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俺が見て

これは、俺たちの滅びの話。そのたった一部分。

俺から見た、二日目の記録。

第7期栄誉志願隊名簿


ユージ15歳男 第7期栄志隊戦隊長


アスカ=マルフ14歳女 栄志隊福戦隊長


テオ=マルフ14歳男 アスカの双子の弟


ラルド16歳男 最年長で家事がなんでもできる


ミナファ14歳女 料理だけは誰にも負けない


サクヤ15歳男 お調子者


シャマナ15歳女 猿のような身のこなし


エルヒ14歳女 銃の腕がすごい


ヴォグ13歳男 最年少


セイラ13歳女 最年少


チャド15歳男 判断力はユージに次いで高い


フォーダ14歳女 念で人をつなげる

無理な開発で能力を開花させたうちの一人



俺たちは、なにを願っていたんだろう。なにを期待していたんだろう。


ーー嫌だ。嫌だ。


首につけられていた重く硬い枷を外されたから?それとも、初めての景色に出会ったから?


ーー死にたくない。終わりたくない。


僕たちは、決定的に間違ってたんだ。そもそもこんなものを望むこと自体が……もう、遅すぎるけど。


ーー嫌だ。嫌だ嫌だ。


ああ……わたし、これだったらずっと施設で良かったな……施設にいたときは、これ以上の苦痛なんてないと思ってたけど。


ーーああ。地獄って、こういうことなんだ。




むかしむかしから始まるおとぎ話。施設にあったその一冊は、まるで大人たちから隠れるようにして棚の奥深くで眠っていた。それを見つけたときは、財宝でも掘り当てたような幸福感に、高揚感に胸踊らせたっけな。

その本は、表紙が水にさらされたのか、字がへんてこに絡まり合っていて読めなかった。それに、中の字も印刷じゃなくて、しかもお世辞にもきれいとは言えない文字だったから、余計に読みづらかった。

それでも内容はよーく覚えてる。字が読めたのは俺とアスカ……あとはラルドだけだったから。ラルドはそういうの好かないし、アスカは読み方が変だから。俺がみんなに読んで聞かせたんだ。1日のうちに何回も。何回も。


「あるところに、泣き虫の坊やがいました。」


そうやって始まるこの本は、「英雄譚」というやつだった。

この「泣き虫の坊や」は後に「英雄」になり、みんなを救う。

その姿に、読み聞かせた自分を含めてみんなが酔いしれた。憧れた。

だからみんなの夢はいつしか、そんな英雄として戦場を駆け回ることになっていた。


元より夢も目的も無いようなみんなだったから、というのもあるだろう。多感な時期にそんな話を聞けば、くだらないと一蹴するのが普通だと。まあこれは、後でとある人から聞いた話なんだけど。


ともあれ俺たちはその本のおかげで、今までは言われたことをこなすだけだった訓練を、耐えるだけだった研究を、真面目にやるようになっていった。

今こうしてみんなで第7期の栄誉志願隊としてここまで来られたのも、そのおかげなのだ。

感謝しないとな。あの本にも、あの本を大人たちから隠してくれた誰かにも。あの本を書いてくれた人にも。




「そろそろじゃねえか?」


早朝の瞑想が終わったのを見てから、俺と時を同じくして起きていたラルドがあくびを噛み殺しながら話しかけてくる。


「ああ。今日もよろしくなお父さん。」


少しにやけて、ほんの少しだけ椅子に体重を預けながら俺は言う。長い付き合いの中で、どんなときでもこれだけは交わそうと決めた言葉を。


「茶化すな隊長。噛み殺すぞ。」


毎度言ってることは物騒だけど、彼のそれはほとんどが照れ隠しで、本当のところはまんざらでもなかったりするんだから面白い。


怖い怖いと適当に流しながら、俺は机に向かう。


「あ、ちなみになんだけどよ」


数歩行ってからわざわざ戻ってきたラルドの声に、俺は意識だけをそっちにやる。どうせ大したことじゃないだろう。ここは軽くいなしてーー


「お前、瞑想って言葉の使い方間違えてんぞ。」


「なーんだそんなことか。……へ?」


笑いを少しこぼしながら一方的に告げるだけ告げてその場をあとにするラルドに、高をくくっていた俺は、文字通りフリーズしたまま動けなくて。

普通なら、くだらない雑談として流したり、いったとしても恥ずかしさに顔を赤くするくらいなのかもしれない。

だが、俺は違う。言葉の…語彙の多さは俺の誇りだ。みんなの知らない言葉を知っていて、それをみんなに教えてあげる。それが一番の楽しみだった。そんな俺が……言葉を使い間違えていた……!?こんなに恥ずかしいことはないだろう。しかも日課なだけあって、朝の話をするときはかなりの頻度で使っていた言葉だ。


ギギギギと固まった体を無理矢理に動かして机の上を見やる。その上には、さっきラルドが淹れてくれた香りつきのお湯と、作戦指示書がある。

深呼吸をしてからお湯を少し口に含んでリラックス。そうしていくらか落ち着いたところで、まだ少し震える手で作戦指示書の中身を確認する。……やはり中身に変わりはない。ただ、昨夜の自分が気が確かじゃなかった可能性を考えてしまうのも無理はないだろう。だって……


作戦の実施は16日後。

作戦名「激突」

作戦内容 本作戦は、各々の保有する身体能力および特殊能力を用いての、防衛ライン押上げを目的とする特攻作戦。

健闘を祈る


この作戦書には、これしか書かれていないのだ。詳しい時間も、突入開始場所も。作戦名も適当を極めてるし、終いには、特攻作戦と。


この時点で俺は、なにか危ういものを感じ取った。だってこの作戦書の内容が本当に守られるとすれば……俺達は……


「ユージィ!!」


バタバタと駆けながら俺の名前を呼ぶ声に、思考は一旦折りたたまれる。それと同時に、さっきのお湯を飲んでリフレッシュしておく。ちらりと水面に写った顔。あれだけは、みんなには見せてはいけない顔だから。

ああ、来るぞ。西から東へ、建物の端から端への大移動の末に、騒音が。3、2、1


「ラルドの起こし方なんとかしてくれよ!!こんなじゃ夢に出てくるぞ!!悪夢だ!」


脳内カウントきっかりに入ってきた小柄な男は、いつもうるさく明るいムードメーカーのサクヤだ。その振る舞いは、怖いものがないのかと思えるほどにどこでも変わらず、一貫して馬鹿で居続けている。


「おはようサクヤ。とりあえず手と顔を洗ってこい。」


朝ごはんは多分もうできてるからとそう言うと、サクヤにもそれは問題なく伝わるものだから、


「おーう!ラルドの飯は一級品〜」


なんて歌いながら、表の水道までの最短ルートとして編み出された柵越えジャンプをしようと窓枠に足をかけていた。

その窓枠は昨日の確認の時点で朽ちて脆くなっているから、体重をかけた瞬間に折れて落ちるだろうと思ったけど、黙っておくことにした。

きっともう、言っても無駄だろうし。


そう考えてから数秒もしないうちにサクヤの悲鳴が横に長い館内全体に響き渡ったのはもう、それこそ言うまでもない。


利口な最年少組のヴォグとセイラ、そしてその二人に歳は近くともなにかと世話を焼きたがるフォーダとチャド、エルヒは外で手を洗ってから食堂に姿を現した。ちょうど飲み終わったカップをかたそうとした俺と入り口でばったり。


「おはよう」



「おはようございます!」


「おはようございまし!」


「ぉ…ぅ……ぅ。」


「お、はやいなユージ。」


軽く挨拶を交わして、一緒に中へ。

ちなみにまず一番、元気に挨拶を返してくれたのがヴォグとセイラ。その後モゴモゴしながらもちゃんと応えてくれたのがフォーダで、俺がいつも寝坊してるみたいな言い方をしたのがエルヒだ。

チャドは挨拶には会釈として手を使って返しつつ、もう片方の手で口を塞ぎながら大あくびをしている。これ、口を開けすぎて手のガードも意味がない気がするけど。


食堂の中には、いつも食事の準備を進んでしてくれるミナファと、その手伝い当番のアスカ、テオの双子コンビが居た。


「おはよう3人とも。朝早くからありがとな」


「大丈夫。私、こう見えても朝得意だから。料理が絡むなら、何時でも得意だけど。」


「当然私も平気よ!なんたって当番ですもの!」


「お姉ちゃんが平気なら僕も……ふああ」


料理好きのミナファが答えたあと、それに続いて二人も大丈夫だと主張する。その中に若干1名、明らかに眠そうな人がいたが。それが料理に影響していないのは、先程からしていた香りでよく分かっていた。


「「「いただきます!」」」


4人がけの机2つに11人で座り、やや窮屈を感じながらもみんなで手をたたく。ここに着いてから一番最初に決めた、不可侵のルール。その記念すべき第一条が、これだ。

そしてその流れで、ご飯を口に放り込む。

みんながみんな、すぐに終わる食事こそが正しくて綺麗だと教えられていたから。だが、二口目をかき込む人は誰もいなくて。


その場に、静寂が訪れる。この場にはもう、キチキチやカタカタカタといった、風が建物を揺らす音しかない。


ガタッ


その静寂を破るように、サクヤが音を立てて崩れ落ちる。その様子に流石に不安になったのか、いつも料理のことでは自信満々のミナファも矢継ぎ早に言葉を連ねる。


「みんな、美味しくなかった?食材も初めて見るものばっかりだったし、台所も。だから…もしかしたら失敗して……」


その言葉が発し終わるのを待たずして、どこからか、ボソッと。


「おいしい。」


だがその言葉は、意図して発せられたものではなく、宙を舞うことなく足元に落ちていって。そしてその言葉を上から塗りつぶすようにして、サクヤの咆哮が部屋中を震わせた。


「うぅんめぇぇぇええ!!!」


そう、俺たちは元より施設で育った身。

戦争でただでさえ物資がない中、施設にまで回す本物の食品なんて無いのだ。だからこれが、俺たちにとって初めての、まともな食事だった。

あまりの美味しさに泣いたり、それを見た誰かが吹き出したり、一口食べるために大声で美味しさを表現したり。

食材を見て1から……レシピから考えて調理した本人が嬉しさのあまり泣いてしまうほどに、その食卓は料理への賞賛と笑顔が飛び交っていた。


「食事はみんなで和気あいあいと食べたほうが美味しい」


                 ーー名前のない英雄譚

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