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「そうじゃないっ!」
あたしの語気は荒くなった。「セッカ」はビクリとする。
「いやごめん。そうじゃないんだ。あたしはもう帝国軍の戦闘員たちが好きになっちまったんだっ!」
「!」
「セッカ」の形相が変わる。それまで涙ぐみながらも優しかった顔が般若のそれに変わる。
「何それ……」
今度はあたしがビクリとする番だ。「セッカ」の言葉は続く。
「ボクが一番『トウカ』のことが好きなんだ。『トウカ』はボクのことが一番好きなんじゃないの?」
「……『セッカ』のことは好きだ。でも、一番じゃない」
次の瞬間、無言の「セッカ」の右腕から「雷撃」が放たれ、それはあたしの腹部を直撃した。
「うぐ……」
「許さない。ボクのことが一番好きじゃない『トウカ』なんか許さないっ!」
だめだ。会話が成立する状況じゃない。そして「セッカ」をこれ以上傷つけたくない。逃げよう。己の速さの加護を信じて、逃げよう。
「逃がさないっ! ボクのところから絶対に逃がさないっ!」
幸運の加護を持つ「セッカ」の「雷撃」が次々命中する中、あたしは気力で速度を上げ続け、ついには振り切った。ただ、拠点に戻った時、あたしの心身はボロボロだった。
◇◇◇
「『トウカ』。帰ってきたのか。おい、どうした? その傷?」
「ムサシ」は戻ってきたあたしを驚きと喜びの表情で迎えた。
「あたしとしたことがうっかりして敵の哨戒にひっかかった。でも大丈夫。たいした傷じゃない」
「そうか。だが無理するな」
「セッカ」には本当に申し訳ないが、もはやここがあたしにとって、一番居心地のいい場所だ。もはや気がついてしまった。
◇◇◇
「『空撃』使いが十六。『砲撃』使いが六。『雷撃』使い五十超確実か、連邦軍は金のなる木でも持ってやがるのか」
「ムサシ」があきれかえるように言う。
「『ムサシ』さん。この情報は総司令部に伝えました? 政庁奪還命令は変わりませんか?」
「トスイ」の質問に「ムサシ」は淡々と答える。
「言った。政庁奪還命令に変更はないそうだ。援軍も来ない。だけど早い時期に実行されたしだそうだ」
「意地になってるんですかね。総司令部」
「そうだな。一度も殴り込みをかけないで撤退はメンツが立たないんだろうな」
「それで、奪還作戦の発動はいつにします?」
「そうだなあ」
「ムサシ」は少しだけ考えて言った。
「こっちは援軍がこない。向こうはもっと増えるかもしれないとなれば、早い方がまだマシだろう。そして、兵力的にこっちが劣勢となれば夜戦の方がまだ逆転の目がある。よしっ、作戦発動時刻は明日の晩2200で行こう」
「「「はいっ」」」
「おうっ」
「ちょっと待て、『トウカ』。何でおまえまで返事をする?」
「何でって? あたしも作戦参加するからだろう?」
「おまえ、これは帝国軍の作戦行動だぞ。おまえは帝国軍の戦闘員じゃないだろう」
「じゃあ、今からあたしを帝国軍の戦闘員にしてくれ」
「今からっておまえなあ」
「ムサシ」は右掌で額を押さえて絶句した。
◇◇◇
それから「ムサシ」はゆっくりと絞り出すように言葉を出した。
「いいか。『トウカ』。これから言うことは全部真面目な話だ。そのつもりで聞いてくれ」
「あたしはいつだって真面目だぞ」
「……分かった。とにかく聞いてくれ」
「おう」
「今回の作戦行動は『戦闘』だ。連邦軍と戦うんだ。前にやった『偵察』とは訳が違う」
「腕が鳴るな」
「連邦軍だけじゃない。おまえのいるレジスタンス組織も完全に敵に回すことになるんだ。戻れなくなってしまうんだぞ」
「!」
「分かったか。なら、今回の作戦行動には参加せずに……」
「いや、それならば逆に参加させてほしいんだ」
「? 何故だ?」
「あたしはもうレジスタンス組織には帰れない。今のあたしのこの傷は組織にいる親友から撃たれたものだ」
「…… 何かあったのか?」
「あった。そして、今のあたしは『ムサシ』と一緒に戦いたい」
「…… 分かった。なら一緒に来い。あたしにとっても『トウカ』と共に戦えるのは嬉しいことなんだ」
「良かった。あたしも帝国軍の戦闘員になれるんだな」
「いや、それは……」
「ムサシ」は少し口ごもった後、続けた。
「いろいろ手続きもいる。今度の戦いに勝ってからにしような」
「本当か! ちゃんと約束は守ってくれよ」
そう言いながらも、あたしの心は弾んだ。
「ああ、約束は守る。ちょっと待て」
「ムサシ」はその場で手持ちの便せんに何やらサラサラ書き上げた。
そして、それを封印してから、あたしに渡した。
「確かに忘れるといけないからな。この中に証書を入れておいた。戦が終わったら開けて見てくれ」
「何て書いたんだ? 見てもいいか?」
「おまえはもうっ、開けるのは戦が終わったらだって言ったろう。逆に終わったら絶対に開けるんだ。いいなっ」
「分かった……」
◇◇◇
作戦発動は2200。その2時間前、2000にはあたしらは出撃準備を開始した。と言っても、あの装甲服を身にまとうだけだ。そう、ゴ○ブリのような真っ黒な装甲服。
あたしらが出撃準備をしている部屋の扉が鈍い音をたてて開いた。
驚くことではない。この古ぼけた拠点の建物の扉は全て鈍い音がする。そして、今、この部屋には「ムサシ」がいない。「ムサシ」が入ってきたのだ。
だが、入ってきた「ムサシ」の姿を見て、あたしは驚愕した。なるほど、あたしたち同様装甲服を身にまとっている。
問題なのはその色があたしたちのそれと違って、明るい銀鼠色だったのだ。