第31話 エピローグ -幻想の終わり-
それから程なくして、夏休み中に先輩は引っ越していった。
僕は夏休みの間もずっと病院生活だった。
家族も毎日お見舞いに来てくれた。あれだけの大事件だったのに……父さんはなぜか誇らしげだった。ただ、めちゃくちゃ叱られもした。
病院生活は思ったより忙しかった。治療やらリハビリやら取り調べやらなんとかで全然休まる暇もなかった。
でも、先輩と電話する時間。それが毎日の楽しみだった。
退院した後も先輩とも連絡はよく取っていた。
でも……毎日電話していたのが三日おきになって。
一週間おきになって、一か月になって。
気が付いたら、ほとんど連絡を取らないようになってしまった。
そのうち前のガラケーも潰れちゃって、データも移せないままスマホに変わって。
もう連絡する手段もない。
東京に行くって言ってたよな。
もしかしたら今日の人ごみですれ違っているのかもしれない。
でもまだ東京にいるのかどうかすら知らない。
今どこで何してるんだろうか。
先輩……やりたいこと、見つかりましたか?
……。
寒っ!
思い出に浸っている場合じゃない。
今まさに僕は生死の境を彷徨っているんだ!
誰もいない森の湖の前で1人で死ぬのはイヤだ!
とにかく考えろ考えろ!
あたふた周りを見渡していると、突然大きな電子音が鳴り響く。
いきなりの出来事に声を上げて腰を抜かすほどに驚く僕。
ス、スマホ……?
それは着信音だった。
なんだ……電波入ってるじゃん……。
僕は安心したような、情けないような……色んな気持ちでいっぱいだった。
というより、こんな時にいったい誰だよ!
僕は少し考える。
ま、まさか……。
僕は慌ててスマホの画面を確認する。
そこには。
『飯崎 着信』
そう書かれていた。
なんだ、飯崎かよ……。
僕は落胆した気持ちで受信ボタンを押す。
「もしもし……」
「おっ真守! 仕事終わったか?」
「終わったよ……なんだよ」
「いや、暇だしさ。飲みに行かね?」
「は? 今から!?」
「おう、どうせクリぼっちなんだろ! しゃーないから相手してやるよ」
「……それお前もだろ。他に友達いないのかよ」
「お前に言われたくねーよ! とりあえずさ、今どこよ!」
「ちょっとまって今見るから」
僕は通話をスピーカーホンにして、地図アプリを開いた。
そして現在地を確認すると……。
「えと……都民の森公園……?」
こ、公園……。
生死の境何て全然彷徨っちゃいなかった。
目の前の幻想も、蓋を開けてみればただの公園の湖だったんだ。
ほんと情けない……。何やってんだ僕は……。
そうだよ、湖周りがやけに綺麗だと思ったんだよ。
真実を知った僕は、安心というより自分に落胆した気持ちが強かった。
「……それって山んとこだろ? 何でそんなとこいるんだよ!!」
「知らないよ! とりあえず帰るから! 待っといて!」
「帰るって、結構遠くね? 終電大丈夫か?」
終電……。
やばそうだ。
地図アプリを頼りに、公園の出口を探す。
少し走った先に、コンクリートで舗装された道が現れる。
そして駅はこちらの立て看板……。
……。
「おーい真守―。調べたらあと10分で終電出るってよー」
「えっ! マジっ!?」
僕はコンクリートの道を真っ直ぐ走った。
「走れ走れー!」
飯崎は面白そうに電話口で叫んでいる。
「うるさい! 黙れ!」
僕は一瞬だけ止まって湖の方を振り返る。
……。
幻想的に見えていた風景。
今見返すとなんだか……。
「おい何止まってるんだよ! 急げって!」
「……分かってるよ!」
僕は湖を背に、駅へ向かって全速力で走った。
冷たい冬の風に包まれながら静かな森を抜けて走った。
遠くから、電車の走る音が聞こえてきた。
―完―




