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花は白と黒に囚われる  作者: 小鳥遊 蒼
VI 約束
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53 そうと決まれば

「妖精王様も意地が悪い」


「何を言う。俺ほど優しい者もいないだろう」


 ラナに用意された部屋でくつろぎながら、「どの口がおっしゃられるんですか」とフェリルが悪態をつく。


「しかしだな、あのトラも黒騎士も理由こそあれ、ラナを欺いていたんだ。それ相応の罰を与えたところでバチは当たらないだろう? それに高々ほんの少し物理的距離が開くだけじゃないか。さして問題はないように思うが? それで気持ちが冷めてしまうなら、それもまたそんなものだっただけだろう。ラナの気持ちがなくなったらそれもまたそれだ」


「そんな人で遊ぶみたいなこと……って、ラナの気持ち? 妖精王様はラナの気持ちをご存知なのですか?」


「見ればわかるだろう」


「それはそうなのですが……ですが、それは単に」


「時間や境遇だけが結果を招くんじゃない。もちろん、全く無関係とは言えないが。あの二人でなければ、同じ結果にはならないんだよ」


「わかるような、わからないような……」


 モゴモゴと語尾を濁すフェリルを、妖精王は鼻で笑った。


「かのフェリル()もまだまだだな」


「むぅ……」


 口を膨らませるフェリルを横目に、妖精王はベッドに寝転んだ。もちろん、ラナが使うためのものだ。


「いやはや、国を再建し、むかえにやってくるまでにどれだけ時間を巻けるか楽しみだな」


「あたしはそれまでに、ラナを完璧なレディにしてみせますわ!」


「そうと決まれば、今すぐ戻るぞ」


「へ?」


 あまりに突然の申し出に、フェリルは間抜けな表情で間抜けな声を出した。

 今、寝転んだばかりのひとから言われたこともまた、信憑性がないのかもしれない。


「ラナが戻ってきたら移動だ。あぁ、その前にあのトラに挨拶をさせるくらいの猶予はやろうじゃないか」


 話を勝手に進める妖精王に、フェリルは全くついていけなかった。





 ***






 見慣れない天井を見上げる。

 壁も屋根もあって、フカフカのベッドまで用意されている。そこに横たわる感覚を懐かしく感じた。


 腕を頭の下に組み、テオは以前フェリルが言っていたことを思い出していた。

 ラナと話したからこそ、ラナがあぁ言ってくれたからこそ気づけたことで、だからこそ今フェリルの言葉を思い出したのかもしれない。


「今ごろ気づくなんてな……皮肉というべきか」


 誰もいない部屋に、ぽつりと言葉が落とされる。テオは自嘲するように笑った。

 これも罰だというのなら、自分がやるべきことはわかっていた。自分次第でどうにもでもなることも——

 あとはそれをラナが受け入れてくれるかどうかだ。


 テオはもう一度笑った。今度は嘲るようなものではなく、何かを思い出したかのようにくすりと小さな笑いをこぼす。

 食事会場に行くまでに、ラナが人の姿のテオを怖がっているように見えたことについて訊いていた。

 ラナは夢のことを話してくれた。何でも、テオがもう二度と会うことはないと言って離れていく夢を見たのだとか。

 そんなことはあり得ないだろう、と笑い飛ばしてやりたかった。けれど、その夢をずっと気にしていたことに、離れるとテオから聞かされるかもしれないことを怯えていたラナに、愛おしいという感情が先行し、笑うという行為には至らなかった。


 思い出してもなお、愛しさが溢れる。

 そんなことを考えていると、扉を叩く音がした。少し前に聞いた音に似ていた。

 返事をすると、テオの名を呼ぶ声がした。ラナの声だ。

 テオは慌ててベッドから下りると、扉まで駆けた。


「ラナ? どうした?」


「森に帰るので、挨拶に……」


「え? 何で? 帰るのは明日じゃ……」


「夜明け前に帰ることにしたんだ」


 突然割り込んできた妖精王の顔に、驚いて後ずさる。声は出ない。

 その横にはフェリルが呆れたような顔で飛んでいる。


「もう、妖精王様。別れの挨拶の間は二人にしてあげましょうって話したじゃないですか」


 悪態をつきながら、フェリルが妖精王を連れて下がろうとする。

 どうやら冗談ではなさそうだ。


「妖精王様なら移動魔法で森まで一瞬で行けるのでは? 急ぐ理由は……」


「急ぐ理由はない。が、急ぐ理由がないということは、ゆっくりする必要もないということだ。そういうわけなので、挨拶をすませてくれるか」


 それだけ言うと、妖精王とフェリルは消えた。気配すらもない。

 テオはラナと二人になった。明日まで猶予があると思っていた別れが早まったことで、テオはまだその準備ができていなかった。心構えも、何と声をかければいいのかも——


 二人だけの空間に沈黙が流れる。

 ラナは何も言わない。テオが何かを言いたげにしているのを察して、言葉を待っているのかもしれない。

 テオはというと、今この瞬間に言葉を必死に探していた。


 ——待っててくれ

 これは違う気がする。


 ——待っている必要はない

 見栄を張るにしてももっとマシな言い方があるだろう。


 ——一緒にいるって約束したばっかなのにごめん

 謝ってしまえば、約束を反故にしたことになってしまう。そんなつもりは俺にはない。


「『迎えにいくから、待っててほしい』って言わなくていいの?」


 沈黙はフェリルによって破られた。気を利かせたのだと言わんばかりに腕を組み、見下ろしている。先ほど妖精王を諌めた気遣いはどこに行ったのか。もはやため息も出なかった。


「あのな、ラナ……」


「いやです」

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