04.神様の力 その1
「全くっ! 儂を投げるとは、とんだ罰当たりどもじゃな」
私達と変わらないサイズになった御神体は、さっきからずっと一緒に会話していたかのように普通に声を掛けてきた。
「「……」」
勿論こっちはそれどころではない。
人間って本気で驚くと声も出ないってホントなんだ。
「これっ、二人ともどうした? 何を固まっておる」
あまりの出来事にその場に腰を突き、あわあわしていた私達に御神体は更に話しかけてくる。
「ミコ姉……御神体が大きくなって……喋ってるんですけど」
「もしかして本物の神様?」
「本物の……神様?」
「だってこの人、フィギュアにそっくりよ。あのフィギュア……あー見えてれっきとした御神体だし。それが大きくなったってことは」
「そっか……ということは本当に神様なんだ」
まだこの状況を消化できてはいないけど、兎に角神様だと分かって少し気が楽になった。
神様なら多少の罰を当てることはあっても、理不尽に危害を加えることはないだろう。
「いかにも、儂が神のガイアじゃ」
私達にそう告げる神様を二人してまじまじと見つめる。
「うちの神社に祀ってる神様ってそんな名前だったかしら?」
「本人がそう言ってるんだからそうなんじゃない。大体、日本の神様って長ったらしくて覚え難い名前ばっかりだから簡単で助かるし」
「そうかしら私としてはアクアとかヘスティアの方が好みなんだけど。いっそデイダラボッチなんてどうかしら」
「村の一大事になりそうだからヤメて。私はガイアっていいと思うよ。ねぇガイア」
あり得ない事態に直面した時、人がとる行動パターンはいくつかに決まってると聞いたことがある。
どうやら私達は現実から逃避するタイプの人間らしい。
「長年ここでおぬし等を見守ってきた神の名前に、いちゃもんつけるとは……おぬし等なかなかの無礼者じゃな。まぁ儂は心が広いから構わぬが、エリスだったら天罰の一つや二つ喰らわされておるぞ」
そう言う神様を横目に、私の耳元でミコ姉が声を押し殺しながらそっと話しかけてきた。
「エリスというのが誰だか知らないけど、この神様……害はなさそうよね?」
「ひょっとして大して偉くない神様なんじゃない?」
「言われてみれば確かに……こんな田舎の神社に祀られてる神様だし、ガイアなんて名前の神様聞いたこともないわね」
「威厳も全然ないし、神様ランキングみたいのがあったら一番下の神様なんじゃないかな」
こうやって現実逃避思考回路を全開に働かせ、なんとか私達は落ち着きを取り戻してきた。
「おぬし等……天罰与えてもいいのじゃぞ……」
……どうやら聞こえてたらしい。
「それでおぬし等は一体何をしておったのじゃ。儂を押し付け合っておったようじゃが」
「その前に……何で神様が目の前に突然現れたのかしら?」
「そうじゃった! おぬし等が聞き捨てならぬことを言っておったから、詳しく話を聞こうと思ってこうして人の大きさに戻ったのじゃ」
そう言われても神様がわざわざ権現する程の発言なんてあっただろうか?
特に思い当たる節がない。
ミコ姉に視線を移すも案の定、見当が付かない様子で両手を上にした。
「聞き捨てならないことって……何?」
仕方がないので本人に直接尋ねてみる。
「先程、隣村の神社と合併すると言ってなかったか? いや聞き違いならそれでいいのじゃが」
「あぁ、そのこと……それなら聞き違えてないわ。確かにそう言ったわよ」
「何故じゃ! 何故よりによって、あやつのところと合併などすることになったのじゃ? あやつは儂より全然格下の神じゃぞ。そのくせ儂がちょっと酒に酔うて暴れたり、祭りで盛り上がって騒いだ程度で、村人が迷惑してるからもう少し静かにしろと菓子折り持って文句を言いにくるようなやつじゃ。頭に来て300年程前に絶交してやったのじゃ。それを今更、あやつの世話になるなど絶対にいやじゃ」
話を聞く限り、隣村の神様ってとてもいい神様なんじゃ? それに比べてこの神様は……。
これじゃ向こうの神社がアニメの舞台になって聖地巡礼で盛り上がるのも納得がいく。
きっと神様の世界も日頃の行いって大事なんだよ。
「ねぇ、ミコ姉……ミコ姉の神社の神様って、もしかして残念な神様だったの?」
「私も今まったく同じことを考えてたところよ」
長年祀ってきた神様の実体にミコ姉は本気で頭を抱えていた。
私だって頭が痛い。
ミコ姉程じゃないけど、この神様のために境内の掃除なんか朝晩と手伝ってたんだから。
しかし当の神様はそんな私達のことなど露ほども気にしてないようだ。
「そこの巫女! おぬし、なぜ合併などという話しになっているか理由を説明するのじゃ! 儂に何とかできることなら何とかしてやる。儂はあやつの世話になどなりとうない!」
「えっ、えっと……神社の老朽化がひどくて大きい地震とかあったらいつ崩れてもおかしくないから危ないと……でも修繕費もバカにならないので……」
「それならこれでどうじゃ!」
そして私達二人は頭痛が全くの杞憂だったとガイアに見せつけられた。
ガイアは両腕を高々と上に伸ばし、いきなり『はぁ!』と咆哮する。
その両手の先からは光が溢れ、光は神社全体を瞬く間に包んでいく。
神社全体を包み込んだ光は徐々に薄くなり、そして消えていった。
「マツリ……前言撤回するわ……どうやらうちの神社の神様って、凄い神様みたいだわ」
「ぽかぁーん」
「マツリ……私、素で『ぽかぁーん』って言った人、初めて見たわ」
だって、こんなあり得ない光景を目の当たりにしたら、何って言えばいいのか分からないよ。
大体、そういうミコ姉の口だって思いっきりぽかぁーんと開いてるじゃないか。
先程までボロボロで色が剥げていた鳥居が、キレイな光沢ある朱色に輝いている。
御社殿もところどころ瓦が剥げ、柱もひび割れを継いで何とか誤魔化していたのに、どう見ても新築したてで、荘厳な装いを取り戻している。
他にも社務所から参道まで何もかもが……まさに『何ということでしょう』だ。
一瞬で全て新築物件にリフォームするって――どんな匠よっ。