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Water Garden  作者: かづま
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第5話 お願い

 何とか昼休み。

 ここまでは、先生に僕の事を触れられることもなく、周りの奴らも僕に関わってくることはなかった。でも問題はここからだ、長い長い休み時間。

 とりあえずいつものように寝たふりで過ごそうと思うけど……。

 僕の気持ちはまだ動揺したままだ。

 もう逃げ出したい。……それもできない。マジで情けない。


 ……っ。

 後頭部に何か当たった。

 やめてくれ。

 再び当たる。

 やめてくれ。

 声が聞こえ始める。


「おいヒカゲー。無視すんなよ」


 放っておいてくれ。


「恭二やっぱりコントロールいいって!」


 本当に。


「またキモイこと考えてんじゃね? マジ最悪」


 お願いだから。


「おら! 返事しろよクズ!」


 浦塚に髪を掴まれ、顔を無理やり引き起こされる。

 最悪の展開。


「……。見ろよこいつ! 泣いてるぞ!」


 笑い出す浦塚。


「マジだ! キモイ!」

 笑い出す飯崎。


「ウケる~! キモすぎ!」


 笑い出す山口。

 教室中がつられて笑い出す。

 そのまま浦塚は、掴んだ僕を無理やり立たせて


「なあ、何泣いてんだよ。自分のせいだろ? イジメられて可哀想とでも思ってんのか? 甘えてんじゃねえよ。根性叩き直してやるよ」


 浦塚は掴んだ僕を床に放り投げた。

 そんな僕を見て飯崎は薄ら笑いを浮かべて


「恭二、惜しいな〜。もうちょい右に投げてたらな〜」


「は? 何でだよ」


 飯崎は窓から入った陽の光と陰の境目を指差して言った。


「ほら、もうちょっと右だったらヒカゲも太陽の光で浄化されたのにな〜と思って!」


 その一言に教室内が沸き始める。


「なんだよ、吸血鬼かよ! おもしれえ。もっかい投げてやるよ」


 興奮し始める浦塚に、山口が冷静な口ぶりで意見する。


「ちょっとちょっと、投げるだけなんて甘くない? ゴミみたいに蹴り飛ばしてやんなよ。その方が反省するでしょ」


「お、おう……。まあ、そうだよな」


 山口の恐ろしい言葉が僕の耳に響入る。

 浦塚もその提案に一瞬の戸惑いは見せたが、どうやら乗り気のようだ。口角に動きが見えた。

 このままじゃめちゃくちゃにされてしまう。何としてもこの場から離れないと。

 僕はその一瞬の隙をついて、教室の外へと逃げ出す。

 相当危機を感じているのか、体の痛みはあまり感じない。


「お〜い。そっちは日向じゃないぞ〜!」


 遠くから聞こえる飯崎の声と大きな笑い声。

 あいつらの顔。とても見ていられなかった。

 こんな状況で、どうすればいいかなんてわからない。

 ただ勢いで飛び出しただけで行く場所なんてない。


 廊下を走り抜ける僕。まだボロボロの泣き顔だろう。そして、埃だらけの制服。周りの視線を感じる。

 とりあえず、とりあえず誰もいないところへ。

 そう思い走り続ける。涙を隠すように、顔は俯けて。


 イジられるのは慣れていたつもりだった。

 誰にも相手されなかったり。相手されたと思ったら変なあだ名をつけられたり。

 適当に無視していればいいだけだと思っていた。

 僕もそんな状況を自分なりに受け入れていたんだ。

 でも、イジりとこれとは比べ物にならなかった。

 僕にはとても耐えられるものじゃなかった。

 恐ろしかった。あいつらの顔が。


 自分の事が正しいと思っていて。

 犯罪者の僕に対して当然の報いだと感じている。

 そしてクラス中がそう思っている。

 それが怖かった。


 いつの間にか辺りに誰もいない場所まで来ていた。

 誰もいない場所、僕のもう一つの……今では唯一の居場所。

 無意識のうちにそこにたどり着いていた。

 僕は制服の袖で涙をぬぐい、美術室の扉を開ける。

 でもそこには……最悪。僕に救いなんてなかった。


 教室の端っこに、椅子に座った後姿が見える。

 少しの風を感じて揺らぐ短い黒髪。半袖から見せる細く白い腕。

 そして振り返って見せる表情。

 その表情を直視することはできなかった僕は、とっさに顔を伏せた。

 そして聞こえる声。


「ここにいれば……いつか来ると思って……その……」


 いつか来ると思って? いつからいたんだよ。クソッ。


「ごめんなさい。あの時何も言えなくて……」


 今更謝ってもどうにもならないだろ。なんなんだよ。

 そのせいで僕はこの通りだ……。

 とでも言いたいけど、言葉に出来るわけでもなく。

 元はといえば僕が原因だ。

 僕は軽く首を横に振る。


「ごめんなさい。あの……顔、大丈夫?」


 首を縦に振る。

 何度も。


「本当にごめんなさい。……あの絵、破かれちゃったね」


 もうこの場にはいられない。だから美術室から出ようと体を振り返る。


「待って。お願い」


 彼女が僕を引き止める。椅子から立ち上がりこちらへ歩み寄るのを感じる。

 一歩一歩近ずいてくる度に、逃げ出したくなる気持ちが言葉に出てしまいそうだ。

 もうやめてくれ。これ以上関わらないでくれ。

 僕は彼女にそう言ってやろうと。直接言ってやろうと顔を振り向けた。

 僕の心も限界だった。

 苛立ちと、混乱と、色々入り交ざった感情に身を任せて。

 でも彼女は、そんな僕より先に口を開いていた。


「私のこと、描いてほしい」


 そうい言った彼女の表情は……やっぱりどこか寂しそうだった。

 僕はというと、今溜まっていた感情が吹き飛んでというのか……。

 突然の理解不能な発言にどんな顔をしていたのか自分でもわからない。

 それを感じ取ったのか、一歩後ずさる彼女。

 そして向こうに体を向け、そのまま背中越しで


「ごめんなさい。急にビックリさせて……。もう一度君の……絵を見てみたいと思って」


「……」


「……」


 しばらく無言の間が続く。

 これ以上どうすることもできない。どう答えていいかもわからない。

 否定するにも言葉が出ない。更に無言が続く。


 僕の無反応に彼女がどう思ったのだろう。彼女は少しづつその頭を俯けて行った。

 またしばらくの無言。

 痺れを切らしたのか、彼女はもう一度口を開く。


「ねぇ」


「……」


「お願い。描いてほしい。……嫌なの?」


 彼女の声ははっきりと僕に届く。

 少し強引にも思えるお願いに、少しの不快感を覚える。

 でもそれ以上に、どうしてそこまで絵にこだわるんだろうと言う疑問が大きく浮かんだ。

 彼女の考えが読めない。

 何を考えてるのか、全くわからない

 背中越しのまま。表情も見えない。



 疑問を解消するために彼女に質問する勇気なんて僕にはなかった。

 僕は背を向けた彼女をいいことに、何も答えることなくそのまま美術室から逃げ出した。


 今日は散々な日だ。

 殴られるし。わけのわからないお願いも言われるし。

 ……僕の居場所を奪われるし。

 ただ絵を描いただけじゃないか。

 それなのにこんな仕打ち。

 マジでひどすぎる。


 チャイムが鳴る。

 昼休みが終わって、教室に戻ってから今までずっと自分の席で伏せて過ごしていた。

 休み時間になると、小突かれたり、近くで悪口を言われたりもしたが、なんとかその状況も耐えきった。

 もうこれ以上何かされたらどうにかなってしまう。


 さっさと帰ろう……。

 急いでカバンに荷物を詰め込んでいる最中だ。

 やはり逃げることはできなかった。


「ようヒカゲー。もう帰るのかよ」


 飯崎が、また面倒がやってきた。

 もう飽きただろ。放っとけよ。無視してくれよ。


「不良生徒は居残り勉強でもしてな!」


 そういって飯崎は僕のカバンをひっくり返して振り回す。

 教室中に僕の荷物が散らばっていく。やめてくれ。

 慌てて散らばった教科書やらを慌てて拾いに行く僕。

 汚い床を這って、ホコリにまみれた教科書を追いかける。

 さぞ滑稽だろう。笑い声が聞こえる。


 教科書を拾おうと手を伸ばすと誰かが教科書を踏みつける。

 恐る恐る顔を上げるとそこには浦塚がニヤニヤ顔で見下してくる。

 小さな声が漏れる。死にたい。


「恭二~もういいじゃん。そんなやつ。早く遊びにいこーよー」


 山口の一言に飯崎と浦塚は僕への攻撃を止め、3人は教室を出ていく。

 今日は一緒に遊びに行くのか3,4人の男女がさらに後をついていく。

 テスト一週間前だぞ、勉強しろよクズ共。

 ほかの生徒たちも、帰って塾でもあるのか、足早に教室を去っていく。

 僕の事なんか気にせずに。


 拾い上げた教科書には大きな汚い足跡が。

 僕は汚れを手で払うが、完全には取れずに、薄く跡が残ってしまう。

 この跡を見る度、僕の心は今のように締め付けられるんだろうか……。

 なんにせよ、長い1日もやっと終わりだ。

 もう疲れた。強い西日が僕に照り付ける。


 また明日があることなんてわかっていたが、考えたくなんてなかった。

 とりあえず帰ろう。僕は上履きを履き替えるために下駄箱へと向かった。

 ……でもまだ最悪な1日は終わっていなかった。

 必死で、必死で終わらせようと辺りを見渡したが、どこにもなかった。

 僕の靴……。


 陰湿すぎるだろ……。ここまでするか。

 とりあえずもう一度詳しく探したが、下駄箱周辺には何もない。

 次はゴミ箱の中を探そう。そう思った時だ。

 ほかの生徒が靴を履き替えるためにこっちにやって来た。

 やばい。


 僕は今の状況を悟られないように忘れ物をしたかのように振舞って教室の方へと歩いて行った。

 知らない人にまでイジめられてるなんて思われたくない。靴を隠されたなんてダサすぎる。

 後ろ目でその生徒が去ったことを確認した後、ゴミ箱に戻り中を漁る。

 なんで僕が気を使わないといけないんだよ。情けなさすぎるだろ。

 ……靴ないし。マジでどこなんだよ。クソ。


 上履きで帰る選択肢もあった。でもそれだと家族になんて説明する?

 顔の痣の言い訳だけならまだしも、上履きで帰ったら問い詰められるに決まってる。

 今の状況を知られたら……そのことを考えるだけで自殺ものだ。

 それだけは出来ない。

 もう一度……よく探そう。


 校舎内を歩き回る僕。

 幸運にも今日からテスト一週間前なので、部活も無く、終業のチャイムが鳴ってしばらくした今、学校内にはほとんど生徒がいない。

 だからゆっくりと隅々まで探すことができた。

 でもまだ全然見つからない。


 いつの間にか強い西日は赤く染まっていて段々と沈んでいた。

 セミの鳴き声も今は消えて、夜の虫へと少しずつ変わっていく。

 僕はというと……。今、校舎の裏にいる。

 木の上に引っかけられた靴と一緒に。


 わざわざこんなとこに……。手込みすぎ。めんどくさすぎ。

 僕は手を伸ばしたがどうにも届かない。

 自分の身長の低さを恨んだ。サイテーだ。

 ジャンプしても全然届かない。


 次は石を拾い投げ、当てて落とそうかとしたが、キャッチボールすらまともにしたことのない僕。

 当然当たるはずはなかった。かすりもしない。

 しかも慣れない行為で肩を痛めてしまう。最悪すぎる。


 仕方ないので次は木を揺らしてみた。

 少し細めの木だったので揺らすことはできたがなかなか落ちない。早く帰りたい……。

 しばらく揺らし続けると、ついに靴が落ちてきた。

 やっとだ……これで帰れる。


 そう思い靴を拾おうと手を伸ばした瞬間、手にチクリと痛みが……。

 嫌な予感とともに手を広げてみると、手に数本の木の刺が刺さっていた。

 次から次へと……不幸すぎるだろ。さすがに。鬱だ。


 一本一本、爪で刺を抜いていく。

 手に広がる地味な痛みが僕の心を深く深くえぐっていく。マジで泣きたい。

 やっとの思いで全ての刺を抜き終わったころにはもうあたりも暗くなり始めていた。

 やっと帰れる……そう思い校門の方へ、トボトボと歩いていく。


 長い1日だった。

 でもまた、明日。また明日もクラス中からイジメられるんだろうな……。

 そんなこと考えたくもなかったが、どうしても思い浮かんでしまう。

 僕は振り向いて校舎を眺めてみた。

 校舎内には誰の気配もしない。

 とりあえず今日は終わり、明日は明日だ。と気持ちを切り替えようとでも思ったからだ。


 でも、僕は見つけてしまった。

 明かりが点いた教室を。

 僕の気持ちは別の意味で切り替えられた。。振り返らずそのまま帰ればよかった……。そんな後悔の気持ち。まだ今日は終わらないということを感じながら。


 職員室とかなら防犯のためか知らないけどずっと明かりはついている。

 でもあの部屋の明かりがついているのはどう考えてもおかしい。

 あの美術室。

 こんな時間に誰かいることなんてありえないんだ。


 そんな中、僕はある一つの考えが浮かび始める。

 ほんと、クソめんどくさい。放っておけばいいんだ。関わっても仕方ない。

 好きにさせておけば、いい。

 僕は帰る。もう全てどうでもいいんだ。

 そんなことを思いながら校舎に足を戻す僕。

 はぁ……。ほんと誰か殺して。

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