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Water Garden  作者: かづま
23/31

第23話 叫び合う思い

「今自分が何してるのか……分かってんのか!」


 止まらない涙、湧き上がる怒り。

 震える声も隠さない。


「……おい飯崎!」


 全てをぶつける。

 でも飯崎は何も言わない。

 言わないなら、言うまで叫び続ける。


「答えろよ! 自分が何やってるか……」


「分かってるよ!」


 僕の言葉にかぶせるように、飯先が叫ぶ。


「でもこうなったのもお前のせいだろ! お、俺じゃねえよ! 蒼井さんが襲われんのもお前が悪いんだよ!」


「そんな言い訳通るかよ……。なぁ、マジで言ってるのかよ!」


 飯崎は僕の背中から立ち上がり、僕の頭を掴んで目の前に対峙させる。

 僕の顔はもう怒りと涙でぐちゃぐちゃだろう。

 飯崎の顔は僕への憎悪で満ち溢れているようだった。


「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえんだよ! いつも黙ってばっかの根暗のくせにさぁ! マジに殺すぞ!」


「……お前の方こそ、根暗なら放ってればいいだろ! 変に絡んできてウザいんだよクズ!」


 もう隠すつもりなんてない。飯崎も同じ目をしている。

 本心をぶつけないとこの状況は変わらない。


 飯崎の後ろでは、浦塚が「いいぞ、やれ」と囃し立てる。

 飯崎の後にはあいつが控えているのかもしれない。

 でも今は目の前のこいつを何とかしないといけないんだ。

 何とかしないと。


「何これ、痴話喧嘩かよ。つまんね〜」


 山口がそう呟くと、こちらにむかて何かを投げてきた。

 それは、一本のホウキだった。細い木の柄に細長いブラシが付いている。

 美術室に備え付けられたものだ。


「早いもん勝ちだから。さっさと終わらせて」


 その言葉を聞いた飯崎は、素早くホウキを手に取った。

 そして、叫びとともにホウキで僕の体を殴り付けた。

 細い柄だが、鋭い痛みが襲いかかる。


「クズはお前だろ! 全部お前の行動の結果だろうが!俺の知らないとこで好き勝手ばっかりしやがってよ!」


 飯崎の言葉と共に、僕の顔面に向けてホウキが振り下ろされた。

 僕はそのホウキを手で受け止めた。

 そのまま力一杯握りしめて離さなかった。飯崎は振りほどこうともがくが、決して離さなかった。

 そして飯崎をまっすぐ見上げて、叫んだ。


「何もしてないだろ……! 先輩も僕も、何もしてないだろ!」


「……ヒカゲのくせに反抗してんじゃねーぞ!」


 言葉の出ない飯崎、言葉の代わりに拳が飛んでくる。

 ホウキはもう飯崎の手からは離れていた。

 僕はそのホウキを投げ捨てて、まっすぐ飯崎の拳へと向かっていった。

 拳を避けることなく、顔面で受け止める。

 しっかりと飯崎の目を見据えたままで。


 その行動に不意を突かれたのか、拳を引いて戸惑う飯崎。

 反撃してやる。

 だけど、飯崎もそれを警戒しているだろう。

 慣れない僕の拳が届くとは思えない。


 だから僕は飯崎へと頭から飛び込んだ。思いの全てを。

 僕の全身全霊の頭突きは、飯崎の顔面へと突き刺さった。

 思いがけない僕からの反撃によろめき倒れる飯崎。

 当たり所が悪かったのか、鼻血が溢れ出ている。

 鼻を抑えながら立ち上がる飯崎。


「ヒカゲのくせに……ふざけんなよ……ふざけんなよ……」


「ヒカゲて呼ぶな!」


 強く、叫ぶ。


「黙れよヒカゲ! クズ!」


「もう我慢できないんだよ! 最悪なんだよそのあだ名!」


「黙れよ……黙れよ! 俺が付けてやったんだよ! ヒカゲ!」


「そうだよ! お前が付けたんだよ! クズはお前だよ!」


「根暗のヒカゲ野郎はヒカゲに籠ってろよ! なんでお前だけ好き勝手やってるんだよ!」


 お互いに、どんどん声が粗ぶっていく。

 でももう抑えることなんてできない。

 もう止まらない。


「おい飯崎。騒ぎすぎだぞ。」


 いつの間にか近づいていた浦塚。

 飯崎の肩に手を置いて二人の争いを静止させる。

 後ろには、携帯を弄っている山口。こちらには全く興味がないようだ。

 でもこいつらは関係ない。こいつらには、僕たちの怒りは止められない。

 そう思った。


「あ、あぁ……。悪い」


 しかし飯崎は、その言葉に自分の気持ちを抑えてしまった。

 僕はそれが腹立たしかった。

 更に怒りが


「逃げんのかよ……。なあ飯崎! 逃げんなよ!」


 溢れる。


「……逃げてねえよ!」


 飯崎の目に再び火が灯り、僕へと対峙する。

 でも、その行動が浦塚を苛立たせた。


「止めろって言ってんだよ。な?」


 浦塚が飯崎を威圧する。

 そして簡単に引き下がる飯崎。

 僕はその飯崎の態度が気に食わないんだよ。


「浦塚とかには良い顔ばっかりして……マジで腰巾着だな」


 浦塚の鉄拳が僕に飛んでくる。


「お前黙れよ。調子乗りすぎなんだよ」


 体中に痛みが広がっていく。

 でも自分の身がどうなろうともういい。

 体の痛みじゃもう僕は止められない。

 先輩はもっと痛い思いをしているはずなんだから。


「逃げんなよ腰抜け!」


 最後の力も出し尽くしたのかもしれない。

 でも、それでも叫び続ける。


「いい加減にしろよ」


 浦塚が目の前に立ちはだかる。

 僕は覚悟を決める。

 浦塚の後ろで……飯崎が一歩こちらに近づいて来た。

 そして浦塚の肩に手を置く。


「なぁ……いまこいつと話してるんだよ……」


「あ? 引っ込んでろよ。俺が話も出来ねえようにしてやるからよ。ヒカゲごときが」


「俺も……話したいんだよ……」


「だから、後でいくらでも話させてやるよ。今叫ばれたらめんどくさいんだよ。俺に任せとけって」


「……話したいっていってるだろ今!」


 突然、飯崎が叫んだかと思うと、その全力の拳を浦塚の顔面に叩き込んだ。

 よろめき倒れる浦塚。

 その浦塚に馬乗りになり顔面を殴打し続ける。


「いっつもいっつもいっつもいっつも俺に命令しやがってさぁ! お前の手下じゃねえんだよ! どいつもこいつも俺を舐めやがって! 俺のこと気にも留めないでさぁ!」


 しかし浦塚はケンカ慣れしているのか、馬乗りの飯崎を押しのけて立ち上がった。


「お前なんて誰が気にするかよ。調子乗ってんじゃねーぞ」


 浦塚の重い鉄拳が何発も何発も飯崎に叩き込まれる。

 それでも飯崎は見開いた眼を浦塚から逸らさない。

 そして浦塚は先ほど顔面を殴られた影響か、少し体がよろめいてしまう。


「無視すんじゃねーよ! 俺の話を聞けよ!」


 飯崎はその瞬間を逃さなかった。

 よろめく浦塚の股間を蹴り上げる。

 そして悶えるその顔面を殴り飛ばした。

 倒れて完全に動かなくなった浦塚。

 飯崎の強い言葉が浦塚を打倒した。


「無視すんじゃねーよ……」


 再び、小さくつぶやく。

 でも、その言葉は浦塚に向けられたものではない。

 言葉は、僕に向けられたものだ。僕にはわかる。


「……無視なんてしてないだろ」


「してただろ! お前が最初にしたんだろ! 根暗でぼっちなのにさぁ……なんで普通でいられるんだよ……ふざけんなよ……」


 飯崎も声を絞り出すように。

 そして流れる涙も、震える声も気にすることなく。僕に語りかけ続ける。


「……怖くないのかよ! 1人でいることがさぁ! 皆に嫌われることがさぁ!」


「何言ってるんだよ……。そんなこともわかんないのかよ」


「わかんねえよ……なんで1人でいられるんだよ! 俺がかまってやってんのにさあ!」


「かまってやってる? ……意味不明だろ。それが一番迷惑なんだよ! 自分が人気者になりたいがためにだろ! 皆の前で僕をバカにしたことも!」


「そんなんじゃねーよ……! お前を仲間に入れてやろうとしてたんだろ!」


「仲間に入れる? ふざけんなよ! 仲間とか、友達とか、そんなのいらないんだよ!」


「……俺は友達じゃないかったのかよ」


 お互い涙で濡れて充血する目を見開いたまま、真っ直ぐ相手に目を合わせている。

 飯崎は叫び続ける。


「……昔はいい奴だったのにさぁ。いつからそんな奴になり下がったんだよ!」


「変わったのはお前だろ!」


 堪らず飯崎に掴みかかる。


「覚えてるだろ……小6の」


 訴えかけるように。

 そして飯崎は少し言葉に詰まったように


「……いつまで引きずってんだよ! そんなこと……」


「僕はお前に裏切られたんだよ!」


「知らねえし……」


「お前のために描いたんだよ……必死になって」


「別にそんな頼んでねえし……」


「責められたお前のために怒ったんだよ……なのにさ」


「勝手にやっただけだろ……」


 僕から目を逸らす飯崎。

 そんな飯崎に訴えかける。

 僕は必死になって。涙声で訴える。


「話せよ正直に! ……聞くから」


 ただ、頭に浮かんだままを言葉にする。

 涙のせいでうまく言えなかったかもしれない。

 でもその言葉は飯崎に届いた。

 飯崎は再び、僕に目を合せて語り始めた。


「嬉しかったよ! 絵を描いてくれたこともさぁ! 助けてくれたこともさぁ! でもさぁ……」


「なんだよ。言ってくれよ」


「俺だけが責められてたのに、マジで嬉しかったよ……。でもやりすぎなんだよ! 相手を突き飛ばして……そんなの頼んでねえよ!」


 飯崎が僕に訴えかける。


「そのせいでさぁ! 孤立しやがって!」


「仕方なかっただろ! 助けてやったのに見捨てて……」


「見捨ててないだろ!」


「見捨てただろ! 裏切って!」


「助けようとしてただろ! マジで分かってなかったのかよ!」


「いつだよ!」


「ずっとだよ! あれからずっとかまってやってただろ……。お前が孤立しないようにさぁ……」


「なんだよそれ」


「あれから……お前が1人っきりでいるから……助けようとさぁ……」


「そんな理由で僕のこといじったり……みんなの前でバカにしてたりしたのか?」


「お前が喋らないからさぁ! ……そうするしかなかったんだよ。あだ名もつけてさ。みんなが親しみやすいように……」


「……ふざけんなよマジで。なんなんだよ」


「1人っきりでいるよりましだろ! なのにさぁ……せっかくかまってやってたのにさぁ! ずっと暗い顔で、俺のこと無視し続けて……なんでそんな顔でいられるんだよ」


「……お前のそういうとこがほんとに嫌いだった。周りにヘラヘラ必死に取り入ろうとして、僕まで巻き込んで……。それが全部僕のため? 今のいじめも全部助けようとしてやったことなのかよ!」


「あれはお前が悪いんだろ……。今までのことも……蒼井さんのことも何回もやめとけって警告したのにさぁ……。全部無視しやがって……! 自業自得だろ……今までの罰だよ……」


「人の気持ち考えたことあんのかよ。自分勝手はどっちだよ」


「違うんだよ……」


「何が違うんだよ。僕だけならまだしも……お前のせいで先輩まで! マジで自分のしてることわかってるのかよ!」


「ただ……助けたかっただけなんだよ……」


「……もういいよ」


「友達で……いたかっただけなんだよ……」


 泣き崩れる飯崎。

 飯崎は本当に僕を助けたかっただけなのかもしれない。

 僕との関係を必死に繋ぎとめたかっただけなのかもしれない。

 だったら……。そのまま僕と友達でいてくれるだけでよかった。


 でも結局、人気者になりたい、孤立したくないって気持ちが僕より強かったってことじゃん……。

 今思うと、全部無視し続けてきた僕も悪かったのかもしれない。

 それでも、飯崎のしたことは絶対に間違っている。

 そんな自分勝手で他人を不幸にしていいわけがない。


 早く先輩の所に行かないと。

 浦塚は倒れたまま起き上がりそうにない、山口はいつの間にか姿を消していた。

 もうここには用はない。泣き続ける飯崎を置いたまま、僕は美術室を飛び出した。


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