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「はあっはっは、いやあ、今日は飛び入りが一人増えたおかげで、なかなかいい訓練になったわ」
「ムサシ」の高笑いを聞きながら、あたしは声を絞り出した。
「『ムサシ』……」
「おうっ、何だっ?」
「明日こそおまえを振り切り、脱走する……」
「おうっ! 楽しみにしてるぜ」
◇◇◇
翌日、あたしは「ムサシ」の前に立った。
「今日こそは『ムサシ』を振り切り、脱走してみせる」
「ふっふっふっ、面白い。やってみろ」
「雷撃ッ!」
不敵に笑う「ムサシ」に向けて、それを放ったのはあたしではない。
「セイソ」だ。
「おっ?」
さすがに驚きの表情を見せる「ムサシ」。だが、腹部に雷撃を受けながら、前のめりになっただけで、すぐに態勢を整える。ふん。さすがは「ムサシ」。だがな……
「雷撃ッ!」
第二撃を放つのは、あたしでも「セイソ」でもない。「ハマカ」だ。
「ぬおっ」
「ムサシ」はまたも驚きの表情を見せつつ、前のめりになるが、すぐに態勢を戻そうとする。ふふっ、そうはいかんぞっ。
「雷撃ッ!」
第三撃はもちろんあたしだ。見たかっ! 「ムサシ」。これぞ「伝説の将軍」ノブナガ・オダの用いた戦法。「サンダン」だ。
◇◇◇
あたしは昨晩のことを思い出していた。
「何であたしたちがあんたの脱走の手助けをしなきゃいけないの?」
それが「セイソ」の第一声だった。明日は「セイソ」「ハマカ」そして、あたしの三人で協力して「ムサシ」を倒そう。あたしのその提案に対する回答である。
でも、その回答はあたしも予想していた。それが当然なのだから。
「別にあたしの手助けをしろとは言ってない。おまえらはおまえらのやりたいことをやればいい」
「あたしらは別におまえと組んで『ムサシ』さんと戦いたいなんて思ってないぞ」
「そりゃそうだろ。あたしは捕虜だし。でもな……」
あたしはいったんここで言葉を切った。
「おまえらいつも対戦訓練で『ムサシ』にやられっぱなしだろ。見返してやろうって気はないのか? 悔しくないのか?」
「それは悔しいと思ってるけど……」
ここで「ハマカ」も会話に加わる。
「相手は『ムサシ』さんだし、とても敵わないよ」
「ふん」
あたしは鼻を鳴らした。
「そこでだ。あたしと協力して『ムサシ』に立ち向かえば、勝てるとまで行かなくてもいい勝負に持ち込めるだろう秘策があるとしたらどうする?」
「セイソ」の目が光った。
「そっ、それは本当か?」
「ああ本当だ。そして、勝てれば、おまえらも一回りも二回りも強くなれるぜ。きっと」
「ちょっと待って」
ここで制したのは「ハマカ」だ。
「それだけで『はい、そうですか』と言えないよ」
あたしは内心ほくそ笑む。思ったとおりだ。「ハマカ」はただおとなしいだけじゃない。だけど、こういうタイプは納得がいけば、すごく協力してくれる。そして「セイソ」は既に乗り気だ。
「もっともだ。二人ともあたしの秘策の内容を聞いてから決めてくれ。それは『伝説の将軍』ノブナガ・オダの用いた戦法。『サンダン』だ」
「セイソ」と「ハマカ」が唾を飲む音が聞こえた気がした。
◇◇◇
第四撃はまたも「セイソ」。ふふふ。「ムサシ」に反撃の機会を与えず、ダメージを蓄積させていく。勝った。今度こそ勝った。
おっともう「ハマカ」が第五撃を放ったぞ。次はあたしの番だ。
「食らえっ! 雷撃ッ!」
◇◇◇
次の瞬間、あたしは見た。いや、「セイソ」も「ハマカ」も見た。
「ムサシ」があたしの「雷撃」を体をのけぞらして回避するのを。
「なっ……」
唖然とするあたしを尻目に「ムサシ」は微笑した。
「『回避』を使う羽目になったか。でもな、まだまだ負けんぞ」
しまった。見とれてる場合じゃない。早く「サンダン」の再開をと思った時はもう遅かった。
「ムサシ」の46センチ砲撃が炸裂。いかん。早く態勢を立て直し、反撃しないと。
駄目だ。「セイソ」も「ハマカ」も焦ってしまっている。せめて、あたしだけでも「雷撃」を。
くそっ、「ムサシ」め。回避しやがった。うわっ、46センチ砲撃また撃ってきやがった。気が……気が遠くなる……
◇◇◇
気がついたら大の字になってへばっているあたしの顔を「ムサシ」がのぞき込んでいた。
「おっ、起きたか。おまえ、なかなかすごいじゃないか。今回は少しだけど慌てたぜ」
「おまえ、おまえ言うな。あたしには『トウカ』って名前があるだろうがっ!」
すると「ムサシ」はあきれ顔になった。
「だって、おまえ一回も名乗ったことないじゃないか」
「へ?」
あたしは内心驚いた。名乗ってなかったっけ? いやいやいや。そうじゃなくてだな。
「あたしは捕虜だぞ。普通、おまえらが尋問するもんだろ。何でこんなことになっちゃってるんだ?」
「へ?」
今度は「ムサシ」が驚く番だ。だけど、すぐに大笑いを始めた。
「はっはっはっ、そう言われりゃ、そうだ。おまえがあんまり面白そうだから、こうなっちまった。どうだ? 『トウカ』。明日も対戦訓練するか?」
「当たり前だっ! 勝つまでやるっ!」