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外れた梯子

 祖父が退院してから数日が過ぎた。

 元々、ギックリ腰は大したことは無かったのだが、検査入院がかなり堪えたようで、退院してからはすっかり以前ほどの体力が無くなっているのだ。

 という事で、たまっている車葬は捗ることなく、ほとんどが沙菜に回ってくることになってしまった。


 沙菜は祖母に文句を言うのだが


 「ゴメンなさいね。体力が戻ったら有無を言わさずに働かせるし、今回のバイト代も、来月以降の爺ちゃんの小遣い減額して払わせるから、ちょっとやって貰える?」


 とニコッとされて終了してしまった。

 やはり、真藤家でも女房が強いのだ。


 仕方なしに工場へと行った沙菜の目には、左サイドがかなりぐっちゃりといった黒いセダンが飛び込んできた。


 「普通のキザシなんて珍しいねぇ……それじゃぁ、始めようかぁ」


 というと車葬を開始した。


 スズキ・キザシ。

 2000年代に入って2代目スイフトのヒット等によって、それまでの軽専業メーカーのイメージから脱却することに成功したスズキは、その勢いを維持したまま、次の戦略へと走り出した。


 それは、日米欧の市場に向けたアッパーミドルクラスへの参入である。

 軽専業を脱したとはいえ、当時最も大きい車はエスクードであり、今ほどSUVが一般化していなかった当時としては、やはり特殊な車として、通常ではカウントされず、そうなると次はスイフトの1600ccまでダウンしてしまう。

 やはり、軽専業を脱した暁には、世界に羽ばたくフルラインメーカーに成長することを目指していたスズキが次に目指したのも自然な流れである。


 過去にカルタス・クレセント、エリオ、SX4とセダンを手掛けてきて、遂にSX4セダンで1800ccの設定にまで漕ぎつけることに成功した事はあるが、海外は別として国内ではいまだ強く残る『スズキ=軽自動車』のイメージを覆すことに苦労していた。


 そこで、このクラスの車に対して実力主義が強く、また、軽自動車の概念のない車の本場であるアメリカ、ヨーロッパ。更には、今後世界で最もセダンの販売数の伸びが見込める中国で発売し、本家日本はあくまでもマーケットの1つという扱いにしての登場を画策したのだ。

 世界の評判が、日本市場を鼓舞する可能性、また、そうはならなくてもメインは先の3つの地域なので、痛みは少ないという計算があったのか否かは別として、そのようにも勘繰れる登場となった。


 スズキ初のアッパーミドルクラスに位置する、スズキの旗艦となるセダンは、事前のショーモデルに搭載されていた3600ccのV6エンジンではなく、エスクードに搭載された2400ccの4気筒エンジンへとダウンしたが、アメリカにおけるホンダ・アコードや、日産アルティマ、トヨタ・カムリのようなベストセラーカーたちと正面を張るサイズの車となって誕生したその車には、世界の市場に対して挑戦する兆しとなるという意味を込めてキザシと名付けられ、2009年10月の日本を皮切りにアメリカ、ヨーロッパ、中国の順でデビューした。


 スポーティで若々しいデザイン、インテリアからも狙いがアコードやアルティマなどのアメリカを中心とするアッパーミドルクラスであることは明らかで、そのラインナップも単一グレードで2WD/4WDの違いと色が3色しか選べない日本に比べて、4グレード構成でサンルーフやノーズブラなど豊富なオプションを揃えた北米での販売をメインに考えられているのは明白なものであった。


 しかし、その船出は実は当初から暗雲が立ち込めるものであった。

 スズキは長らくアメリカのGMと提携関係にあり、このキザシのメイキング段階まではその関係は続いていた。

 ところが、GMは経営破綻したことで2008年11月にスズキとの提携も解消、アメリカでのキザシの販売に関して、GMのバックアップを期待していたスズキは発売直前でその当てが無くなってしまったのだ。


 ほぼ完成した車の製造販売を中止するのも膨大な損失が出るが、発売して売れないのも膨大な損失となる。

 商売上手なスズキなので、迷わず中止して闇に葬った方が損が出ないという判断も頭をよぎったかもしれないが、しかしながら、念願となる自社開発で中型セダンの最上級車種を発売できたという、長年の軽No.1を明け渡したダイハツに一矢報いる栄誉を手にできる事に必死に悩んだ末、発売することを選択したのだ。


 しかしながら、海外でも日本でも、スズキは長年培ってしまった小型車メーカーというイメージを覆す事ができなかった。

 “小さなクルマ、大きな未来”

 という会社のスローガンが浸透しすぎた事が、この車の販売の足を引っ張ってしまったのだ。

 

 本来であれば最もボリュームゾーンとなるべきアメリカ市場から最初に撤退し、以降は、細々と他地域で販売を続けていった。

 日本市場では、2013年から捜査用覆面パトカーとして大量導入されていくようになる。


 この現象の意味するところは2つのパターンに別れるのだ。

 1つは日産セレナや先代エクストレイルのように、国内で売れているために多量に生産することで余剰が出て、警察向けに安価で卸される場合。

 そしてもう1つは、トヨタのアリオンや、スバルの5代目レガシィのセダン、先代型の日産エルグランドのように国内で不人気すぎて工場の稼働率が下がるため、それを解消しようと安価に卸して警察の大量導入を勝ち取ってくる……というパターンだ。


 キザシのそれは明らかに後者のそれなのだが、元々のキザシがあまりに少ないため、街中でキザシを見ると大抵の場合は、おおよそ堅気とは思えない目つきの体格のいい大人が2人乗車している……というパターンで、逆に普通の家庭で乗られている姿を見た記憶がないという状況になってしまったのだ。


 そして、日本市場でも2015年いっぱいで生産終了となり消滅する。

 更に、このキザシの消滅をもって、国内のスズキ車からセダンが消滅してしまう事となった。

 

 次に持ち主の情報が浮かんでくる。

 年齢は当時60代前半の男性。

 若かりし日はバイクレースに夢中で、それが高じてとある海外メーカーでテストライダーとして迎えられる。


 若かりし日よりスピードジャンキーとして慣らしてしまったせいで、刺激の強いテストライダーとしての生活がすっかり水に合ってしまう。

 レースの世界よりも遥かに命の危険との引き換えに得られるエクスタシーがたまらなく、身体が耐えられるギリギリの重力の中、意識が飛んでしまいそうになるほどのメチャクチャな浮揚感が何物にも代えがたく、次々と危険なテストへと挑んでいった。

 試験走行中に、死にそうになった事など、1年の間でも数えきれないほどの走りをこなし、また、そんな命ギリギリの走りの中で射精してしまったことも幾度となくある真正のスピードジャンキーとなっていた。

 

 しかし、そんな彼も定年という壁には抗えなかった。

 当時の世の中でも定年延長という言葉は一般的になっていたが、この仕事に関しては、定年を延長しても身体が耐えられないのはデータを出すまでもなく当然の事であり、また、いつまでも老いぼれた人間が第一線にいられるほど、情熱や根性ではどうにもならない世界であった。


 日本に帰ってきてからは、数十年間のテストライダー生活で潰れてしまった身体を労わる(いたわる)べく、4輪車に乗ろうと思って探した際に、身体を労わるという本旨から、スポーツカーやSUVを避け、落ち着いたセダンに乗る事を決めた。

 しかし、テストライダーとなって以降初めての乗り物を選ぶ際に、若かりし日のこだわりが頭をもたげてきたのだ。


 若かりし日の彼は、大勢を占めるホンダに反目して、カワサキを愛用していた。

 本当はオオタやメグロ、陸王などが好きであったが、日進月歩の技術が物を言う乗り物の世界においては、新しいものを無視できずにそうなっていったのだ。


 なので、車を選ぶ際にもトヨタを選ぶ気にはどうしてもなれず、かと言ってホンダはもっと選ぶ気にはなれなかった。

 そこで考えたのは日産ティアナであったが、彼の中でどうしてもV6エンジンがひっかかった。

 バイク人間の彼にとっては6気筒エンジンは重いだけで非効率的としか思えなかったため、思い切る事ができずに悩んでいた時、キザシのデビューを知ったのだ。


 バイクメーカーであるスズキの作ったもので、彼にとって完璧ではないものの、求めているものの多くを内包していたこの車が琴線に触れ、更にアメリカの最高速トライアルで、キザシをターボチューンしたマシンが328キロの最高速を樹立したというニュースを聞きつけて、自分を慰めるように購入に至る。

 日本に戻って悠々自適の生活は、きっと物足りないものになると彼は信じて疑わなかった。

 それまでが海外でスピードとスリルに身をゆだねていた人生だったので、4輪に乗り、日本国内の狭い道を移動するなんて、きっと無味乾燥なものだろうと思って覚悟をしていた。


 しかし、それは誤りであったことに気がつかされた。

 彼の身体は、ゆったりした速度で街を流していても、それは今までとは違った喜びとして感じられたのだ。

 彼の身体と感覚が、年齢と共に狂人的な速度域から一般的なスピードへと落ちてきたのだ。


 そして、落ち着いたセダンというカテゴリーでありながらも、キザシを選んだこととも無関係ではなかった。

 落ち着いた中にも若々しさを感じさせるデザインと、見た目よりも活発な走りは、カムリやアコードには得られないもので、彼の所有欲と愛着を刺激してくれたし、やはりバイク屋の作った車こそ、彼にとっては落ち着けるものであった。


 彼のスピード一辺倒であった人生は、この車に乗っている間にすっかりと角を丸めたものになっていった。

 スピードに生きて、果てていく人生だと信じていたので、他人を求める事をせず、生涯を孤独のうちに終えると信じていたのだが、ひょんなことから伴侶と出会う事になって、彼の人生は大きく変わっていく事になっていった。


 スピードを失って色を失っていくはずの人生に彩が生まれてきたのだ。

 彼女と出会ったことで、彼は再び生きる事に向き合い始めたのだった。


 そんなある日、キザシは一時停止を無視したトラックと衝突して全損となり、彼は、4輪でも少し走りというものを楽しみたくなって、スイフトスポーツを考えたが、バイク乗りである彼にはどうしても前輪駆動に対する違和感が拭えず、ロードスターに乗り換える事にして、ここにやって来たという経緯が浮かんできた。


 沙菜は、この数奇な運命を共にした車から思念を読み取っていった。

 彼自身の思念はシンプルでフラットだったが、ある日を境に変わっていく様、そして、その彼の思念を受けていったキザシ自身の思念を丁寧に受け取っていくとボンネットに静かに触れ


 「良き旅を……」


 と言うと車葬を終えた。


◇◆◇◆◇


 2日後、40代中盤くらいの背の高くスレンダーな女性がやって来た。

 彼の伴侶となった女性だ。

 車から読み取った彼の外観と性格を知っているので、どこでこの人と知り合ったのだろうと不思議でたまらなかったので訊いてみたところ、出会いは書店でレジの順番のトラブルになって彼に口汚く罵られた事がきっかけだそうだ。


 その後も何度も同じ書店で顔を合わせていくうちに、遂に溜まっていた鬱憤を晴らしてやろうと、彼女が彼を捕まえてありったけの文句を言ったことから、毎回いがみ合うようになっていき、気がつくとこんな関係になっていたそうだ。

 彼の元の職業や、これまでの人生について聞いたのもつい最近の事で、正直、彼女にとってはそれはどうでも良い事だそうだ。


 「だって、今は今じゃない。そりゃぁ、傍から見たら変わった爺さんだけど、可愛らしいところもあるから」


 と顔をほころばせる彼女に、沙菜はある物を渡した。

 それは、形状からお守りと判別できるような、古びたお守りだった。表面は擦り切れて、色が分からなくなるほどに握りしめられていたのだろう。


 「これは?」

 「彼の生涯における最高速のお守りとキザシは言っていました。彼はそれをどんな時も肌身離さず身につける事で、バイクに乗る前に感じるスピードへの恐怖を克服したそうです」


 それを聞いた彼女は、目を瞑ってその様子を思い浮かべつつ、少し考え込むとすぐに立ち直ってニヤリとすると


 「あぁ、やっぱりアイツも人間だったんだなって、少しだけ安心しました。これをネタに少しは言う事を聞かせられる」


 と言った言葉がちょっと恐ろしかった。


 スピードに魅せられ、どっぷり浸かったスピードの世界からお払い箱になった男が出会ったのは、メインマーケットでの販売の当てになるパートナーからはしごを外されてやけくその想いで打って出たバイクメーカーの作った上級セダンだった。

 残念ながら、その名の狙いである世界の市場に向け、新しいクルマ作りに挑戦する兆しは次に繋ぐことはできなかったが、1人のスピードジャンキーの人生を大きく変える兆しにはなれたのである。


 彼のキザシは、それに満足しながら生涯を終えていくのである。

  


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