星に願いを
沙菜には、打ち込めるものというものが無い。
それは、沙菜自身の育ってきた環境によるところが強いのだ。
物心ついた頃から、事業に失敗した両親と共にあちこちの日雇いの現場を転々としてきた沙菜は、なにかに打ち込んだり、人と深く関わる事が悲しい結末を生むことを体験しており、脊髄反射的にそれらを避けるようになっていたのだ。
とは言え、最近の沙菜はお洒落には興味があるし、スイーツを楽しむというマインドもある。
これは、祖父母と一緒に暮らすようになって、明日には別の飯場に行くなどという事の無い安定感もさることながら、これらなら場所を問わずに楽しめるという安心感もあってのことかもしれない。
家に戻ると、待ち構えていたと思われる祖父から
「おおっ!? 沙菜にたんまりと報酬の出るバイトの話があったんだが、やってみるだろう?」
と言われた。
なんか、決定事項の様に言われるのは不快だけど、その金額を見た沙菜には断る理由など無かった。
お洒落やスイーツ巡りには資金が必要なのだ。
なので、これからは真藤沙菜ではなく、車葬人と割り切る事にした。
工場のいつもの場所には、ガンメタのファストバッククーペが佇んでいた。
「スタリオンかぁ……実物は初めてかもね。それじゃぁ、はじめるよ」
と言うと、車葬を開始した。
三菱・スタリオン。
三菱はスポーツカー作りに向いていない会社である。
三菱が初めてスポーツカーへと進出したのは'70年のコルトギャラン・GTOであるが、1952年発祥のダットサン・スポーツを源流に持ち、以降フェアレディ、フェアレディZへと連綿と繋ぐ日産、その誕生の瞬間からS500というスポーツカーを持ち、本来であればS360という軽スポーツで参入予定であったホンダなどと比べると、格段に遅かった。
ギャランGTO以降のスポーツカーの歴史は、お洒落なスペシャルティであるギャランΛへ引き継がれるという、要は形が似ているので纏めてしまえ的な引継ぎで、スポーツの伝承とは言い難い物であった。
トヨタや三菱のような会社は、スポーツカー作りに最も必要である『製作者の熱い拘り』が製品化される際の合議で薄められていく傾向があり、それがこのような形になって現れてしまうのだ。
Λもヒットとなった初代モデルのキープコンセプトに走った2代目モデルでは、ライバルとなる日産シルビア、トヨタセリカ、ホンダプレリュードなどに加え、'80年に日産レパード、'81年にトヨタソアラなどの高級スペシャルティが登場すると一挙に陳腐化して不人気となり、そのコンセプトに陰りが見え始めていた。
そこで、Λの系譜を廃止して、その下位車種であるランサーセレステの後継車種として開発されている車を据えようという計画が持ち上がったが、スポーツカーの本場アメリカの会社である提携先のGMから、大型化の要求があり、Λをベースとしたファーストアバッククーペの開発がスタートした。
アメリカ市場における販売、当時の旗艦車種(デボネア除く)のギャランΣ/Λのシャーシベースでの開発から、世界の第一級と肩を並べる事のできるスポーツカーを作ろうという打算的目論見も加わって計画はスタートし、同クラスのポルシェ・924を念頭に開発された。
1982年5月に発売されたスタリオンは、2000ccの4気筒を積むFRという点ではオーソドックスで、且つ、2800ccを擁するフェアレディZやセリカXXに譲るものがあったものの、その存在感はそれらに負けていないどころか、初代のキープコンセプトで新味に欠ける上にモデル末期であった当時のフェアレディZなどを時代遅れの遺物へと追いやるモダンでスマート、そして適度にマッシブなものだった。
ラインナップは、ノンターボはGXがあるのみで、当時フルラインターボ政策の真っ最中であった三菱らしく、主力はターボ車で、装備によりGSR-I、II、III、Xからなるメインがスポーツ系グレードからなる初めての三菱車となった。
過去のギャランGTOにおいても、主力は通常グレードであり、三菱のスポーツはラインナップに八方美人的な割り切れないものがあったのだが、その迷いの断ち切れた気持ちの良いものとなった。
しかし、多いグレード数はやはり無駄を生み、1年後にノンターボが、その翌年にGSR-IとXが消えている。
スポーツカーらしい大胆なデザインと、当時流行のターボ車の豪快な走りは話題を呼び、コルトギャランGTO以来のメディアへの露出と市井での人気を得たスタリオンだったが、この頃は国産各メーカーがスポーティーカー花盛りの頃で毎年のようにハイパフォーマンスモデルが登場していた。
発売翌年にはライバルのフェアレディZがモデルチェンジで日本初となるV6エンジンを搭載、スカイラインRSターボが190馬力で登場、マツダもコスモとRX-7のロータリーエンジンにターボを追加、いすゞもピアッツァにターボモデルを追加するなど、各社のスポーツモデルのパワーウォーズが過熱化していた。
その中で陳腐化するのを防ぐため、スタリオンも次々とバージョンアップに努めていく。
発売翌年には国産車初の空冷インタークーラー仕様車をGSR-IIとIIIに設定。他社のターボモデルに比して秀でる事の無いスペックに華を添えた。
'84年6月には画期的な可変バルブタイミング機構付きのシリウスDASH3X2エンジンを搭載したGSR-Vを追加、200馬力というクラス最強のパワーを叩き出すこのエンジンの登場は、大きなインパクトを持って迎えられた。
'85年にはマイナーチェンジでボンネット上のダクトが廃止される。ここで、初めてこのダクトが格好重視で開けられていた事に消費者が気付くことになる。
スタリオンは三菱らしく格好重視の車という側面も持ち合わせていたのだ。これは、後の三菱GTOにも続いていく。
スタリオンはモータースポーツにも積極的に進出し、当時の日本のツーリングカーレースの最高峰だったグループAレースに参戦、欧州車勢を追い詰めるドッグファイトを繰り広げ、レースファンを魅了した。
また、三菱が得意とするラリーにも、4WDに改造したマシンで挑戦するべく鋭意開発が進められていた。スタリオンの外観のハイライトの1つであるリトラクタブルライトを廃して全長を短縮したラリースペシャルマシンが、市販を前提に製作されていたが、寸前で参加予定のカテゴリーが廃止されてしまい、日の目を見る事なく終了してしまった。
しかし、ライバル車のラッシュはその後も続き、'85年にはマツダのサバンナRX-7がモデルチェンジして2代目となり、先代より圧倒的に上がったシャーシとエンジンの性能で世界一級のスポーツカーへと昇華、'86年にはセリカXXがモデルチェンジでスープラになり、3000ccターボは230馬力で国産車最強、2000ccもツインターボ化するなど、日進月歩のパワーウォーズ合戦が繰り広げられるようになると、スタリオンのデザインや、メカニズムもあっという間に陳腐化してしまうに至った。
'87年にはGSR-Vに、アメリカ向けのワイドボディを与えた2000GSR-VRを50台の限定で発売すると、翌'88年3月にはそのワイドボディと、アメリカ向けの2600ccターボエンジン搭載の2600GSR-VRを発売して他のグレードを消滅させる。
この頃の日本において3ナンバーは維持費がグンと上がる禁止税的なものであったこと、バブル時代に突入していた当時、時代遅れの旧デボネアの4気筒エンジンをターボ化させただけで目新しさに欠け、低速重視のために175馬力という、一見すると改良前より下がったように見える数値から国内では完全に空気扱いされ、'89年いっぱいで生産終了とされ、'90年登場の三菱GTOへとバトンを繋ぎ、消滅する。
このGTOがディアマンテをベースにしたFFシャーシとなったため、このスタリオンが三菱の乗用車としての最後のFRとなっている。
次に、オーナーの情報が浮かんでくる。
2オーナーで、最初のオーナーは当時30代前半の男性。
スポーツカーらしいデザインに憧れて、セリカXXと競合させ、2000ccターボの性能と、XXに比べると引き締まった感のあるデザインが決め手となり、中古の初代フェアレディZの初期型から乗り換える。
エアコン、パワステ無しで故障がちのZでは行けなかった北海道旅行や、趣味のレース観戦に飛び回った。
後に妻になる女性と初めてレース観戦にサーキットへ行った際もスタリオンは一緒だった。
しかし、結婚して2人の子供に恵まれると、スタリオンでは用が足せなくなり、8年目を迎えたところで、当時現行モデルだった8代目スカイラインの4ドアに代替する。
2人目のオーナーは20代前半の男性。
中学生の頃に憧れたスタリオンが欲しくて、バブル期の中古車がだぶついている時期だったためにかなり安くなっていた初期型に狙いをつけて、ほぼ底値で購入。
若いオーナーで、サーキット走行や峠、首都高などにハマった事から、トラブルやクラッシュにも見舞われるが、就職してからは落ち着いていく。
しかし、車好きが止んだわけではなく、彼はスタリオンを手放さずに乗り続けていた。
当時はハイパワーでハイテクなスポーツモデルはたくさんあっても、2年もすれば最強の座から転落し、それでいてスタイルに惚れ惚れするものが、当時の彼には無かったために、買い替えるチャンスを逸したのだった。
そして、中古でスタリオンを購入してから10余年が経過した時、彼も遂に結婚する事となった。
彼の妻は再婚で、そして、幼稚園生の娘もおり、彼の生活は賑やかに一変する。
スタリオンは、長らく続いた彼との生活の終わりを覚悟していたが、彼も、妻もそのつもりは毛頭なく、今まで通りのスタリオンと、彼の生活に2人の家族が追加となったのだ。
後席も広くはないが、娘には充分なスペースがあり、娘との距離を縮めるべく、3人でスタリオンに乗ってあちこちへと出かけていった。
幼稚園生だった娘も小学校へと上がり、学校行事にスタリオンに乗って登場すると、凄く注目されるのが、娘にとっては嬉しくもあり、恥ずかしくもあるようだった。
そして、娘が中学生となり、2年生の冬に家族に激震が走る。
妻に不治の病が発覚する。
当初は気丈に振舞っていた妻も、ある時期を境に日に日に弱っていってしまい、半年の闘病生活の末に力尽きて、最期は彼と娘に見守られながら逝ってしまう。
最愛の妻を失った悲しみに暮れている暇など彼には無かった。
残された娘を立派に育て上げる事。病床の妻が最後まで気にかけていた事だった。
彼は、妻との約束を果たすべく奮闘したが、もとより年頃の娘と男親である上、血の繋がりが無いとなると、鎹となっていた妻がいなくなった事で堪えようのなくなったやるせなさを、彼にぶつけるべく、娘は彼に尽く反発した。
子育ての経験が無い上、年頃の娘の扱いに彼は心底悩んでいた。
これが男の子であれば、彼にも気持ちに理解ができる部分があったり、また、横面の1つも叩いて感情を疎通させる事も出来たのだが、年頃の娘という事、更には妻の連れ子という遠慮が、彼にブレーキをかけてしまったのだ。
そして、娘が高校2年生のある日、事件が起こった。
娘が、襲われて性暴力を受けてしまったのだ。
娘は、彼に反発はしていたものの、道を踏み外すような真似をする娘ではなかったので、そのような目に遭う謂れは無かった。
犯人はすぐに逮捕され、世間では一件落着となったが、彼と娘の中では何も終わってはいなかった。
娘は生気が抜けたようにボーっと過ごすようになってしまい、それを見る彼の胸のうちは激しい憎悪の炎が燃え上がっていったのだった。
彼は、犯人を殺したい衝動に駆られて計画を練る。
しかし、いつも計画が頓挫してしまう。
最初は、買ったばかりのサバイバルナイフが見当たらなくなっていた。
仕方ないので、またナイフを買ったが、やはり、気がつくと見当たらなくなるのだ。
そして、拳銃へと方法を入れ替えても何故か上手くいかない。
密売人と会える店の名前と見取り図の書かれたメモが、次の日の朝には見当たらなくなっていたり、密売人が密告により逮捕されて彼の手に渡らなくなってしまうのだ。
ある時、彼はそれが娘の仕業である事に気がつく。
彼は、亡き妻の部屋に入った際に、彼女のPCから警察にアクセスした痕跡を見つけたのだ。
彼は帰ってきた娘を思わず問い詰めてしまう。
最初はシラを切っていた娘だったが、彼の感情が高まってつい手をあげてしまった事から争いとなり、そして、その夜を最後に家に戻って来なくなってしまった。
そして、生きる目標を見失ってしまった彼は、何をする気力も無くなり、最小限の家族の思い出を残して全てを処分しようとスタリオンがここにやって来た経緯が。
沙菜は、その思い出に寄り添うように丁寧にスタリオンから思いを吸い上げていった。
そもそも沙菜は、家族の愛情や機微とは無縁の人間のため、この動きは車葬人としての沙菜が行っているのだ。
そして、全ての思いを読み取った沙菜は
「良き旅を……」
と、車葬を終えた。
◇◆◇◆◇
翌日、事務所にオーナーの男性がやって来た。
車葬の時に見えていた姿からはすっかり変わって、物凄く痩せて、やつれていた。
家はそのまま残しているが、車に関しては今までと違って直すのが面倒だと、修理の手間が無くて安いもの……という事で祖父のところで買った先代のアクアに乗っており、それまでの彼とは180度変わっていた。
沙菜は、スタリオンから託された2つの物を彼の前に差し出した。
「これは?」
「スタリオンの後席脇の内装下から出てきました。こっちはスペアタイヤスペースです」
それは、大型テーマパークのチケットと、そこで売っている特徴的なカチューシャだった。
チケットの日付は15年前、まだ妻もいて、娘も小さい頃のものだった。
スペアタイヤのスペースには、彼が買ったナイフも隠されていた。
「何故、梓は邪魔をするんだ? 俺は梓のために……」
「梓さんを更に苦しめるつもりですか?」
彼の言葉を沙菜はバッサリと斬った。
「梓さんから、これ以上大事な人を奪うのはやめてください! このままだと彼女は失うのが怖くて人を愛せなくなりますよ!」
沙菜は続けて言った。
これも沙菜ではなく、スタリオンの思念を汲んだ車葬人の発言だ。
彼女は、もしナイフが見つけられてしまった時に、自分は気付いている事、そして思い留まって欲しい気持ちを込めて、大切にしていたカチューシャを傍らに置いたのだ。
それを聞いた彼は、力なくその2つを手に取るとうな垂れた。
それは、2人が初めて親子になれた瞬間だった。
その翌日、事務所に梓がやって来た。
理由は、スタリオンを受け取るためだった。
彼女は、車葬が終わった後のスタリオンの引き取りを希望していたのだ。
昨日の顛末を話した後、沙菜は訊いた。
「これから、どうするんですか?」
梓さんは、俯いた後ではにかんだような笑みを浮かべて
「しばらくはこの車だけ持って1人になります。その後は……分かりません。遠い町で1人で生きていくと思います」
と言うと、その後も言葉少なにスタリオンに乗って去っていってしまった。
走り去っていくスタリオンの後ろ姿を見た沙菜には、何故か不安はなかった。
数ヶ月後、とある牧場でスイーツのお店を開く梓さんの姿があった。
牧場に店を開いたのは、獣医を目指すために、より動物に触れ合える場所で……との事だと、沙菜は本人から聞かされた。
しかし、その時の話しぶりから、沙菜はここが彼女だけでなく、親子2人とスタリオンの再出発の場所になる事を確信していた。
ギリシャ神話の英雄ヘラクレスの愛馬と星の名を持つスタリオンは、きっと複雑な事情と感情を持つ親子の心の隙間を埋めてくれるに違いないと思う。
何故なら、彼ら親子を繋ぐ鎹は、家族の思い出を持つこのスタリオンの中に詰まっていて、どんなに離れていてもその距離を埋めてくれる星になった愛馬がいるのだから。




