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「『ムサシ』。それは……」
あたしは思わず「ムサシ」を指差していた。
しかし、当の「ムサシ」は意に介した様子もなかった。
「ん? これか? これはここ一番の戦の時に総大将だけ着用できるもんだ。おまえにゃまだ早いよ」
いやっ、あたしの言いたいのはそういうことじゃない。兵力の劣勢を覆すための夜戦だろう。そこでそんな明るい色の装甲服を着用してどうするんだ。
なおも言葉を繋げようとするあたしの左肩を「トスイ」が軽く握った。
「もうこれ以上何も言うな。あれは『ムサシ』さんの覚悟だ」
覚悟? 何の覚悟だ? あたしには分からない。勝って、あたしを帝国軍の戦闘員にするんだろう。あたしはそう思ったけど、それ以上は何も言えなかった。あたしの左肩を握る「トスイ」の力がどんどん強くなっていったから。
◇◇◇
奇襲は成功した。奪取目標である政庁は僅かな灯りしか点いていなかった。
真っ先にそれを破壊する。物音を聞きつけ、駆けつけてくる敵の戦闘員を次々仕留めていく。戦況は順調に推移しているようだ。自分でも驚いている。予め暗闇に目を慣らしていたあたしたちと慌てて出てくる敵の差はあるにしても、面白いように「雷撃」が当たる。
上がっているのだ技能が。あの「ムサシ」との一連の対戦訓練で。
血が騒ぐ。気分は高揚している。この戦い、勝てるのではないか? 勝って正式に「ムサシ」の下で帝国軍戦闘員になれるのではないか。そんな気もしてきた。
◇◇◇
だけどそれは長くなかった。次々と点灯される投光器の強い光。煌煌と照らされるその光は辺りを昼間と変わらない明るさに変えた。
投光器を破壊しようにも、倒しても倒しても現れる敵への対応に追われ、そこまで手が回らない。
それでもゴ〇ブリ、いや、鉄色の装甲服を身に纏ったあたしらはまだ目立たない。だけど、「ムサシ」は……
投光器の光を浴びて、その装甲服は燦然と輝いていた。
そして、こんな時に不謹慎だけど、あたしはちょっときれいだなと思っちゃったんだ。
◇◇◇
圧倒的に数的優位を誇る敵の攻撃も必死に回避するが、どうしても何発かは当たってしまう。
最大の問題はあたしにとって最大の武器である「雷撃」を撃ち尽くしてしまったことだ。あたしは他にも「砲撃」も使えはする。だけど、それは「ムサシ」の46センチはおろか「トスイ」の20.3センチにもはるかに及ばない12.7センチ。命中しても与えられるダメージは知れている。
しかもそれはあたしだけの問題ではない。「セイソ」も「ハマカ」も「雷撃」を撃ち尽くしてしまったようだ。あたしと同じ12.7センチの「砲撃」を撃って、戦っている。
「トスイ」は逆だ。主武器が20.3センチ「砲撃」なので、それを撃ち尽くしてしまったらしい。「雷撃」の方を撃っている。だけど、そんなに回数撃てないはずだ。
そうだ。「ムサシ」は、「ムサシ」はどうなのだ? あの目立つ明るい銀鼠色の装甲服を身にまとった「ムサシ」は?
あたしは慄然とした。どうして どうして 「ムサシ」はあの状態で立っていられるのだ?
少なく見積もっても二十発は被弾しているはずだ。「ムサシ」の回避技術はあたしを含めた拠点の者の中でもずば抜けている。それであれだけ被弾したということは一体何発撃たれたんだ?
「ぬおおおおおーっ」
「ムサシ」が咆哮を上げ、46センチ「砲撃」を撃つ。
直撃を喰らった敵の「空撃」使いが倒れる。絶命しただろう。直撃を喰らわなくても周囲にいた敵の「雷撃」使いが二、三人爆風で飛ばされる。
「ちっくしょうっ! 弾切れだっ! この戦ここまでだっ! 撤退しろっ!」
その声を聞くや否や「トスイ」に「セイソ」「ハマカ」は一目散にその場を遁走した。だけど、「ムサシ」はその場を離れようとしない。
「『トウカ』。何をしている? 撤退命令が聞こえなかったのか? さっさとどこぞに落ち延びろっ!」
「いや、『ムサシ』。『ムサシ』は撤退しないのか?」
「撤退命令は指揮官には適用されない。撤退するもしないもあたしの自由だ」
「何を言ってるんだ。一緒に撤退しよう」
「ふふふ。『トウカ』。おまえは優しいな。だが、あたしはもう駄目だ。足が満足に動かないんだよ」
「なら、あたしが背負って連れて行く」
「おまえには撤退命令が出ている。撤退しろ」
「『ムサシ』を置いたまま撤退なんか出来るかっ!」
「駄目だ。撤退しろ。あたしはもう……もたない……」
ドドドドドドドゴーンッ
その言葉を最後に「ムサシ」は大爆発を起こした。最後の46センチ「砲撃」のエネルギーを自爆に使ったのだ。
「ムサシ」。何でだ?
あたしのその思いは普段の「ムサシ」の46センチ「砲撃」の何倍もの強い爆風の中でかき消されていった。
全身の痛みで目が覚めた。
やはり、全身を打ったらしい。だが……
素早く確認をする。うん。骨折、筋肉の断裂はない。打ち身だけだ。
体を起こそう。手首足首が拘束された様子はない。ただ、強烈な爆風で飛ばされ、気絶しただけのようだ。おっ……
倒れていたあたしを見つめている者がいる。誰だ? あ……
「セッカ」だ。