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Water Garden  作者: かづま
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第4話 最悪な1日の始まり

 夕焼けも消えかける時間帯。

 遠くに見える景色は赤く染まってはいるが、僕の周りは暗く冷たい。

 まるで今の僕みたいに。

 街灯の光に切り取られた暗闇の中を重い足取りで進んでいく。

 学校から10分ほど歩いた所にある2階建ての一軒家。

 表札には日向の字。


 道路から見える大きな窓からは、光と共に大きな笑い声が聞こえてくる。

 僕は家に入るのをためらい、玄関の前を行ったり来たり……時間を稼ぐ。

 それでも収まらない声に、僕はため息。そして静かに扉を開ける。

 すると家の奥から大きな声が……


真守(まもる)? おかえり! 遅かったね! 何してたの〜?」


「居残りでもさせられてたか? まあいい、ご飯にしよう! 今日はお父さんの特製カレーだぞ! ご飯大盛りでいいか?」


「兄ちゃん、はやくして〜。お腹すいた〜!」


 僕を呼ぶ家族の声を無視し、自分の部屋がある2階へと階段を上る。


「ちょっと返事してよ〜!」


 空腹を我慢できない茉莉(まり)がリビングの扉からから様子を見に来たらしい。

 その足下に、汚れたシャツを脱ぎ捨てる。


「うわっ! 何これ汚っ!? どうしたのこれ!?」


 僕は下で何か僕に叫んでいる妹の声を無視して、自分の部屋に入る。

 きれいに整っているその部屋に、僕は思わず舌打ちをする。

 それとこの部屋の床。嫌いだ。

 リビングとつながっている床は薄いらしく、いつも食事を楽しむ家族の声が聞こえてくる。


「兄ちゃん、ご飯いらないみたい。あとシャツすっごいことになってた。絵の具まみれ」


「えぇっ? どうしたの!?」


「知らないよ〜。イジメられてるんじゃない?」


「はっはっは。まさか! どうせ部活でふざけてたんだよ。お腹空いたら降りてくるだろうし、お茶入れといてあげようか?」


「あなた、気が早すぎ。来てからでいいじゃない」


 耳を澄まさなくても僕のことを話しているのが聞こえてくる。

 みんな僕のことなんて知らないで勝手なこと言いやがって。

 特に父さん。余計なことしすぎなのがマジで頭に来る。ほんとウザい。

 僕はイヤホンを耳につけ、その全てを遮断する。


 僕のことなんて、放っといてくれよ……。

 閉じ込めた叫び声が、僕の心の中に響く。

 今日の美術室の出来事に僕は相当動揺していたのだろう。

 悪いのは僕だ、自分勝手な行動で彼女を傷つけてしまった。

 ただ、最後の彼女の笑顔が違和感としてずっと心の奥に引っかかっている。


 誰にも相談なんて出来ない。相談する相手もいない。

 でも、自分じゃどうすることも出来ないし、どうしたいかも分からない。

 そんな募った苛立ちを僕は自分の本棚を荒らすことで発散した。


 床には漫画や雑誌が散乱する。

 興奮で鼓動が高まっていくが、それもすぐに収まる。

 何やってんだか……。頭わるっ……。


 ストレス解消にいいかと思ったけど、実際は自分のアホらしい行動に冷めた感じ。

 僕はそのままベッドへと倒れ込み、思い出したくもない放課後の出来事に頭を支配されたまま、眠りについた。




「真守ー! 朝ご飯できたよー!」


 7時30分。いつものように、僕を呼ぶ母さんの声で目が覚める。

 昨日は相当疲れていたのか、気絶するように寝ていたのだろう、体中が痛む。最悪。

 ぼやけた視界をこすりながら起き上がると、整頓された本棚が目に入る。

 そしてベッドの脇には新品のような制服のシャツがきれいに畳まれていた。

 こういう所が嫌いだ。


 母さんだけじゃない、父さんも茉莉もみんなそうだ。

 隠し事をしていても表情を読み取って何があったか詮索してくる。

 それで何の断りもなく余計な気遣い。ほんと最悪。


 何とか表情を悟られまいと、目を合わすことを避け続けた。

 その結果、人と目を合わせて話すことが苦手になったんだ。恨んでやる。

 家族に悟られまいと、今日もなるべく顔を合わせずに朝の準備をすませ、足早に家を後にする。


 僕はいつも始業ギリギリに教室につくように家を出る。

 他の生徒が部活の朝練や、友達と会話を交わすために朝早くから教室にいるからだ。

 だから僕はそいつらとなるべく関わらないためにいつもギリギリのスケジュールだ。

 早く教室について机で寝たフリしてても、変に関わられてイジられたりでろくなとこが無いのは分かっているから。


 でも今日は朝早くに学校に行かざるを得なかった。

 家族に昨日のシャツのことを問いただされたくなかったから。

 今までに無いぐらい急いで支度をする僕を見て、何か言いたそうな顔をしていたが、家族はいつものように僕を見送った。

 多分気を使われていたんだろう……。そういう所が余計気に食わない。

 そんなことを考えているうちに短い15分が過ぎていった。


 短い15分だけど、登校時間には長すぎる。歩くのもしんどいしもっと家が近ければよかった。

 学校についた僕は、廊下で群れる生徒達の間を縫うように進んでいく、

 とりあえず朝は美術室で過ごそう。

 今日みたいにどうしても朝早く来なきゃいけないときは始業まで美術室に引きこもる。

 あそこなら朝は誰も来ない。


 その前にカバンを置くために教室に向かおう。

 カバンを持ったまま美術室に向かうと、不自然に見えるし。

 何で教室に寄らないで移動しているの? カバン持ったままどこいくの?

 少しの注目も浴びたくない。ちょっとでも気にされるような行動なんてしたくない。


 脳内で朝の計画を練り終わった頃、1年2組の教室の前にたどり着く。

 教室の扉の向こうからは賑やかな話し声が聞こえている。

 その扉を開けた瞬間、教室にいるやつらの殆どが僕の方に目を向ける。

 いつものギリギリの時間なら先生が来たと思っての行動だろう。

 僕だと確認したら、なんの反応も無しに友達との会話を再開させる。


 その後、僕は自分の机に直行し、先生が来るまでの時間、ゆっくりと授業の準備をして時間を稼いだり、寝たフリをして過ごしたりする。

 もちろんこの時もイヤホンは必需品だ。


 今日はいつもと違って早い時間、扉を開けると視線が集まる。

 こっちを向いた理由はいつもと同じだろう。

 自分の友達かどうかの確認のため視線を向けたに違いない。

 いつものように僕だと分かった瞬間に、なんだヒカゲか。という表情を一瞬見せ、会話に戻る。

 そう思っていた。


 でも今日は僕の予想通りには進まなかった。誰も視線を逸らず、真っ直ぐに僕に目を向け続けている。

 その異様な空気に気づいた僕は教室を見回した。

 クラスメイトの顔が目に入るたびに、嫌に鼓動が早くなる。

 みんな、汚物をみるかのような蔑んだ目を僕に向けていた。

 なにかの間違いだ。


 そんな視線から逃れようと僕は自分の席に向かうが……。

 僕の居場所には、鋭い目つきで僕を睨む浦塚が座っていた。

 横には飯崎のニヤニヤと、山口の軽蔑した目が僕を迎えた。

 その場に固まったままどうすることもできない僕。いったい何なんだ……。

 そんな僕に浦塚が脅すように話しかけてくる。


「昨日の放課後、何してた?」


 話しかけられたはいいが、突然のことで、しかも僕にとっての最悪の状況で……心臓が飛び出しそうなくらい激しく動いていて、目の前がふらついて、なにも考えられないで……。変な声が漏れるだけでまともに返答することなどできなかった。


 そんな僕にイラついた表情を見せる浦塚。彼は椅子から立ち上がり、僕の胸倉に掴みかかる。

 強い力で引っ張らずとも、気の抜けた風船のような僕の体は浦塚の思いのままだ。

 すぐ目の前に、恐ろしい男の顔がある。逃げようにもシャツを掴んだ手の力は緩みそうにない。


「何か言えよ根暗野郎!」


 さらに怒号が僕に浴びせかけられる。怖い。

 鬼のような恐ろしい表情で僕を睨んでいる。

 下手に話せばどうなるか分かったものじゃない。余計話せなくなる。


「こいつビビッて何もしゃべれないんだよ」


 飯崎が浦塚の横でニヤニヤしながら的確に僕の状態を言い当てる。

 飯崎の言う通り、無力な僕には何もできない。言い訳することも、とりあえず謝ることも。

 なんでこんなことに……。

 そんなどうしようもない状況に、山口の一言で僕は絶望に落とされる。


「黙ってたらわかんないじゃん。ねぇ……なぎさんのこと、盗撮してたんだって?」


 さらに追い打ち。


「ほらこれ」


 山口の手に持たれていた一枚の紙。混乱と動揺でぼやけていた僕の目にもそれが何かはハッキリと分かった。昨日僕が描いた女子生徒の絵だ。


「盗撮……じゃなくないか? 絵だし」


 疑問に思った浦塚。胸倉をつかむ手が少し緩む。


「同じようなもんでしょ。キモイ変態野郎ってことには変わりないし。ねー凪さん?」


 教室の奥の方に振り向いた山口の視線の先には、昨日の女子生徒が立っていた。

 少し困惑したような表情で。

 そして、あの綺麗な声で返事をする。


「う、うん。でも……」


 その先を遮るように山口はやっぱり変態だと、僕をさらに罵る。


蒼井あおい先輩を傷つけやがって……。死ね! 犯罪者!」


 浦塚の僕を掴む手、そしてもう一方の手が僕の顔に拳となって飛んできた。

 殴られた勢いで、周りの机を押しのけて床にうつ伏せに倒された僕。

 殴られた。そう殴られたんだ。どうしたらいい? 言葉も出ない。

 顔が熱い。苦しい。


 浦塚はそんな僕に馬乗りになり、さらに拳を叩きつける。

 最悪の状況だった。殴られることよりも、この教室にあの女子生徒がいることの方が今の僕には辛かった。彼女はどんな気持ちでこの場にいるのかなんて考えたくもなかった。

 どうにか視線を上げた先には、飯崎が例の絵を手にもってこちらにニヤニヤ顔を向けていた。


「お前がこんなクズとは思わなかったよ! こんなキモイ絵、俺が処分してやるよ!」


 そう言った飯崎。

 きっと絵を破り捨てようとしている。

 元はといえば僕のせいだ。まったく知らない人を盗み見て勝手に絵にかいて。

 こうなるのも仕方ない。そう思う。


 でも本当は違うことを思っているのかもしれない。自分でもわからない。

 何故か僕は、心の奥底からの怒りを乗せた目で飯崎を睨みつけていた。

 気持ちだけが。高ぶった気持ちだけが僕を突き動かす。

 やめろ。

 その絵を置け。


 抑えきれない感情が、表情となって溢れ出てしまっているのが自分でもわかる。

 そんな予想外の僕の顔に驚いたのか、飯崎の体は一瞬だけビクついたように硬直する。

 なぜこんな状況で攻撃的になったのか。


 見えたんだ。飯崎が絵を破こうとした瞬間。

 蒼井 凪と呼ばれた女子生徒の顔がほんの一瞬に。

 その悲しそうな表情が。

 今も僕の顔を見ているのだろうか。飯崎を睨み続ける僕にはわからない。


「その顔はなんだ!」


 浦塚の鉄拳が僕の顔に飛んでくる。鈍い音が全身に響く。

 その一撃で溢れた怒りは消え去り、再び恐怖が襲う。

 僕の変化に緊張が解けたのか、飯崎もここぞとばかりに


「マジキモイんだよヒカゲ!」


 そういい捨て、彼は絵を破いた。

 何度も何度も。細かく破いたその絵を。

 僕の頭の上に投げ捨てた。

 目の前に舞い散る紙屑の向こうに、うっすらとした視界の先であの女子生徒を見る。


「凪さん、これでスッキリしましたよね?」


 山口が笑顔で話しかけている。


「……」


 その言葉に女子生徒の少し困惑顔が


「……そうだね。スッキリした」


 一瞬で笑顔になった。


「じゃあもうチャイムもなるし、教室戻った方がいいですよ!」


 女子生徒は山口に、じゃあねと声をかけて教室から去っていった。

 スッキリしたか……。そうだよな……

 始業を知らるチャイムが鳴り渡る。

 教室の緊張感が解け、みんな席に戻り始める。


「反省してろ。クズ」


 そう吐き捨てた浦塚も、自分の席へと向かっていた。

 僕は痛む体を必死に起こして、自分の席へと何とか座り、殴られて真っ赤になったであろう顔を机に伏した。

 しばらくして先生が教室に入ってくる。


「おはよ~う。おっ、今日はみんなちゃんと席に座っててえらいな~」


 いつも通り、朝礼が始まる。

 僕は顔を伏せたまま。

 ずっと我慢していた涙がこぼれてくる。

 最悪だ……。最悪の1日だ……。

 でも一番最悪なのは、1日はまだ始まったばかりだってことだ。

 僕は周りに悟られないように、一人静かに泣き続けた。



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