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花は白と黒に囚われる  作者: 小鳥遊 蒼
Ⅳ 思惑
32/56

31 知ってたんじゃないの?

 急ぐ必要はないと聞いてはいたが、それでも完全に信じられなかったのか、もしくは単に気持ちが急いていたのか、フェリルは時折移動魔法を使用した。

 少し歩いては、フェリルの移動魔法で王都までの距離を詰める。

 テオが歩いている間は、フェリルは終始、テオの肩の上に乗っていた。

 徐々にしか動いていないせいか、体感としてはさほど進んでいる感じはしない。それでもテオは焦っている様子もなく、一定のペースを保っていた。


「ねぇ、テオ」


「何だい、フェリル」


 冗談めかした口調に、肩の上のフェリルは怪訝そうな表情を浮かべた。


「急ぐ必要がない理由を話してもらえないかしら? もしくは、もう少し急ぐとかしてもらえると、あたしの心が穏やかになるんだけど?」


「うーん、どっちも難しいかな」


「あのローブの男の目的はわかってるんでしょ? アルがラナを連れていくと言っていた理由と違うってことくらいわかってるわ。急がないってことは、ラナには危険はないってことでいいのかしら?」


 テオは何も言わなかった。

 確かに黒騎士が最初にラナを王都に連れて行くと言っていた理由とは違う。今すぐラナに被害が及ぶというわけでもない。と思う。が、それは永遠には続かない。急を要することではないだろうが、できることなら早く救出した方がいいだろう。

 それでも、テオがのんびりしているように見えるのは、城への侵入方法をこの間に考えているからだった。

 フェリルもようやく察したのか、訝しげにテオを見上げる。


「もしかして、とは思うんだけど‥‥何も作戦なし?」


「そのもしかして、だったりしてね」


 フェリルを落とさないように肩をすくめると、そこに盛大にため息が落とされた。

 その後しばらく沈黙が続いた。

 道中、誰かとすれ違うこともなく、人はおろか、動物の()さえ聞こえない。

 時折、吹き付ける風が静かに静寂を乱すくらいで、フェリルが口を開かない限り、テオが地面を踏みしめる音だけが鼓膜に流れた。


「今さらだけど、森にやってくるまでに何があったのか話してもらおうかしら」


 沈黙に耐えきれなくなったように、フェリルが口を開いた。

 さして興味はないが、話したい話題もないから仕方なくといった口調だ。


「あなたは、いつどこでラナと出会ったの?」


「……ラナに最初に会ったのは、ラナが村を出てすぐ……だったと思う」


 フェリルが乗っている肩とは反対方向に、テオは視線をずらした。

 視線だけではなく、口ぶりも重苦しいものがあった。()()()()()()歯切れが悪い。

 嘘をついている様子はないが、何かを誤魔化そうとしているような気配をフェリルは感じていた。


「あら、ラナが村にいた時に遭遇したんだと思っていたわ」


 フェリルは敢えて知らないフリをした。

 テオはやはり視線を合わせようとしない。


「いや、()()()のは村を出てから。一人で歩いているところに遭遇したんだ」


「あなたから声をかけたの?」


「いや、さすがにあの格好だからな。俺から話しかけられるわけない」


「じゃあ、ラナが?」


 テオはその時のことを思い出すかのように、視線を宙へと投げた。

 幸いにも、歩く先には障害物になるものはなく、多少よそ見をしていても差し支えないだろう。


「確か、ちょっと離れたところにいた俺をラナが見つけて声をかけてきたんだ。ラナが口にする声だから、それほど大きなものではなかった。普通の人ならその距離だと聞こえないだろうけど、()には聞こえた」


 今はその声も聞き取れないだろうけど、と自嘲する。


「ちょっと待って。ラナ、一人だったって言ってたわね」


「あぁ、一人だったよ」


「あたしが聞いた話だと、村にいたときに襲われて、動物たちが助けたって」


 興奮気味に声が大きくなるフェリルの言葉に、テオは頷く。

 続くフェリルの言葉はなかったが、「じゃあ、どうして一人だったの? 誰か一緒にいてもおかしくないじゃない!」と言っているのが手にとるようにわかった。

 けれど、そう言われたところで——実際は何も言われていないのだが——村を出てからテオがラナに遭遇するまでのことは、テオにはわからない。わからないことは説明したくともできない。

 説明できないことをいくら考えても仕方がないので、テオは話の流れを戻す。


「ラナは一人で歩いていた。そこに遭遇して、ラナから声をかけてきたんだ……と言っても、ほとんど会話をする暇もなく、奇襲があったんだけどな」


「村を襲ったやつら?」


「いいや。人じゃない」


 それだけ言うと、フェリルは納得したように押し黙った。

 フェリルが入手していた情報と、テオが話してくれたものに変わりはない。むしろ、持っていた情報と違っていてほしかったと思うフェリルの希望は、すぐさま一蹴された。

 フェリルが持つ情報の源は、動物たちだった。動物から寄せられる情報は、人のそれよりも早く、そして遠くに伝聞される。

 興味関心を惹かれないことの方が多かったが、ラナに関してはその存在が特殊だったこともあり、無意識のうちに気に留めていた。


「じゃあ、森に来た時の怪我はその時のものだったのね……でもその時すでにあなたがそばにいたんだったら、どうにかできたんじゃないの? 不思議だったの。あなたがついていながら、なぜあれほどまでに傷だらけだったのか。おおよそ、ラナが戦うなって言ったんでしょうけど」


「わかってんじゃん」


「え、冗談のつもりだったんだけど……もしくは守る気がなかったのかと……でもそれだと、あなたまであんなに大怪我をしていたことの説明がつかない」


 そう言うと、フェリルは突然口を閉じた。何かを思い出したかのように、はっと顔を上げる。


「そういえば、風の噂でこんなことを聞いたの。とある村に奇襲がかけられる、と人間が話をしているところを聞いた動物がいた。動物たちの間で噂が広まり、村近辺の動物でそのことを知らないものはいなかった。そんな中、知っているものの誰かが動物たちにお願いをしたそうなの。もし万が一のことがあったら、一人の少女を助けてほしいと。助けるために力を貸してほしいと。

 あなたは、村が襲われるのを知っていたんじゃないの? それで、動物たちに助けを仰いだんじゃないの?」


 途中から口調が変わり、最後はテオ自身に訊ねるようなものになっていた。

 相変わらず目を合わせないテオの肩の上から離れ、顔の前まで飛んでいくと、無理やり目線を合わせる。

 突然目の前に現れたフェリルに前方の視界を奪われ、テオは足を止めた。逃げ道も失われたように、困ったように眉を下げる。

 言葉はなくとも、フェリルには質問の答えを読み取ることができた。


「あたしはあなたがわからないわ……いや、わかるんだけど、わからない」


 フェリルは混乱しているかのように、同じ言葉をぐるぐると回していた。

 何周もした後に、「でも、それと同じようにラナのこともわからないわ」と口にした。


「動物たちに襲われた時、あなたが助けに入ったのなら……そして、戦うことをラナが止めたとしたら、あなたも傷ついてしまう。あの子がそれをよしとするとは思えないんだけど」


「そりゃそうだ」


 テオは鼻で笑った。


「ラナは俺を逃がそうとしてたんだよ。攻撃を受けながらも必死にね」


 皮肉のような色が声に含まれていた。

 当時のことを思い出して、時間が経った今なお、ラナに文句を言いたくなるようなことだったのだろうと推測される。


「でもそれだと埒が明かない状況だったから、怪我させない程度に抵抗して逃げたってわけ」


「もはや根性ね」


 逃げ込んだ先が森だったというわけだ。

 偶然、フェリルたちの森へとたどり着いたのか、森に住む動物たちが誘導したのかはわからない。

 森にたどり着き、倒れ込む前にフェリルたちにラナのことを頼んだところを見ると、フェリルたちが敵ではないことを認識していたことになる。——いや、ほとんど意識はなかったので、そんなことを考える余裕はなかったのかもしれないが。とはいえ、不幸中の幸いというところか。


「やっぱりあなた、最初から()()()()だったんじゃない」


 テオは何も言わなかった。

 フェリルの言葉が風に流され、聞こえなかったのだろう。そう思うことにした。


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