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花は白と黒に囚われる  作者: 小鳥遊 蒼
I 全ては王命のままに
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01 王命なので

 規則正しい音が刻まれる。迫るように重厚感のある音を奏でながら、一歩、また一歩と進んでいく。

 その音に、迷いは一切ない。

 長い廊下には、使用人たちの姿がちらほらと散見された。が、進みゆく彼は、その者たちには目もくれず、一目散にどこかへと向かっている。

 その目が前方へと集中した。視線の先には人影があり、その姿を確認するや否や、音はさらに速度を速めた。



「王太子殿下!」



 声が届く距離まで近づくと、先を行く背中に声をかけた。

『王太子殿下』と呼ばれた男性が声とほぼ同時に——むしろ、それよりも早く振り向いたように見えたのは、おそらく切迫しているような足音が耳に届いていたからだろう。



「どうしたの、アル。そんなに急いで」


「少しお時間いただけますでしょうか」



 突撃するような勢いでやって来たにもかかわらず、最敬礼は忘れない。それは長年、身についた習慣だった。

 王太子殿下は周囲を見回してから、親指を後ろの方へと向けた。ついてこいということだろう。

 踵を返し、歩き出した王太子殿下のあとを、アルフレッドは大人しくついて行った。










「それで、どうしたの? アル」



 手近な部屋に入るなり、王太子殿下は部屋の真ん中に置かれているソファに腰かけた。

 アルフレッドにも座るよう促したが、彼は丁重に断りを入れ、扉の前に立っていた。



「お時間いただき、ありがとうございます。陛下から、(めい)を受けた件に関しまして……」


「その堅苦しい喋り方やめてくれないかな? 僕たち兄弟でしょ? それに、今ここには僕たちしかいないんだし」



 正確には乳母兄弟ですが——という言葉は飲み込んだ。

 渋るアルフレッドを、王太子殿下が視線で制す。

 もともと垂れ目がちで穏やかな印象の王太子殿下が睨んだところで、威圧感はない。幼い時からそばにいるからこそ、そう感じるのかもしれないが。

 アルフレッドと王太子殿下は乳母兄弟だ。歳が同じということもあり、幼い頃から遊び相手を務めていた。その名のとおり、『遊び相手』だと理解できるほど歳が上がると、必然的に王太子殿下との身分の違いを思い知らされることになる。

 アルフレッドは礼節をわきまえた行動をとるようになるのだが……王太子殿下はそれを嫌った。

 最も高い位の王位継承権を持つ殿下に対し、軽口を聞くなど無礼にもほどがある、と抵抗すると、王太子殿下は「じゃあ、二人だけの時ならいいでしょ」となんとも軽い調子で折れてくれたのだった。



「では、僭越ながら……ルイ、陛下から聞いているか?」



 愛称での呼び方と、砕けた口調に満足したように王太子殿下——ルイは纏っていた雰囲気を和らげると、表情も崩した。



()()()()の件かな? その件なら聞いてるよ」


「ルイは信じるか?」


「信じるって何を?」


 髪色と同じブラウンの瞳がアルフレッドを映す。アルフレッドもまた、ルイを見つめていた。表情から推し量ろうとしているようだった。

 ルイは頭の悪い人間ではない。そんなことを王太子殿下に思うこと自体、不敬だが——漠然とした言葉だけでも読み取ってくれる人間であることをアルフレッドは知っていた。


 そんな思いでルイを見つめるが、ルイは呑気にも緩んだ顔をしていた。何も考えていない時の顔だ。

 敢えてアルフレッドの口から言わせようとしている魂胆に、アルフレッドはため息をつく。



「少女が動物と言葉を交わせるということだ」


「あぁ。本当なんじゃないの? そこが揺らぐと、父がわざわざアルに王命を出す意味がわからない」


「確かにそうだが……どうやって証明する? 俺たちには動物の言葉はわからない。わからないことは証明しようがない」


「アルの言いたいこともわかるよ。じゃあ、この話はどうかな?」



 ルイは背もたれに預けていた体を起こし、前のめりにテーブルに肘をつけると、声を弾ませた。



「とある村に、動物と話ができるという女の子がいたんだ。女の子は小さい時から、動物たちと話しているように()()()。最初は、小さな子の一人遊びだと思っていたんだけど、段々とエスカレートしてね。知り得ないはずのこともなぜか知っていた。村の人たちは不気味だと、後ろ指を刺し始めた。

 そんな時、その村に賊の襲撃があったんだ。村には戦える者もおらず、どういうわけか軍も派遣されなかった。絶体絶命の状況の中、その女の子に白羽の矢が立った。そう——生け贄だ。女の子は抵抗しなかった。泣きもせず、救いを求めることも、両親の方を見ることもなかった。表情一つ変えなかったという。けれど、そこにどこからともなく種々様々な動物がやってきて、賊を追い払った。まるで女の子を助けるかのように——」



 語りが終わった合図なのか、ルイは軽く目を閉じた。

 アルフレッドは腕を組み、右手を顎に置く。



「その少女が助けを呼んだとでも?」


「さぁね。あくまで噂話だし、どこまで本当かはわからないけど……もし、その話が本当だとして、僕の考えを言わせてもらうと、その子は危険な目に遭わせるようなことはしないと思うんだよね。言葉が通じる彼らに、唯一まともに話をしてくれる彼らに、危害が生じる可能性があることはさせないと思うんだよね」


「じゃあ、なぜ少女を——村を助けたんだ?」



 ルイは両手を挙げ、肩をすくめた。

 何か考えありそうだったが、口にはしたくないようだった。

 アルフレッドもそれ以上、言及はしない。



「……陛下は本気なのだろうか」


「僕も最初は信じられなかったけど、君が抜擢されたってことは本気なんじゃないのかな?」


「ルイ、あなたの話が本当なら、俺が一人で行って、無事帰って来られるだろうか? 少女を連れて帰れないどころか、俺も……いや、もし少女を連れてこられたとしても、思惑通りにいくとは思えない」


「君なら大丈夫でしょ。それに、王命には逆らえないでしょ? それとも何。少女一人、連れてこられないとでも言うのかい? アルフレッド・デラクールともあろうお方が、自信がないとおっしゃられるんだ?」


 ルイは揶揄うような口調でそう言った。明らかな挑発だ。

 普段であれば、そんな安い挑発に乗るようなアルフレッドではない。だが、これも馴染みのあるやりとりのようなもの。アルフレッドの不安を拭おうとしたのかもしれない。

 そう思っておいた方が、お互いのためだろう。


「連れてくればいいんだろう。王命は、少女をこの城にお迎えすることだ。あとは知らん」


 悪態をつくようにこぼすアルフレッドに、ルイは片方だけ口角を上げた。

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