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Water Garden  作者: かづま
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第7話 転校生

 


 朝早くの学校。

 朝礼までの時間、美術室に一人座っている僕。

 登校までの道のりを思い返す。

 今日も学校への足取りは変わらず重かった。


 またいじめられる、悩みの種。

 飽きるどころか、奴らのいじめは更に加速していく。

 苦痛の時間。

 先生も薄々気づいているだろう。でも決して自分から面倒ごとに関与しようとはしない。

 頼れる大人なんていないんだ。誰一人。


 そして飯崎。……飯崎。マジの糞野郎。

 あいつが僕へのいじめを煽り立てていく。

 僕が教室に入った途端、ヒカゲが来た! と全員の意識を集中させる。

 その後は……。

 浦塚が僕を殴り始める……。思い出したくない。


 飯崎はまず、周りの人間に標的はあいつだと知らしめるような立ち回りをする。自分が安全になるために、僕を逃さないために。

 それが許せない。誰よりも憎い。

 そのことは僕が一番よく知っている。一番の被害者だから。

 この最悪なあだ名をつけたことも、絶対に忘れない。


 更に別の悩みも。先輩の事。

 美術室での約束から一週間ほど経つが、まだ一度も会ってはいない。

 でも、学校内で誰かと話していたりする姿は毎日のように目に入る。

 周りの人気者なんだろう。先輩はいつも会話の輪の中心。


 まあ無理もない、この田舎町にあんな綺麗な人が転校してきたんだ。

 学校中の男が、我が物にしようと先輩を狙っている。そんな感じ。

 とはいっても僕自身は蚊帳の外。

 そんな楽しそうに大きな笑顔で話す先輩を見るたびにモヤモヤ。これって嫉妬……とか?


 そんな自分に嫌悪。キモイ。何様のつもりだよ……。

 まあそんな感じだし僕との時間がとれないのも仕方ない……。

 本当は僕のことなんてどうでもいいのだろうか? そんな考えもしてしまう。

 今朝だってそうだ。


 下駄箱で靴を履き替えて教室に向かう階段までの廊下。

 少しだけ、3年の教室が並ぶ廊下を通らないといけない。

 毎回、ここを通るのがすごく嫌だ。

 そこには朝のホームルームまでの時間を楽しむ3年で騒がしい。

 その中にひと際大きな人の群れ。

 中心には……先輩の姿が。


 僕はなるべくそっちを見ないように目を伏せて横切ろうとする。

 でも、会話。どうしても意識してしまう。


「じゃあ今度みんなでカラオケいかね? 蒼井も好きだろ!?」


「もち! カラオケ好きだよ~」


 先輩の声が聞こえる。


「凪っていい声してるからね~! 私とデュエットしようよ!」


「お前の混じったら蒼井の歌声きけねーだろ! なあ、俺にラブソング歌ってよ」


「はぁ!? なにそれキモッ!」


「ラブソングぐらいならいつでも歌ってあげるよ〜!」


 先輩は、あはははと笑いながら陽気に答える。


「でもそんなに上手くないからね!」


「いや、上手いとか下手とかじゃないんだよ。ただ歌声が聞きたい! それだけだ!」


「マジで引くんだけど……こんな奴ほっといて、私と一緒に歌お!」


「うん! その方がいいかもね」


「おいおい。俺傷ついたぞ!」


 いつもならこんなクソつまらない会話なんて耳に入るだけでイラついてくる。

 でもその中に先輩がいるとなると全く違ってくる。

 そんな先輩が気になって、一瞬。目線だけをチラッと先輩に向ける。


 笑顔の先輩。

 その笑みの奥。一瞬だった。

 先輩の目が僕の方をチラッと見た。

 目があった。一瞬。


「じゃあさ、いつ行く? 次の土曜とかどう?」


「ん~。私はいつでもいいよ。皆に合わせるから!」


 ……。ただそれだけ。別にそれ以上何もない。

 目があった気がしただけで、向こうは気づいていないのかもしれない。


「俺迎えに行くからさ~。蒼井ん家、教えてよ~!」


「えっと~……」


「こら! 凪困ってんじゃん! 女子の家は簡単に知れるもんじゃないよー! 学校集合でいいじゃん」


「ちっ。ダメか~」


「あはは~。ごめんねー」


 僕は先輩の声を背中に、階段の方へ早足に向かっていった。

 うちの高校は3階が1年の教室で、2階が2年、1階が3年となっている。

 それに意味があるのかはよくわからないが、階段の上り下りが毎日めんどくさい。

 そして3階の階段が終わって曲がってすぐ横の教室が僕のクラス。

 いつもならカバンを置くために立ち寄るんだけど……イジメが始まってしまうので寄ることはない。


 教室を通り過ぎて更にその先。遠く。

 曲がり角を曲がって更に奥。

 技術室やら、音楽室やら、よくわからない鍵のかかりっぱなしの部屋も通り過ぎた人のいない角の部屋。

 そのが僕だけの居場所だった場所、美術室。

 その扉を開け、中をちらっと覗く僕。

 誰もいない……。


 そして、中のいつもの席に座って数十分、今に至る。

 いやいや、俺バカすぎるだろ……。何やってんだよ。

 今朝こそは先輩が来てくれるはず……とか期待してんのかよ。

 さっきも目が合った。先輩の心を読む能力でここで待ってることも伝わったはず。


 そんなわけないだろ!

 絵を描くと約束した日から毎朝ご苦労なことで、何かと理由をつけてここに来る僕。

 放課後だって、ここにいれば会えるかもと少し待ってから帰宅する毎日。

 こんな皆勤賞なにも嬉しくない。

 いい加減思ったことと違うことやめようよ……。

 虚しい自分突っ込み。


 そんな間抜けなことをしながらも、誰もいない教室に嬉しいような悲しいような。

 気づけばもう今日からもうテスト期間だ。

 だがこの一週間、僕は全く勉強になんか手は付けられなかった。

 考えることが多すぎて。


 あの約束した日。その翌日はめちゃくちゃになりそうなくらいの頭痛に悩まされた。

 約束したはいいが、朝起きて冷静に考えてみるとやっぱりバカだったと振り返る。

 でも今更、やっぱ無理ですなんて言えない。

 時間を戻せるなら戻したい。あのまま美術室へ向かわずまっすぐ帰っていた世界へ行きたい。

 でも過ぎてしまったことはしょうがない。どうしようもできない。


 そんな悩んだ時間も無駄だったのか?

 もう悩みすぎて禿げそうになる。

 更に悩ましいのは、また会う約束をしたが日時までは全然決めていなかったこと。

 マジで面倒だらけ。


 でも約束はちゃんとしたし……。

 まあ会いたくなったら向こうからくるだろう。別に僕から探す必要もない。

 そう思い込ませることで無理やり平静を保つ。保ててないけど。

 再び僕は重い足で自分の教室へと向かっていく。



 蝉の声がさらに強くなってくる教室。

 今日のテストをすべて終えた昼前の下校時間。

 少し急いで筆記用具を筆箱に詰めている僕。

 高校生活最初のテストだというのに半分も解答欄を埋めることができなかった。


 まあ当然だろう。

 元々勉強もできる方ではなかったし……。

 別にいい大学目指してるとかそんなことでもないし、テストの点数なんてどうでもいい。

 そんな勉強なんかに時間を割く余裕なんてないし。

 とにかく少しでも心を休める時間が必要だった。

 そんな自分への言い訳。したところでどうにもならない。つらい……。


 でもテスト期間は少し好きかもしれない。

 皆テストに気を取られて僕をいじめる事も二の次だから。

 今朝はちゃんと下駄箱に上履きあったし。

 でも油断はしてられない、浦塚や飯崎に絡まれる前に教室を出なくては。

 荷物を急いでまとめ席を立ち、教室を出る。


「おっ。ヒカゲ~! そんな急いでどこいくんだよ~」


 第一声はいつも通り、飯崎。


「また覗きにでも行くんじゃね」


 続いて山口。


「みんな~不審者に気を付けて帰れよ~」


 浦塚、そして大勢の笑い声。

 教室から聞こえてくる声から逃げるように廊下を進んでいく。

 今日は絡まれる前に教室から出られてラッキーだ。

 いつもは教室から出る前に突然絡まれて、捕まえられて、イジメが始まる。

 ほんと苦手。最悪の気分になる。

 突然何かを言われてもどうにも言えない。

 うまい返しとか言えたらいいんだけど……。まあ言えたら今頃イジメられてなんてないか。

 仕方ないこと。


 でも今はテスト期間中。みんな僕のことより、テストの方が重要だ。

 テスト合間の休み時間も、出題の予想が当たった~、だの。全然解けなかった~、だの。

 そんな話に夢中で僕なんて眼中になかった。

 これがテスト週間。テスト大好き。


 そんなことを考えていたら目的地にたどり着く。

 もちろん美術室。

 ここで約30分の休憩。

 先輩を待つって目的もあるけど、もう一つの目的もある。

 他の奴らと下校時間をずらすため。


 もし帰り道でばったりなんてなったら最悪だ。

 家まで付いてこられるかもしれない。

 イジメられてる姿を家族になんか見られたりしたら……。

 恐ろしい……。

 それを思えば美術室に30分なんて何の苦でもない。


 僕は自分の席に座る。

 校庭から聞こえてくるにぎやかな声とは逆に、美術室では静かな時間が流れる。

 まるで見晴らしのいい山頂から町を見下ろしているかのような。

 そんな声すら、イヤホンで断ち切る。

 完全な無音の世界。


 そして目を閉じて考える。

 ここは僕だけの居場所。

 最近まではだけど。

 あの時風景画なんて描かなければ、こんなに頭悩ませることも無かったのかな。

 イジメられるようになるし。最悪の日々。


 やっぱり無理して身の丈に合わない行動をした僕への天罰なのか?

 でも、先輩と知り合えたのは……いいことかも?

 テレビの世界から出てきたような美人で。とても活発で人気者で。

 ……ザ・美少女って感じ。僕とは住む世界の違う人間。間違いない。


 でもたまに、寂しそうな顔。

 そう、不意に腑に落ちないことがある。それが余計に彼女のことを考えてしまうキッカケになる。

 そういや最初の出会いは最悪だったなぁ……。

 あの時は問い詰められて、先輩の顔が鼻の先まで迫ってきて……。

 女の人にあんなに見つめられてたのは初めてだった。


 先輩の顔が浮かび上がる。

 きっともの凄く情けない表情をしていただろう。自分でもわかる……。

 そんな僕の顔を見て、先輩はなんて思っていたんだろう……。


「いい寝顔」


 その声が聞こえた瞬間。反射的に目を見開くと、先輩の顔がすぐ近くに。

 妄想じゃなく本物。

 僕はそのまま仰け反り、反対側へ椅子ごと倒れ落ちる。


「あ! 大丈夫!?」


 大丈夫じゃない。心臓止まりかけた。


「ごめんごめん! 寝顔が気になっちゃって。あと起こしちゃ悪いと思って」


 気になったって、僕一体どんな顔してたんだ……。

 先輩は倒れた僕の手を取って起き上らせてくれる。

 先輩の手、すごく柔らかい……。

 って、何変なこと考えてるんだ。恥ずかしくなって顔をうつむける。


「ん? どうしたの?」


 少し屈んで僕の顔を覗き込もうとしてくる。

 必死で顔を見せまいと、首を曲げながら立ち上がる。そしてすぐに掴まれた手を離した。


「何でもないです……」


 ごまかすために、イヤホンを取り外しポケットに押し込める。


「そっか……。まあでもやっと会えたね! もう会えないかと思ったよ~!」


 笑いながら話す先輩。

 僕もそう思いました。はい。


「行かなきゃって思ってても、毎日みんなに誘われちゃって……。いや~転校生ってやっぱ大変だ~!」


 いつも廊下で見るあの笑顔の先輩。

 ここに来たければ誘いを断ってくればいい。一日くらい……。

 やっぱ僕の重要度は低いようだな……。まあ当然。


 ……。


 ……無言の時間過ぎていく。

 もう話すことないのか? 先輩! 頼みますよ!

 そんな周りをキョロキョロ見渡しても話なんて進まないぞ! 話題なんて落ちてないぞ!

 ……。てか僕が話さないから話が広がらないのか……。

 まあそうだよな。


 先輩も困ったような笑顔で僕の方をチラッと目を向ける。

 すみません……。余計緊張します。

 でもなんて話かける? わからない。

 ゆっくりと時間だけが流れる。


 この間。凄く苦手だ。大人数ならまだしも一対一でこれは……。

 何でもいい。何でもいいから話を広げる一言を!

 今まで会話を避けてきたツケが回ってきた気分だ。

 小さい脳で必死に考えた一言をひねり出す。


「転校したことないからわかりません……」


 なんだそれ! 意味不明! 広がってねーし!

 やっぱアホ過ぎる僕。死ぬわ。

 そんなどうしようもない受け答え。

 さすがの先輩も困惑しているのか、また無言の時間が流れる。

 そして、先輩の一言。


「私、何回も転校したことあるからもう慣れてるよ!」


 笑顔で。

 ……。


 予想外の返答。

 なんだよそれ……。なんかすっごく重そうな話。

 なんで何回も転校してるの? 

 もの凄く気になる。

 でも聞けない僕……。小心者には厳しいです……。


「……ここも、いつまでいるか分からないけどね」


 少し薄れた笑顔でボソりと呟く先輩。

 今すぐ逃げ出したいって気持ちでいっぱいだったけど……。いざそんな話を聞かされるとなんか寂しいっていうか、もったいないっていうか、変な感じ。


 その話、もっと詳しく聞きたいけど……。

 今すぐじゃなくていい……。また聞くタイミングがあるはず。

 今すぐはマジで無理。


「じゃあ早速だけど。描いてもらってもいいかな?」


 うまく話題を切り替える先輩。

 僕はただ頷く。


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