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Water Garden  作者: かづま
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第6話 約束

 そのまま一直線に美術室へと向かった僕。

 扉の前で足が止まる。

 ここにきて来てしまったことへの言い訳を必死に考えている。

 出てきた答えは、絵を描くことをキッパリと断るため。これだ。

 そしてもう関わらないでほしい。ここにも来ないでほしい。そう伝えるんだ。


 決心したはいいが、それでも誰も居ないでくれと情けなく様子を伺う僕。

 もちろん廊下から中は見れない。

 でも明かりはついたまま。

 ただの消し忘れであってくれ。

 そう願い、ゆっくり音を立てずに教室の扉を開く。

 しかし立て付けの悪い扉は、僕の思いを気にすることなく大きな音を放つ。


「あっ……」


 僕の予想通りに、そして期待外れに、僕の特等席に座っていたあの女子生徒が小さな驚きと一緒に顔を振り向けた。


「ここ……他に誰も……。君しか来ないんだね。それにプールも、丸見えだった」


 その驚きを隠すように少しの笑顔で。

 僕には最悪のタイミング。

 どうせ僕の事待ってたんだろ。てか今までずっと待ってたのかよ。バカかよ。誰も待ち合わせなんてしてなかったのに。


 そう思いながら僕は彼女の顔をうつ伏せた顔からチラ見。

 前回の強引さはどこへ行ったのか、絵のお願いをする素振りもない。

 ただ静かに、この教室に溶け込むように座っているだけだった。断るタイミングを失う。


「えっと……」


 困惑したような彼女の顔に、さっと目を逸らす。

 やっぱりあんな目で見られたら言ってやりたいことも言えるわけない。

 沈黙しているしかない僕。情けない。

 そんな沈黙の中、彼女は明るい口調で話し始める。


「……ちょっと暇つぶししてただけなんだけどね。……実は転校してきたばっかりで友達もまだいなくて〜。あっ、私3年だからあんまり知らないかな?」


 笑顔の彼女。

 彼女の表情を見ると、綺麗でとても素敵な笑顔だったけど僕はその顔を直視することは出来ず、また視線を逸らした。

 何でか分からないけど、素敵なんだけど、何故か違和感。

 唯一分かったのは嘘がクソほど下手なことだけ。なんだよ暇つぶしって……。

 そんな不満タラタラの僕に、先程とは変わってゆっくり、ゆっくり話し始める。


「今朝のことだけど……。あの絵、別に皆に見せるつもりは無かったんだけど……。教室でぼーっと見てたら他の人に見られちゃって」


 彼女の笑顔が少しずつ薄れていく。

 なんで教室なんかで見るかな……。

 捨てとくって無理やり持ってったのはそっちなのに。

 あの時、なんとしてでも取り返しておくべきだった。


「それで全部説明したら犯人探しみたいになっちゃって。たまたまクラスに来てた山口さんがうちのクラスの人かもってなって……」


 山口か……。なんで3年のクラスなんかにいるんだよ。

 高校に入学したばっかりなのに交友関係広すぎだろ……意味わかんないし。

 あいつが焚きつけて大事にしている光景が簡単に浮かぶ……。クソ女め。


「……もう帰ろっか。時間も遅いし。ヒカゲ君だっけ? 名前。」


 違う。僕の名前は日向真守だ。そんな最悪のあだ名で呼ばないでほしい。


「あっ……違うんだね……。ごめんなさい」


 ……え?


 僕はそれが名前で無いと声に出したわけでもなかった。

 それなのに彼女は僕に謝罪の言葉を向けていた。

 もしかして僕、不機嫌な顔しちゃってた?

 自分で自分に問うた内容に、余計に焦ってしまう。


 いや、そんなはずはない。ただでさえ気持ちが顔に出やすいから、気をつけているはずなのに……。

 それとも先輩に心を読む力があるとか……。そんなはずないだろ。

 考えれば考えるほど焦りは激しくなっていく。気持ちが落ち着く前に、僕は口を開いてしまう。


「いや、えと、日向真守……です」


「ごめんね、真守君」


 慌てた情けない声での自己紹介。恥ずかしすぎる。

 でも、なんとか名前を言えたので、少し冷静になることができた。

 よく考えたら彼女が座っている席は、僕の私物で溢れた席だ。

 たまたまスケッチブックに書かれた名前とかが目に入っただけに違いない……。

 そうやって自分を落ち着ける。


 もちろん目の前の本人に直接聞けばすぐに答えはでるだろうけど……。はぁ。

 恥じらいが浮かびそうな顔を隠すように僕はまた俯いた。

 他人とちゃんと話せないし……ましてや女子となんて……。

 いろんな考えが頭の中をぐーるぐる回る。

 そして声が聞こえてくる。


「私は蒼井凪」


 その名前。名前は知っています……。蒼井……先輩。

 僕は俯けた顔を少し上げて、様子を伺うように先輩の表情を覗き見る。

 そこには、今までと違った、優しい微笑みの表情があった。

 僕はその表情に惹かれていた。


 あの時。初めてプール泳いでいた時のような不思議な魅力があった。

 自己紹介を終えた蒼井先輩は椅子から立ち上がり


「じゃあ今日は……とりあえずさよならだね!」


 先輩の表情は笑顔に戻っていた。

 さっきの表情と違って、何故だか魅力は感じられなかった。どうして。

 そのまま帰り支度を始める先輩。


 待って。もうちょっとだけ。待ってほしい。


「……えと、どうしたの?」


 あぁ……。先輩はまた僕の心を読んだらしい。

 最悪だ。でも本当は分かってる。

 声が漏れ出してしまったんだ。どうしても。

 一言だけ、どうしても言いたいことがあったから。

 必死に言葉をひねり出す。喉の一番深いところから。

 ただ一言でいい。


「……描いても……いいですよ」


 うまく言えたか……わからない。

 少しどもったのかもしれない、変な声だったと自分でも思う。

 あぁ……恥ずかしすぎる。


 言い終わった後恥ずかしすぎて顔を見られたくなかった。また伏せてしまった。

 でもこれがどうしても言いたかったらしい僕。なんでだよ……。ため息。

 すると彼女の声。


「そっか……」


 その一言。

 そっけない言葉にも思える。

 でもそうは思わなかった。

 表情こそ見えなかったが、その声の中にある喜びが感じられた。

 僕の頭の中に優しく微笑む先輩が思い浮かぶ。


 否定するわけでもなく、彼女はただ、受け入れてくれたのだろう。

 僕はその一言に救われた気がした。

 まあ元々は先輩の方からのお願いでもあるし受け入れるもクソもないと思うんだけど。

 なぜか僕はとても嬉しかった。


「じゃあ今日はホントに帰ろ? もう真っ暗」


 彼女は先に教室を出ようとする。

 高ぶっていた気持ちを落ち着け、冷静に考える僕。

 そして僕はまた勇気を振り絞って声を発する。


「……ちょっと用事があるから……残ります。だから先に……」


 用事なんてない。

 ただ、もし先輩と帰り道が一緒だったことを考える……。

 恐ろしかった。

 絵を描く約束をしたものの、いきなり年上の女子と一緒に帰るなんて恐怖でしかない。

 何を話す? というかまともに声も出せないだろう。

 ならそれぞれ別で帰る方がいいだろう。

 そう考えていた。


「そっか……。じゃあまたここで会ってもいいかな?」


 僕は無言で小さくうなずく。


「……じゃあまたね」


 先輩は……静かな微笑みでそういって教室を後にした。

 あの先輩の表情……。惹かれてしまうのは何故だろう。

 そして一人残された僕。


 僕だけの居場所……。でも今日からそうじゃなくなった。

 また僕だけの居場所がなくなってしまった。

 でもなぜか、悲しくはならなかった。

 それよりもやっぱり、一緒に帰った方がよかったかな?


 ただ自分でも不思議だった。なんであんなお願いを聞いたのか。

 あまりにも自分勝手じゃないかとも思う。あんなことの後で……。

 おかげでいじめの標的になった。

 その張本人にやっぱり描いて?

 なんだそれ。


 でもなぜか断れなかった。というか断りたくなかった。

 自分でもわからない。自分がわからない。

 悲しいでもなく嬉しいでもなく。でも……すこし楽しみな自分がいる。

 人物画が描けるからとか、美人と二人っきりになれるからとか……。

 そんなことじゃない気がする。……いや、それでかもしれないけど。


 でもそれ以上にわからないのは……先輩のことだ。

 なんで……なんで僕なんかに絵を描いてほしいんだ……。

 初めて描いた人物画だ。そんな上手くもない絵のはずなのに。

 結局そこのモヤモヤを晴らしたいから引き受けたのかも……。


 時間だけがゆっくりと過ぎていく。

 真っ暗な夜空を見上げると月が静かに輝いていた。

 月……。やばい。

 僕は早足で教室を飛び出して、家の方へと向かった。

 出来る限りの言い訳を考えながら。


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