善き黒鹿
沙菜が知り合ったばかりの人から訊かれて一番困るのは、幼少期の頃の事についてだ。
幼少期の沙菜は、両親が事業の失敗から抱えた借金を返済するべく、あちこちの現場に住み込みで転々としていたために小学校の入学に至るまで、昼は飯場の近くで1人で遊ぶしかする事が無く、多くの子供が体験する保育園や幼稚園などには通った経験が無いのだ。
沙菜がいつも学校で一緒にいるグループに最近入った香奈美という娘が、やたら沙菜の事を知りたがってくるために、正直沙菜は困り果てていたのだ……。
事情を知る燈華やあさみが、それとなく香奈美に注意してくれるのだが、当の香奈美はそういう空気が読めるタイプではないらしく、何故教えてくれないのかと沙菜に訊いてくるので、沙菜はとにかく香奈美に捕まらないようにするのに日々神経をすり減らしているのだ。
そんな疲労感に襲われながら家に帰りつくと、沙菜の姿を見た祖父から
「沙菜、悪いんだが珍しい車を引き取ってきたから、ちょっと車葬を頼まれてくれないか? ホラ、この間なんとかいうのが欲しいとか言ってただろう? それを買ってやるから……」
と声をかけられた。
まぁ、香奈美の事をあれこれ考えてしまうのも癪なので、この際だから受けておいて恩を売るのも良いかと思って
「やるけどさ……この借りは高いよ!」
と言い捨てると、工場へと向かった。
いつもの場所にはひときわ小さな黒いクーペが佇んでいた。
沙菜にもよく分からないが、後ろに回ると消えかけたSUZUKIの文字があるので、恐らく昔の軽自動車だろう。
沙菜はその変わった形の軽自動車のボンネットに手を突くと、車葬を開始した。
スズキ・セルボ。
スバル360などの黎明期の軽自動車によって花開いた日本のモータリゼーションは、'70年代にはトヨタカローラや、日産サニーの登場によってボリュームゾーンが小型車へと移行した。
以降の軽自動車は、若い層のパーソナルカーとしての活路を見出し、ダイハツのフェローマックスや、三菱ミニカスキッパー、ホンダZのような、スタイリッシュなクーペボディと、高性能を誇るエンジンの組み合わせにしのぎを削っていた。
スズキからも'71年に軽セダンのフロンテをベースにしたスタイリッシュなフロンテクーペが登場、人気を博したが、カローラレビンやサニークーペなどへの若者層の上級移行や、排気ガス規制などの影響により、ライバル車と共に軽自動車が550ccに改定された'76年に姿を消してしまう。
世の中からクーペの軽はすっかり駆逐されたかと思われていた翌'77年10月、消滅していたフロンテクーペがリバイバルされ、550ccとなって発売された。
しかし、見た目が似ているものの、寸法が新規格に合わせて若干拡大されている事、そして角型2灯式のライトが、丸型2灯のヘッドライトへと変更された事、そして安全対策のため大型のバンパーとなった事が外観上の違いであった。
そして、最大の違いはそのコンセプトで、フロンテクーペが若い男性に向けて放ったスポーツ&スペシャルティなのに対して、この車のそれは、スタイリッシュなボディと取り回しやすさに魅かれて購入する女性向けのパーソナルミニとして生まれ変わったのだ。
それを表すように基本メカの大半は踏襲したものの、360ccで37馬力を発揮するハイパワーエンジンは、550ccで28馬力の排ガス対策済みの大人しいエンジンへと差し替えられていた。
ちなみに、初代のみ美しいスタイルを活かして1000ccエンジンを積んでイギリスに少数輸出されている。
2代目は'82年に登場。
'79年に、セカンドカー需要狙いの低価格で登場したアルトは、当時低迷しきっていた軽自動車市場を不死鳥の如く蘇らせる原動力となっていた。
低価格の波は他車にも押し寄せており、セルボも、アルトとコンポーネントを共通させることになって、伝統のリアエンジンから前輪駆動へと変更したが、同時にアルトの安普請な所も継承して、4輪独立懸架式のサスペンションは、時代遅れ極まりない後輪リーフリジッドへと退化する。
しかし、前輪駆動化によって広くなったトランクスペースと室内、初代からの伝統であるガラスハッチなどで先代を大きく凌ぐ使い勝手と、ポルシェ928を縮めたかのようなミニクーペスタイルは、当時の軽自動車随一のスタイリッシュさを誇った。
そして、追加された2速フルオートマチックにより、初代以上に女性ユーザーへと寄せた商品構成になったセルボは、その後もスズキ初のターボ車や、軽自動車初のドアミラー装着車を設定するなど、スポーティさとお洒落さを兼ね備えていった。
CMでは女優の浅丘ルリ子が『セルボを買うと、男友達がついてくる』というキャッチコピーを放った事からも、若い女性がターゲットである事の分かるものであった。
3代目は'88年1月に登場。
アルトに代表される軽ボンネットバンは、価格の安さを武器に女性を中心にユーザーを膨大に増やしており、乗用セダンであったセルボは大いに影響を受けていた。
スタイリッシュなクーペスタイルは、大きな特徴であったが、ターゲットの女性ユーザーは、価格でアルトを選ぶか、デザインでダイハツミラを選ぶかという具合で、ボンネットバンの車種内でしか選択していないのであった。
スタイリッシュさと、後席居住性に優れるセルボだが、ほとんど2人でしか乗らない彼女達には、カッコ良さや後席の広さよりも、それはそこそこでも安く収まる事を重視していたのだ。
その流れに乗ってセルボも全車ボンネットバンで登場。
デザインは伝統のクーペスタイルから一変し、ホンダのアコードエアロデッキや日産EXAキャノピーのようなシューティングブレーク的なミニワゴンスタイルとなった。
グラスルーフやリアが下がる独特なルーフライン、独創的なリアスタイルは大胆、室内の色遣いなども奇抜でモダンな仕上げで、世界初の電動パワステなどのトピックもあった。
CMには女優の大西結花が登場し『横町小町』のキャッチコピーで発売された3代目だが、フロントの顔周りが当時のアルトに似すぎていて見分けがつき辛く、その割に高価なこと、ボンネットバンになったために従来のクーペスタイルで後席の広いセルボを求めていた層から敬遠された事などが重なって不人気を極め、軽自動車の規格改定が行われた'90年に僅か2年で生産中止となる。
4代目は'90年7月に登場。
完全なハッチバックスタイルとなって、クーペとワゴンの折衷案のような先代と決別する。
当初はターボモデルのみでのラインナップで、3気筒DOHC及び4気筒DOHCエンジンという当時のアルトなど足元にも及ばないオーバークオリティなモデルとして一クラス上をも凌ぐ車となる。
また、3代目で低迷し4ナンバーモデルに変質したセルボは再び乗用車へと復帰する。
11月にはノンターボモデルと、セルボとしては初の5ドアモデルが登場。
4代目にして、セルボはユーザーニーズに合わせて後席ドアを手に入れ、孤高の2ドアモデルの道を捨てる。
ノンターボモデルのCMには、当時人気絶頂の織田裕二が登場した事からも、やはりターゲットは一貫して若い女性だった。
以後はバブル期特有のハイクオリティなものを好みながらも、事情により軽自動車のみを選択する若い女性を狙った従来のセルボと同様の客層を偶然か必然か手に入れる。
それから8年が経過し、軽自動車が現行規格へと変更される際にセルボモードは生産を終了して、セルボという車は忘却の彼方へと去っていった。
ちなみに、この車のシャーシをベースに'93年に登場したのがワゴンRである。
セルボが消滅して8年が経過した2006年の11月に突如セルボを名乗る車が登場した。
ワゴンRやMRワゴンに近い軽ハイトワゴンで、アイデンティティというべきか、クーペのような流麗なデザインが特徴であった。
3気筒のターボとノンターボが用意されたセルボは、その丸く流麗なデザインによるパーソナル感という、初代から一貫したコンセプトを狙って登場したものの、ワゴンRとMRワゴンがある中で中途半端な存在と映ってしまい、多くの人には復活した事すらも認識されないまま、2011年に再び消滅してしまう。
次に、オーナーの情報が流れ込んでくる。
当時20代中盤の女性で、当時のスズキは今ほどディーラー網が強くなく、特約店の自動車修理工場で購入するのが一般的で、彼女も修理工場から購入していた。
幼稚園教諭の仕事をしており、子供が持ってきているトミカのセルボを見て感性を刺激されての車種選定だった。
カタログを見てどのグレードにするか悩んでいたが、カーエアコンをつけるためにパワー不足の無いターボを勧められ、当時軽自動車では少なかった黒のボディカラーを選ぶ。
職場までは徒歩5分程度なので通勤には使われず、専ら休みの日の買い物や、旅好きの彼女の遠出のパートナーとして共に走り回った。
駐車場を借りなくても住んでいるアパートの軒下に入れておける小ささと手軽さが魅力で、セルボは彼女のパートナーとして長い時間を過ごしていく事になる。
たった1度だけ、軽自動車の規格改定があって排気量が550ccから660ccに変更になった1年後に出たカプチーノが気になって代替を考えたものの、2人乗りという点が引っかかったのと、その年より軽自動車にも車庫証明が必要になった事が引き金になって諦めた経緯があった。
ここまで見ていて、沙菜には分かった事があった。
「この人……あっち側の人だ」
オーナーの女性は、確かに年月を経たなりの外観へと姿を変貌しているのだが、内面は変わらずにいる上、発するオーラのようなものが明らかに普通の人間とは異なるものなのだ。
宇宙刑事、エルフ、戦国武士、くノ一、そして異世界の魔王討伐パーティと魔王……と続いてきた中でも、彼女に関して異質に映ったのは、漂流している時間軸が1人だけ桁違いに以前なのだ。今までのあっち側の人達の漂流時期がせいぜい4~5年前までなのに対して、彼女だけが40年近く前の時間に漂流しているのだ。
これは、今までとは質の違うあっち側の人間なのだろう。
沙菜は、彼女の生い立ちを注意深く、そしてしっかりと追っていった。
そして、彼女の部屋の中から出てきた過去からの遺品の中を見た際に沙菜の口から
「この人……魔女だ」
沙菜は子供の頃に絵本で見た帽子や杖があるのに気付いたのと、自分の姿形をコントロールしているようなきらいがある事に気付いたからだ。
彼女は遠い昔の違う国に生まれた魔女で、物心ついた頃から人間の老夫婦に大切に育てられたようだ。
なので、大人になった彼女は困った子供たちを放っておけず、孤児や今で言うところのDV被害に遭っている子供達を引き取っては育てていく事を生き甲斐にしてきたようだ。
しかし、それが異質に映った村人たちから魔女裁判にかけられて火刑に処される事となり、十字架に張り付けられ、業火が迫る中で苦しさに気を失い、気がつくとそこは1984年の新宿だったそうだ。
彼女は、使える能力が限られている中でこの世界の事を学んで、そしてこの世界に順応する事にした。
そして、やはり以前の世界で自分がやっていたのと同様、多くの子供達を育てていく仕事に携わりたくて、学校の教師や福祉施設の職員等、色々な職業を検討した結果、小さなうちから関わる事こそが大切だと思うようになって今の仕事を選んでたくさんの子供達を世に送り出してきた人生が浮かんできた。
彼女は、寿命が人間の倍ほどもあるため、まだまだ頑張りたいのだが、この世界に順応するならば、そろそろ定年を迎えないとならない頃となり、一度現在の生活を全てリセットしてやり直すために全てを処分する事となって、セルボもここにやって来た経緯が……。
沙菜は、久しぶりに見たディープな光景に圧倒されかかりながらも、丁寧に思念を読み取ると、汗だらけの体を預けるようにボンネットに手をついて
「良き旅を……」
というと車葬を終えた。
◇◆◇◆◇
翌日、書類を持ってやって来た初老の女性に沙菜は対応した。
「お疲れさまでした」
彼女は、何を言われたのか分からない……といった表情を浮かべていたが、沙菜は続けて
「すべてはセルボが教えてくれました」
と言うと、その『すべて』を測りかねて
「ありがとう。長い教諭人生でした」
と満足した表情で言ってみせたが、沙菜は
「大丈夫ですよ。もう、みんな訊きましたから」
と言うと、一瞬狼狽した表情を浮かべて
「でも、そんな話がある訳ないでしょ?」
と、常識人として沙菜の話を打ち消そうとしたが
「ここには色々な人の車が来ます。既に宇宙人や異世界人、過去の時代の人も来てますからね」
と言う沙菜の返しに絶句してしまったようだ。
彼女の話によると、向こうの世界でも迫害を受けるために正体を隠して過ごしていたこと、そして40年前の日本では、このようなあっち側の人間はいなかった事、当時はオカルトブームの影響を引きずっていた頃で、バレたら晒し者にされると思い、正体を必死に隠して生きてきたため、自然体で過ごす事には慣れていないそうだ。
しかし、後に自分のいた時代の事を調べていくうちに、自分の所にいた子供たちの中から、教会や政治に関わる人間が現れて、彼らの働きがきっかけになって魔女裁判などというバカげた風習が根絶されていった事、地方には孤児たちを救った善き魔女の伝説がある事を知り、自分のやってきた事は間違っていなかった事を確信したため、この世界でも同じように生きていこうと決心した事などを話してくれた。
「私の存在に意味はあったんだって事、そして、小さな力でも世界は少しずつでも変えられるんだって事を学んだから、次にやれる事を考えていこうと思います」
何も持たずに消えゆこうとしている彼女に沙菜は、2つの物を渡した。
1つは木の実に紐を通した首飾り、そしてもう1つはクレヨン画だった。
「これ……」
「あのセルボから託されました。大事な物を別の場所に入れるなら、ちゃんと覚えておけって言ってました」
沙菜から彼女に手渡された2品は、首飾りは向こうの世界で子供から貰ったものだった。
それを渡した娘は、彼女が世界から消えた後で修道女となり、後に教会の上席まで上り詰めて魔女裁判の廃止を成し遂げたのだった。
クレヨン画は、こちらの世界に来て数年後に受け持ったクラスの中で、やたらと問題を起こしては彼女の手を焼かせていた子供が描いた物だった。
しかも、その絵には彼女とセルボを描きながらも黒猫や魔女のハット、ほうきなども描かれており、明らかに彼女の正体が視えていたとしか思えない絵に仕上がっていたのだ。
それを受け取った彼女は、何も発さなかったが、その笑みと浮かんだ目尻に光るものから、沙菜にはどういう思いかは受け取れていた。
だけど、見た目の年齢に似合わない少女のような振舞いに、沙菜が驚いてしまったのは、彼女の寿命と性格が成せる業だろう。
それから数ヶ月が経った頃、沙菜は新進気鋭の絵本作家のニュースを見た。
彼女の書く魔女と少女の物語は読んだ人の共感を集めて話題になり、海外からも注文が殺到しているそうだ。
そのニュース映像の中で微笑む若い女性に、沙菜は再び巡り始めた時間を前向きに生きている強い魔女の姿を重ね合わせていた。
イタリア語で牡鹿を表す黒いミニマムクーペは、自己のアイデンティティに絶望した魔女の再起をその見た目とは裏腹の力強さで支えて、彼女の絶望を多くの希望に変えて、彼女に今第三の人生のスタートを踏み出させたのだ。
彼女の中で、今を生きていける原動力の1つとなったのはこの黒い牡鹿なのだろう。魔女と黒い牡鹿……おかしな組み合わせではあるが、話題の絵本によってこれからのスタンダードになるのかもしれない。




