03.御神体
もともとミコパパは宮司をやりつつ、街で料理人の仕事をしながら神社を続けてきた。
先代の宮司を務めていたミコ姉のお爺ちゃんが生きていた間は、それでもやっていけたのだろうけど、亡くなってからは一気に負担も増えたようだ。
それに花見野神社の経営が厳しいという噂は前々から聞いていた。
築何百年だか忘れたけど、ミコ姉の家は相当長い歴史を誇る由緒ある神社だ。
つまりそれだけ神社のあちらこちらにガタが来てる。
宮大工さんに頼んで修繕してもらうとなると、かなりの金額が掛かるそうだ。
以前は村の自治会からも寄付するから何とかならないかという話もあったらしい。
でも数年前に隣村の五十咲神社がアニメに登場したとかで聖地となり、この辺一帯の人達はそれに便乗して村興しだと盛り上がり、こっちの神社のことは忘れ去ってしまった。
それでも神社は比較的、税金面で優遇されてるらしく無理して続けようと思えば続けられるらしいのだけれど、ミコパパはそれをよしとしなかった。
もちろん長い歴史の神社を自分の代で終わらせたくないという思いもあったようだ。
でもそれ以上にこの先自分に何かあった時、神社のことで一人娘のミコ姉に苦労を掛けたくない。
その思いが強かったらしい。
「ミコ姉はそれでいいの……」
「いいわけないでしょ。私もマツリもここで生まれ育って……これからもずっとここにいたいわよ。でも、お父さんとお母さんの苦労も見てきた。私だけわがままは言えない」
ミコ姉の両親は別の仕事をしながら神社の業務もこなしてきた。
もちろんミコ姉も少しでも両親の負担を減らせるよう、部活も入らず家の手伝いに時間を割き、祖父がいなくなった穴を埋めようとした。
でも神社の老朽化など経済的な問題になるとどうしようもできない。
「マツリもいつも御社殿と境内の掃除してくれてありがとうね。」
「そんなの当たり前じゃん。ここは私にとっても大事な場所なんだから」
「そうね……」
「お爺ちゃん寂しがるだろうね」
「……」
ミコ姉のお爺ちゃんが事故で亡くなってから1年。
当然だけど、私達じゃお爺ちゃんの穴は埋められない……
奥に聳えるすっかり色が剥げ、あちらこちらにガタがきている社殿に目を向ける。
「神社……もうボロボロだもんね」
「えぇ……だからもうしょうがないわ」
ミコ姉も私もお互い、無理やり自分を納得させようとしている。
でも……合併してこの神社がなくなったらミコ姉の家はどうするんだろう。
街に引っ越しちゃうのかな。
もしかしてもっと遠くへ行ってしまって、もう会えなくなっちゃうのだろうか……。
一緒にいる……それが当たり前で何の疑いもなかった。
こんな日が来るなんて考えもしなかった。
「街に引っ越すの?」
「どうなるのかしら。お父さん、あれで料理人としての評判いいみたいだから。以前、都会でお店出さないかという話もあったらしいし。その時は神社があるからと断ってたけど」
ミコパパは神社と掛け持ちで、街にあるホテルで料理人をやってる。
もちろん料理人として評判なのもよく知ってる。
たまにミコパパが作った料理を食べる時が、私の人生至福の時ベスト3のひとつだ。
それ位、ミコパパの作る料理は美味しい。
と言ってもお爺ちゃんが亡くなってからは、忙しそうで食べてないけど。
「じゃあ、もしかしたら街どころか、もっと遠くへ行っちゃうかもしれないんだ……」
「まだ分からないわ。五十咲神社と合併の話だって私は昨日聞いたばかりなの。だから、うちがどうなるかもまだ全く白紙」
ミコ姉と一緒にいられなくなるかもと考えただけで涙が出そうになってる。
辛いのはミコ姉。私が泣いちゃダメだ――そう思って目頭に意識を集中し必死に涙を堪える。
「でも神社が合併したら……うちはここを出て行くことになると思う。だからせめてこの御神体はマツリに持っていてほしいの。マツリが持っていてくれれば、この御神体だけでもここにいられるから」
漸くミコ姉がふざけたおみくじを作り、ラストワン賞などと謀ってまで御神体を渡そうとしてきた訳が理解できた。
けれどもやっぱり御神体を引き取るのは憚られる。
見てくれこそただの出来のいいフィギュアだけど、1000年以上の歴史がある神社の御神体を、一介の女子高生が預かるって如何なものなのだろうか?
「御神体って大事なモノなんでしょ。やっぱり私なんかが持ってちゃダメなんじゃないかな。ちゃんと合併する時に、向こうの神社に一緒に引き取ってもらわないといけないんじゃないの?」
「それっぽい偽物でも用意するから大丈夫よ。この御神体もマツリに引き取ってもらってここに残れた方が喜ぶんじゃないかしら。何なら家宝にしてもいいわよ。粗末に扱ったらきっと罰当たるわよ」
ミコ姉は再び御神体を私に手渡す。
「えー、罰当たるのはイヤだなぁ……」
手渡された御神体をミコ姉の手に返す。
「ダメよ。ラストワン賞なんだから。これはもうマツリのモノ。大事に持っていて」
そうやって二人で御神体を押し付け合う。
こんなどうでもいいことで盛り上がって、ふざけ合って……。
ずっと続くと思ってた大切な時間は、あとどれくらいあるのだろうか。
いよいよ涙が零れ落ちそうになったその時だった……。
「何をさっきから人のことを押し付けあっておるのじゃ! それに今、聞き捨てならないことを言っておったじゃろ」
「「……」」
私とミコ姉は二人して顔を見合わせる。
「マツリ……今、何か言ったかしら?」
「私は何も言ってないよ……ミコ姉こそ変なこと言ったよね?」
「私は何も……」
「こらこら人が話してる時は相手の顔を見ると教わっとらんのか! というよりまずその手を放すのじゃ。擽ったいわ」
もう一回、顔を見合わせ……今度は二人の手にあった御神体を見つめる。
「これ……よね……」
「これ……だね……」
「「うわぁぁぁ!」」
二人して思わず御神体を投げ上げる。
投げ上げた御神体は空中でどんどん大きくなり――。
地面に見事着地――した時には普通の人間と変わらない大きさになっていた。