06.異世界
眩しい光に包まれている。
私はおみくじの内容を思い出し溜息を吐いた。
これって絶対に光が収まったらそこは異世界ってやつだ。
私にとって唯一、心強かったのはミコ姉が私に抱きついたままなのを感じられたこと。
きっとこのあと見ず知らずの異世界に辿り着く。
そこで一人は正直言ってキツイ。
下手すると言葉も通じない。
ガイアはその辺はちゃんと上手くやって、言葉くらいは通じるようにしてくれてるだろうか?
そんなことをぼんやり考えてると徐々に光が弱くなり、視界が戻って来る。
「いよいよかぁ……言葉通じるといいなぁ……いきなり魔物と遭遇は勘弁してほしいなぁ」
げっ! 言ってて気づいたよ。
いきなり魔物ってこともあるのか? それは勘弁してください。
そう祈りつつ光が完全に収まるのを待つ。
そして光が消え……。
「「……あれ?」」
ミコ姉と共に周りを見回す。
うーん……どういうことだろ?
両手で目を擦り、もう一度確認する。
「よかったぁ。どこにも行ってない。神社のままだよぉ」
思わず声が漏れる。
そこにあったのは新築リフォームこそされているけど、いつもの見慣れた神社の風景。
鳥居も社務所も御社殿もある……御社殿の裏にはちゃんと裏山も聳えている。
胸を撫で下ろし、ミコ姉に顔を向ける。
同じようにホッとしているのが伺える。
そりゃ確かに最近は異世界モノのラノベばかり読み耽ってるのは知ってるけど、流石にホントに異世界へ行きたかった訳ではないだろう。
あれは物語の中だから楽しいのであって、現実に起きたらたまったもんじゃない。
いきなり知らない世界に一人きりなんて、絶対に勘弁してほしい。
平和が一番だよ……。
きっと安堵の表情が浮かんでるであろう私に向かって、ミコ姉が笑いかけてくる。
「何も起きなかったわね。ちょっと残念かしら」
「そう言うと思った。でも咄嗟に庇ってくれたのは嬉しかったよ。ありがとね」
「異世界へ行ってみたかっただけよ」
私もミコ姉に笑い返す……一時はどうなるかと思ったよ。
「なっなっなっ……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私達がそんなホッとした空気に包まれてる中で、突然ガイアが叫び声をあげた。
まだいたんだ……光といっしょに御神体に戻ってくれたら静かになってよかったのに。
なんて言ったら罰当てられちゃうか……神社直してもらったんだから感謝しなくちゃね。
それにしてもいったい何を大騒ぎしてるんだろう?
「そんな叫び声あげてどうしたの?」
ガイアがあきらかにさっきまでと違う……目を白黒させて、あわあわした表情を浮かべていた。
そんなガイアを見て、一転ミコ姉も表情を曇らせる。
なんだか私まで不安になってきた。
「わ、わ、儂の神力がほとんど底を尽いてしまったのじゃ!」
そう言うといきなり私の手からおみくじをかっ攫う。
「どう考えてもこのおみくじが原因としか考えられん。いったい何が書いてあったのじゃ!」
叫びながらおみくじの中身を見たガイアは、そのままヘナヘナとへたり込んだ。
「なんということじゃ……儂は元の世界へ戻って来てしまったぁぁぁ!」
ガイアはへたり込んだまま大泣きを始める。
「ちょっと待って。ガイアどういうこと? 元の世界へ戻って来たって何なの?」
ガイアに話を聞こうにも、号泣していて話にならない。
でもどう見てもここは異世界じゃない……いつも通りの神社だよ。
「マツリ。ちょっとこっちへ来てくれる」
いつの間にか鳥居の近くに移動していたミコ姉に声を掛けられた。
この神社は山の裾野にあり、境内には100段近い石段を使うか、若しくは九十九折になってる参道を登る必要がある。
つまり石段へと続く鳥居が立つ場所からは周囲が一望できる。
ミコ姉に呼ばれてそこから一望した風景は、私が知る花見野村とはまるで違っていた。
「なに……これ?」
「たぶん……神社全部というか山ごと全部、異世界に来ちゃったんだと思う」
鳥居から裾野へと続く石段を下った先には私の自宅が見える。
更に家の先には畑がある――そこまでは見慣れた風景だ。
でもその先に本来あったはずの小川、小川の先に広がっていたうちの親が営んでいる田んぼ。
その全てが跡形もなく消え、代わりにそこには草原と森、そして見知らぬ小さな村があった。
▽ ▽ ▽
「うえぇーんっ! えぇえーん! えぇんえん……びぇぇーん……」
二人でひたすら泣きじゃくるガイアの元に戻る。
何がどうなっているのか、唯一事情を把握しているはずのガイアに説明してほしい。
とはいえ聞かなくても凡その見当は付く。
これが夢じゃないのなら答えはひとつ。
ガイアが内容も確認せず、おみくじに書いてあったことを本当に叶えたということだろう。
「ガイア、大丈夫?」
「ぴえぇぇんっ……ひっくぅ! ひっくぅ! えぇんえぇんえぇん……えっぐぅ」
「ちょっとおみくじを見せてもらうわよ」
一向に泣き止む気配のないガイアの手から、ミコ姉がおみくじを引っこ抜く。
そして自分で作ったおみくじの中身をジッと見つめた。
「信頼できる仲間と異世界へ旅立てとか、神と共にあるようにしましょうとか……この辺が引っ掛かったのかしら」
「どういうこと?」
「マツリももう気付いてるだろうけど、ガイアは中身も確認せずにこのおみくじに書かれてることを叶えちゃったのよ。だから『信頼できる仲間と異世界へ』の件で、私も一緒に異世界へ来た。そして『神と共にあるようにしましょう』の件で、この神社がある山ごと異世界に来ちゃったんじゃないかしら」
「なんで神と共にあるようにしましょうが、山ごと異世界になっちゃうの?」
「うちの神社で祀ってる神様のホントの御神体はこの山だからよ。フィギュアの方はあくまでも本殿でお祈りを捧げるための分身みたいなものかしら」
あぁー、だいぶ以前にそんな話を聞いたことがあった。
山が神様なんて変なのって子供だった私はただ聞き流してたけど。
だから山と一緒に神社も異世界に来ちゃったのか。
「待って……ということはこの旅行の件に書いてある家族旅行って……」
「おーい!」
鳥居の先から声が聞こえてきた。
その聞き覚えのある声は……私のお父さんの声だった。