11.カレーライス
アイテムボックス……ヤバかった。
何がってホントにいくらでも入る。
保管庫や倉庫の中に山のようにあった米袋。それに麦に大豆にサツマイモ、野菜まで。
全部アイテムボックスの中に納まってしまった。
おかげで、保管庫も倉庫も空っぽだ。
因みにそんな大量の食料を私達だけで移せるわけがなく……。
どうやって倉庫を空っぽにしたかは、転がってるビール瓶と真っ赤な顔して寝ているふたりの神様をみれば想像に容易いと思う。
ホント神様の力って凄かった。
私達が3分で断念した作業を、ビール1本で3分で終わらせるんだから。
ホントにビールの力恐るべしだよ。
「瓶ビール1本でふたりとも酔い潰れちゃうなんて、神様って随分とチョロいわねぇ」
お母さんがなんだかとても悪い顔してニヤリと笑みを浮かべた気がする……。
そして現在みんなは我が家で食事中。
今日はホントにいろいろあって兎に角お腹が空いた。
まさか今日の夕飯を異世界で食べることになるなんて思いもしなかったよ。
昼間、高校に行ってたのが何日も前のことのように感じる。
角イノシシはまだ食べても美味しくないということで、今日はお母さんお手製カレーだ。
因みに下処理と称して我が家の前には、首のない角イノシシが四頭ぶら下がってる。
血を抜いた方が美味しいらしいんだけど、食事前には見ちゃいけない光景だった。
そうは言ってもカレーの豚肉はしっかり食べるんだけど。
なんてったって私の育ち盛りはこれからですから。
「このいい匂いはなんじゃ」
「この鼻孔を刺激する香り……これは間違いなく先程のビール同様、未だかつて味わったことのない運命的な出会いを経験してしまう予感がします」
酔っぱらって寝ていた神様コンビが匂いに釣られて起きてきた。
それもそうだろう。
我が家のカレーは隠し味にニンニクとショウガ、更に少量の自家製味噌も加えてある。
お陰で味もさることながら、食欲をそそる香りの破壊力は倍増している。
「ちゃんと二人の分もあるわよ」
そう言ってお母さんはカレーをよそり、サラダと共に二人の前に並べた。
「鷹子さん。これを食べるためには、今度は何をすればよいのでしょうか」
エリスさんはすっかりお母さんに手懐けられてしまったようだ。
「なに言ってるの。お酒と違って食事は生きるためにしっかり食べないとダメなものでしょ。食事で何かをさせるなんて言語道断。残さず食べてくれればそれでいいのよ」
「鷹子さん! あなたは神様ですか?!」
「神様はあなたでしょう。ほら冷めないうちに食べちゃって! それにあなた達はお酒でどうとでもできそうだし」
お母さん、小声で言った最後の一言……私は聞き逃さなかったよ。
「うむ。ではいただきますなのじゃ」
「いただきます」
「「美味いぃっ!」」
ガイアとエリスさんが物凄い勢いでカレーをがっつく。
どうやら止まらないらしい。
分かるよ……先程言った隠し味の他にも、トマトや素揚げしたナスやカボチャなど正に農家に生まれてよかったという具材がふんだんに入った我が家の特製カレー。
一度食べ始めると止まらないんだよねぇ。
「儂も長いことおぬし等の世界にいたが、このような美味いモノ食べたことがないぞ」
「はぁぅ! こちらも危険です! 何という瑞々しさと味わい! 私、涙が止まりません」
あれっ? エリスさんが口にしてるのはただの生野菜のはずだけど……。
トマトにレタス、胡瓜や大根を切ったものに、自家製マヨネーズをかけただけの定番サラダだ。
因みに普段より品数が少ないのは、やはり異世界に来たばかりというのが原因だろう。
いつも品数が多いお母さんとしては不本意だろうけど、異世界に来てすぐにこれだけ作れるって大したものだよ。
私なら迷わずカップ麺のお世話になる。
「こんな美味しい野菜を私は食べたことがありません! それに野菜に掛かるこの柔らかくてねっとりとしたものはいったい何ですか? ひょっとして新種のスライムですか! ただでさえ美味しい野菜を引き立てて、これがまさに最高なんですけど!」
どうやらエリスさんはマヨラーの気があるようだ。
それにしてもスライムって……。
んっ? ということはこの世界にはスライムが実在するんだ……異世界の定番だもんね。
神様達は二人して、やれ最高、やれ感動と大騒ぎしながら食べ進める。
お皿が空になると、唐突にエリスさんがガイアに向き直り、正座で手を突いた。
「私はお世話する相手を間違えたようです。今後は鷹子様のお世話をしていきたいと存じます。ガイア様、何卒、私にお暇をいただけませんか」
「ならぬ。儂は鷹子を妻に娶ると決めたのじゃ。おぬしの入る余地はない」
「あなた達……まだ酔ってるでしょ」
そこには神様二人を白い目で見つめるお母さんがいた。
「そんなことよりなんだか外が騒がしくないか」
「あぁ……やっぱりこの音は空耳じゃないんだ」
お父さんの言葉に渋々同意する。
実は私もさっきから気にはなってたんだけど、今日はこれ以上のもめごとは勘弁して欲しいと、ずっと聞こえないふりをしていたのに。
「まさかまた角イノシシが来たのかしら」
「でもあの結界は神が張ったものと同じだから心配ないって」
みんなでガイアとエリスさんに視線を注ぐ。
「その通りじゃ。あの結界は例えドラゴンが何十匹来たとしても破られはせぬ」
ガイアが自信満々に答える。
「チョット待って……スライムだけじゃなく、ドラゴンまでいるの?!」
「そういえばあちらの世界には小さいのしかいなかったのぉ。あんな小さなドラゴン初めて見たぞ。思わず捕まえたら尾っぽだけ残して逃げていったぞ」
「それはドラゴンじゃなくてトカゲだぁ!」
この世界、魔物だらけじゃないか……私、ここでやっていけるのだろうか?
「なんだか人の叫び声みたいじゃないか? 俺ちょっと様子を見てくるよ」
「だったら私も付き合おう」
そう言ってお父さんとミコパパが外に様子を見に出ていく。
「あのぉ。こんな時になんですが、おかわりをお願いしてもいいですか」
エリスさん……もうちょっと空気を読んで。
「儂ももっと食べたいぞ」
「はいはい。腹が減っては戦はできぬってね。マツリはもういいの?」
「……じゃあ、大盛りで」
だから私は育ち盛りなんだってば!
結局、ガイアとエリスさんは合計3杯のカレーをたいらげ、満足そうな表情を浮かべていた。
私はさすがに2杯で止めといたからね。
それ以上は育たなくていい方向へ育ってしまいそうだったんで我慢したよ。
それにしてもこの食後の満足して、まったりとした空気。
例え異世界で、この先のことが全く分からないとしても、この時間だけは幸せを感じるよ。
そこへ外の様子を見に行っていたお父さん達が慌てた様子で戻って来た。
――さようなら、私の幸せな時間。
「結界の外に武器を持った連中が何人も押し寄せてきてるぞ!」
「何か叫んでるんだけど言葉が全く理解できないんだ!」
戻ってきたお父さん達の言葉を聞いたエリスさんがガイアを睨みつけた。
「ガイア様! 転移するならせめて言葉くらいは理解できるようにしてあげて下さい」
そう言うとエリスさんは私達に向かって両腕を伸ばし詠唱を唱えた。
「だから儂は最初から転移する気などさらさらなかったのじゃ」
「これで皆さんもこちらの言葉が理解できるようになったはずです。もちろん皆さんの言葉もこちらの人間に通じるようになってます」
凄い……ということはエリスさんの能力があれば英語とか勉強する必要ないってこと?!。
もっと早くエリスさんに出会いたかったよ。
「よしゃ! これでもう一度行ってみよう」
「ガイア様、私達も行きましょう」
エリスさんに促され、渋々ガイアも腰を上げる。
今だ起きそうにないミコ姉を残し、私達はみんなで結界の境界部分へ向かった。