嗟に武器を構え戦闘態勢を取る。



「グガアァァ!!」

「グオッ! グォッ!!」



 二人は歯をガチガチと打ち鳴らし、人間を恐怖させるべくモンスターとして顔を怒りに染め上げ、最大の威嚇を籠めてその男と対峙する。



「…………」



 だが、一方の男はまるで凪の様に反応が無い。


 むしろ、二人の態度に遣る瀬無いような表情すら浮かべて頬を掻いている。



「いやあ~、すいません。盗み聞きする気は無かったんですが…その、普通にお二人の会話が聞こえてきてしまって。……なんかこのダンジョンのルールみたいなのがあったら申し訳ないんですけね? あの~、ここはひとつ普通に話しませんか? 今、俺も下に降りますんで」

「「…………」」



 そんな言葉が男から出るとは露にも思わなかった二人は互いにポカンとした顔で暫し見つめ合ってしまった。



 

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