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宇宙船と遠い星

 春から夏にかけて、沙菜にとっては憂鬱な季節が始まる。

 祖母がテレビ好きなのは、以前にも触れた通りで厄介なのだが、そこに、野球好きの祖父が、毎日のようにテレビの前で騒がしくなる季節になるのだ……。


 チャンネル権で争うほど、沙菜は昔からテレビを見る方ではなく、そういう意味では問題ないのだが、とにかく、自分の贔屓のチームが負けると、とにかく次の日など機嫌が悪いのだ。


 正直、下手に日本シリーズまでなど粘られると、ただでも扱い辛い祖父が、もっと扱い辛くなるので、ご免こうむりたいのだ。

 毎年思うのが、祖父の応援しているチームなど、早いうちに優勝圏外になってしまえ……という事だ。


 家に帰ると、祖母がやって来て


 「沙菜ちゃん。悪いんだけど、今入ってる車を車葬してくれないかしら? 爺ちゃんにやらせるとうるさいから、お願いね」


 と言うと、結構な額を沙菜に握らせてきた。

 なるほど、よっぽど面倒なたちの車だという事は、沙菜は理解して工場へと入った。


 いつもの場所には薄い黄色とグレーのツートンの大型クーペが、しっとりと佇んでいた。


 「ユーノスコスモかぁ……それじゃぁ、はじめるよ」


 沙菜は言うと深呼吸をしてから、車葬を開始した。


 マツダ・ユーノスコスモ。

 マツダという会社を大きく支えもしたが、危うくもしたのはロータリーエンジンである。


 元々はドイツのNSU社が開発、実用化したものの、耐久性の無さが泣き所であったこのエンジンのパテントをマツダが買い、多大な研究開発の末、アペックスシールという世紀の発明で実用化に成功したのだ。

 

 そのロータリーエンジン搭載のシンボル的存在として作られたのがコスモである。

 その低く、薄いロケットのようでもあり、アメリカ車のようにも見える独特のデザインの宇宙船は、ロータリーという新技術を引っ提げた夢の車というのに相応しい華やかさを持って生まれ、1967年から'72年まで発売された。


 3年の空白の後、'75年に登場した2代目は、5人乗りのスタイリッシュなスペシャルティクーペに生まれ変わり、燃費の悪いロータリーの他にレシプロ(通常のエンジン)の1800cc、2000ccを追加するなど特殊な車感を排除。

 ご時勢に合わせてコスモAP(アンチ・ポリューション=低公害)と名乗る。

 デザインの良さとレシプロエンジンの追加が功を奏して、ヒットを飛ばした。


 '81年に登場した3代目は、レシプロの2000ccエンジンだけという驚きのラインナップで登場。

 2ドアハードトップでスタート、1ヶ月後に2ドアと共通のリトラクタブルライトの顔を持つ4ドアハードトップ、更に2週間後に上級サルーン、ルーチェと姉妹車となる4ドアセダンまでもラインナップする。

 セダン登場時に追加されたロータリーエンジン、更に2200ccのディーゼルエンジンまでもが追加され、ワイドバリエーションに輪がかかる。

 更に、1年後にロータリーターボまでも加わって、新世代のコスモを印象付けたが、この代はルーチェと共にイタリアンデザインが一般受けが悪く、後半はデザインをルーチェと共通に改悪され、レシプロエンジン搭載のお買い得グレードを中心に売るという、コスモの存在意義が急激に薄くなった代であった。


 '86年にルーチェが単独でモデルチェンジしてしまい、新開発のV6エンジンと、ベンツ似のデザインを引っ提げて人気を得、高性能なロータリーエンジンはRX-7がその地位を確立し、既にコスモには用なしの空気がはびこっていた。


 しかし、4代目となるコスモには大きな隠し玉が用意されていた。

 '90年4月に満を持して登場した4代目は、マツダの5チャンネル制の真っ最中の登場のため、販売店の名前を取ってユーノス・コスモと名乗り、4ドア系のボディと、レシプロエンジンを廃した思い切ったラインナップとなった。

 初代のようにロータリー専用車種で、伸びやかなデザインと贅沢な感覚を備えたスペシャルティ・クーペとなって、2代目以降の迷走ぶりがバブル景気の波に乗ってすっかり振り切れたものとなった。


 今まで境界線が曖昧だったRX-7との性格分けを明確にして、RX-7をスポーツ、そして、コスモをトヨタのソアラや日産レパード、ジャガーのXJクーペなどをライバルとする上級スペシャルティクーペとした。

 伸びやかなデザインと、近未来的なインテリアの中に世界初のGPSカーナビや、空調等のタッチパネルを備えるなど、バブル期の上級車らしいお初装備のてんこ盛りで、まさに『宇宙船』の名に相応しい夢のある物に仕上がった。


 エンジンは2種類のロータリーで、共にツインターボ仕様となる従来の2ローターと、それに加えて、当時夢とされていた3ローターエンジンを実現して登場させた。

 この頃は、ロータリーを実用化させたエンジニアが社長であった時期で、退任前に是非市販化させるという意気込みで登場させたものだった。


 エンジニアリングの英知を集結させ、初代を彷彿とさせる贅沢で高性能なロータリースペシャルティを目指し『クーペ・ダイナミズム』を謳って、当時のマツダの高級サルーンであるルーチェをも超えたマツダの最上級車種として登場したユーノス・コスモであったが、バブル期は、更に価格が上の輸入車や、ハイパフォーマンスカーに注目が集まっており、コスモはインパクトはあっても、購入に至る決め手に乏しかった事もあり、販売は期待したほどの成果は得られなかった。


 特に辛かったのは、3ローターエンジンの壊滅的な燃費の悪さとATのみという設定で、パワーもV12エンジン並みだが、燃費もV12並みで、街乗りでリッター3キロ、フルスロットル時にはリッター1キロという極悪な燃費は『リアバンパーに100円玉を並べて置いて走ってるに等しい』と言われるほどで、国産車にそこまでの投資をする数奇な人はさしものバブル期でも多くなかったのである。

 そして、その3ローターの強烈なパワーに惹かれても、当時、この高出力と高回転に耐えられるクラッチが無かったという事からMTが設定されなかった事が、大きく響いてハイパフォーマンスカーとしての素質にも疑問符が付いたのが大きかったのだ。

 

 更に直後にバブルが崩壊すると、ただでさえ少ない販売台数は更に激減し、1996年に消滅する。

 

 次に、オーナーの情報が浮かんでくる。

 当時20代前半の男性。


 夏の甲子園で全国を沸かせた強豪校のエースで、そのままドラフトでプロ入りし、先輩選手からのお下がりの2代目ソアラに乗っていたが、2年が過ぎた時に好きな車を買おうと、豪快なパワーと繊細なデザイン、斬新な内装が気に入り購入。

 当時は終盤とは言えバブル時代で、ポルシェや、コスモが横目で見ながら開発していたジャガーXJクーペなども買えたのだが、気に入ったのと、日本から世界を変えていきたいという気概、更には縦社会の中で新人が、高級外車を乗り回すよりも受けが良いというところも見逃せずに購入。


 普段は野球に打ち込む日々を送るため、休日に思い立って海辺をドライブしたり、ゴルフに行ったりといった遠出を中心とした用途で使われていく。

 やがて5年が過ぎると、結婚等もあって、コスモは使い辛くなったため、彼の実家へと送られて、定番のベンツへと乗り換える。

 

 これからも順調に上り調子で行くと思われていた彼の前途に暗雲が立ち込めてくる。

 最初は、練習中に肩を痛めてしまい、そこからシーズンいっぱい出場ができなくなってしまったのだ。

 そこで、賞レースをフイにしてしまった彼は、腐っていってしまう。


 練習を適当にこなすようになってしまうと、怪我をしやすくなり、その事によって出場試合数が減っていってしまった結果、彼は他球団への移籍を申し渡されてしまう。

 他球団へと移籍をしたものの、空回りから成績は振るわずに、2年目には2軍落ちしてしまう。

 スター選手として期待されて球界入りしたものの、それができずに2軍生活を送る事に鬱屈してしまい、練習に身が入らずにいたために、1年が過ぎた頃に戦力外通告をされて球界を去る事となってしまう。


 球界から去った後は、知人の勧めで、故郷で焼肉店を始める。

 お店は、当時を知る地元の人々で賑わい、事業家として野球では叶わなかった夢を託して、のめり込んでいった。


 しかし、ここでも運命は彼に試練を与える。

 ブレーンとして頼っていた知人に唆され(そそのかされ)、いきなり東京進出をしてしまう。

 更に投資にも手を出していった結果、1年後には大きなしっぺ返しを喰らってしまう。


 東京のお店が多額の負債を抱えて閉店してしまう。

 元々赤字経営だった東京店に関して、家族や本店の店長などからは早期に閉店するようアドバイスされていたのだが、知人の意見に固執して経営を続けた結果、莫大な負債額を抱え込むことになってしまう。

 更にはブレーンだった知人は、閉店直後に姿を消してしまう。後に分かった事だが、赤字の補填と称して、相当額の売り上げを持ち出しては投資に充てていたようだ。

 そしてとどめは、自ら行っていた投資が失敗して自身も負債を抱えてしまったため、本店も自宅も人手に渡ってしまう。


 その後も、地道に働こうとせず、借金しかないのに大きな投資や儲け話に固執する彼との間で諍い(いさかい)が絶えなくなった妻は、子供を連れて家を出、そのまま離婚してしまう。


 更に、自分本位に派手な動きをしていた彼に遂に鉄槌が下されてしまう。

 ヤバいところから借りていたお金を焦げ付かせたことから、そちらの世界の人間に拉致されて、半殺しの目に遭わされる。

 そして、奴らの言われるがままに詐欺に手を染めていってしまう。

 友人、知人に架空の投資話を持ち掛けたり、ペーパー会社を立ち上げては、先物取引や架空の宝石オーナー制度などを謳って集金を行わされ、遂に友人知人からも見放されたところで、最後は受け子をやらされてしまう。


 遂に、受け子として金を受け取りに行った家に張り込んでいた刑事たちに逮捕され、元エースの転落人生として翌日から大々的に報道され、元から転落していた彼の名声は完全に地に落ちてしまった。


 情状が酌量されたのと、初犯という事もあって短い刑期で娑婆へと出て来られたが、その事で人々の記憶にまだ彼の事件が色濃く残っており、どこへ行っても好奇の目で見られ、そして、どこへ勤めても噂やクレームで、すぐに辞めざるを得なくなってしまう。


 職を転々とする中で、自分のファンだったという社長のいる解体業者で、解体工としてようやく安定した仕事を見つけ、毎日コツコツと働いていく中で、ようやく自分を見つめ直す事ができ、これから解体工として生きていく中で、身の丈に合わないものを処分しようと実家に放置してあったコスモも手放してここに来た経緯を。


 次に沙菜は車からの思念を読み取っていく。

 彼の成長期と絶頂期を知るこの車の持つ思念は、それ相応に多量にあり、沙菜はそれを1つ1つ丁寧に読み取ると、ボンネットに手を置いて


 「良き旅を」


 と言うと、車葬を終えた。


◇◆◇◆◇


 次の週末、事務所にはオーナーである元プロ野球選手の彼がやって来た。

 沙菜は彼の事も、現役時の姿も知らなかったが、先もってネット検索した際に見た現役時のギラついた表情とは違って、すっかり人のよさそうな顔になっていた。

 今は、解体工として働きながら、子供達に頼まれもしないのに野球を教えに行っているおじさんとして、気楽にやっているそうだ。


 日焼けした肌と、ガッチリした体格とは裏腹に口数の少ない彼に、沙菜はコスモから託されたものを渡した。

 それを見た彼の表情は、あまりの驚きに固まってしまっていた。


 「何処に?」

 「コスモのトランクの隅の物陰に置かれていました。あの車からあなたに渡して欲しいものだそうです」


 彼の問いに沙菜が答えると、彼は堰を切ったように話し始めた。

 彼には、少年野球の頃からライバルであり、バッテリーを組んだ相棒でもある友人がいたそうだ。

 一緒の高校の野球部に入り、切磋琢磨し合って、いつかは第一志望のチームに一緒に入団して、プロでもバッテリーを組むという夢を語り合っていた。


 高校卒業後、プロに進んだ彼に対して、友人は大学に進学し、大学野球からプロを目指そうとしていたのだ。

 彼は買ったばかりのコスモに乗って2人で遊びに行ったり、ナンパに出かけたりして羽目を外しながら、卒業したら一緒の球団でダブルエースになる夢を語り合い、約束し合った。


 しかし、友人が大学3年になった時に不幸が訪れる。

 友人に不治の病が発覚したのだ。

 徐々に体の機能が失われていき、最後には命までも失ってしまう病。


 彼は、友人を足繁く通って見舞ったが、そんな彼に、俺に構う暇があったら、試合に勝ってペナントレースで優勝して来い、それこそが俺に対する最高の見舞いでありプレゼントだ。と言って、それきり面会を拒否されたそうだ。


 彼は約束通り、優勝し、日本シリーズも制覇して胴上げにも選ばれたのだが、その後は球団関係の行事等の仕事が多くて、なかなか見舞いに行く時間が取れずに、ようやく時間が取れそうになった時に、友人が息を引き取ったという知らせを受ける。


 そして、友人宅を訪れると、友人の母親から最期の時まで持っていたものとして渡されたのがこのボールだった。そこには、高校時代の彼と、友人のサイン、更にはプロ入りした後の彼のサイン、更には友人のバージョンの変わったサインが入っていた。

 高校1年の頃、もし、有名な選手になった時のために……と、2人で冗談めかして書いたサインが痛々しく、遂に彼がプロに入った際に、本物のサインも書き足したのだ。

 友人の母親曰く、友人は、いつか必ず病気を克服して、彼の隣に並び立つダブルエースになるという希望を気力に本来の余命より生き永らえたそうだ。

 その希望の証として、プロになった彼のサインの隣には、友人のサインが背番号入りで書かれていたのだ。


 彼は、友人の思いを胸にしばらくは頑張っていたのだが、ライバルであり、監視役であった友人がいなくなってしまった事から、心の中で張り合いを失って、いつの間にか、コツコツとやっていくという事をバカにして、才能があれば何も必要はないと思い上がっていったそうだ。


 彼は、このボールを見て、全てを思い出したかのように愛おしそうにボールを握ると、ニッコリとして帰って行った。


 沙菜はしばらくして、やって来た彼の勤め先の社長から、最近彼が社内で野球チームを作った事を聞かされた。

 どうやら、車葬が終わってから、彼に立ち込めていた暗雲のようなものが綺麗に晴れて、とてもスッキリした明るい性格になったそうだ。


 そして、チーム名が『桃花崎コスモスターズ』だそうだ。これだけは彼が頑として譲らなかったそうだ。


 彼の1度目の人生は失敗してしまったが、2度目の人生はきっと成功すると思う。何故なら、宇宙船(コスモ)と、遠い星からライバルである友人が見守っているのだから。


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