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Water Garden  作者: かづま
17/31

第17話 笑顔

 そしてスケッチブックの上に。

 静かに、先輩の姿を映し出す。

 暫くの沈黙。

 ただ、待つだけ。

 すると先輩、ゆっくり口を開く。


「誰もいないと思ってたのに。あの時は」


 水に抱かれながら、先輩が話しかける。


「すみません……。僕も誰もいないと思ってました」


「ここも意外と誰かに見られてるかも」


「さすがにいないと思いますよ。誰も」


「そうだね。真守君だけだよね」


「あっ。……そうですね」


 先輩を、描き続ける。


「なんで描いてたの?」


「え?」


「私のこと」


「えと、上手く言えないですけど……。なんて言うか、表情が気になったっていうか……」


「……今もその時と同じ感じ?」


 そう。

 あの時と同じ顔。

 美しくて、どこか寂し気で。

 僕は静かに頷いた。

 暫くの沈黙。


 先輩を、描き続ける。

 時間は流れ続けるように。


「……真守君」


「……はい?」


「やっぱり、飯崎君のこと聞きたい……」


「それは……」


「……ごめん」


「……」


 僕は深く、深く息を吸い込んだ。

 そして、その全てを吐き出すように。


「……飯崎とは、昔っから付き合いあるんですよ。幼馴染っていうか、まあそんな感じです」


「……仲良かったんだ」


「まぁ、小学校の時は、恥ずかしいですけど。相棒って言い合ってました」


「いいね、そういうの。憧れる」


「まあそれも中学までですけどね。後はまあ、こんな感じです」


「……。いつからあんな感じになっちゃったのかな……」


 話す前に一言。

 これだけ。


「正直に話しますね。だから聞いてください」


「……うん」


 水に抱かれたままの先輩は少し微笑んでうなずく。


「小6の時ですね。夏休みの宿題で、絵を描くってのがあったんですよ。テーマは……なんだっけ」


「真守君の得意分野だね」


「まぁ。僕は絵、好きだったから良かったんですけど、あいつド下手で。見られるの恥ずかしいから描きたくないって、代わりに描いてくれってお願いしてきたんです」


「引き受けたんだ」


「あんまり乗り気じゃなかったんですけどね。相棒を助けるためだ、とか思って引き受けました。やるからにはいい絵を描くぞって、バカみたいに張り切っちゃって。……それが悪かったんです」


「どうして?」


「その宿題。知らなかったんですけど。なんかコンクールに出す用とかで……。飯崎の提出した絵が学校の代表に選ばれちゃったんです」


「おぉ、すごい。……でもなんか喜べない状況だね」


「そうなんです。で、僕もかなり悩んで、本当のこと言った方が良いって思ったんですけど……。飯崎はどうしても黙っててくれって聞かなくて」


「うん……」


「でも、クラスで飯崎の絵が下手なこと知ってるやつがいて。ズルしたとか、卑怯者だとか、最低とか、騒ぎだしたんですよ。それがなんか、クラス中で盛り上がっちゃったんですよ。全員が飯崎を責めてました。」


「大変なことになったね……。真守君はどうしたの?」


「えと、飯崎もそのことで何も言い返せなくなってて、泣きそうな顔になってたんですよ。それ見ちゃって、僕も責任感じちゃって。それでそいつに思いっきり言い返したんですよ。飯崎は悪くないって。描いたのは僕だって。飯崎を責めるお前の方が最低だって、確かそんな感じで……」


「じゃあ、怖い顔で怒ったんだ」


「恥ずかしいですけど、まあ多分……。小学生だったんでまだ落ち着いてなかったって言うか……。まあそれでそいつと掴み合いの、ちょっとしたケンカみたいになっちゃったんですよ」


「真守君、結構ケンカしてるね」


「たまたまですよ、ほんとに……。で、その弾みで、突き飛ばしちゃったんです。そいつのこと。そんなつもりは無かったんですけど、力入ってたみたいでよろけて頭打っちゃって」


「うん……」


「なんか大泣きしちゃったんですよ。それで僕が全員から責められたんです。やりすぎだって。暴力は最低とかも。それで、謝れってみんなに怒鳴られたんです。」


「それで飯崎君が助けてくれたの?」


「……逆ですよ。裏切られたんです。飯崎のやつ、泣いてるやつに駆け寄って、みんなに責められる僕に、やりすぎだし謝っとけ。って言ったんです」


「そっか……」


「僕、なんかすごくショックで、どうしようも無くなって、その場から逃げ出したんです……。助けたのにそんな風に言われると思ってなかったし、相棒だったのにって。ほんと虚しくなりました」


 自然と流れそうになる涙をぐっと堪える。


「それから飯崎君とは……」


「まあ、飯崎っていうか……。えと、クラスで孤立しちゃいました。飯崎は、なんかその相手と仲良くなってるし。意味わかんなかったです」


「それからあんまり話してない感じ?」


「いや、そうだと良かったんですけど。最悪なことに、中学校もずっと一緒のクラスだったんですよ。あれから僕、……面倒なことに巻き込まれたくなくなって、あんまり他人と喋るのも避けてたんですよ。それでも飯崎は変に絡んできて、僕のことイジリ始めるんです。毎日毎日。クズ野郎ですよ。ヒカゲって最悪のあだ名も中学の時にあいつが広めたんです」


「ひどいね……」


「助けてやったのに、庇ってやったのに……。あの恩知らずの裏切り者は許せません」


「そうだよね……。だからあんなに怒ってたんだ」


「まあ、そんな感じですね」


 流れそうになる涙を先輩に悟られないように、少しずつ静かに拭う。


「全部話してくれたね」


「まあ……。やっぱり大変だし勇気いりますね。まあでも話すとなんか楽になりました」


「ならよかった」


 微笑む先輩。

 そしてしばらくして水面から立ち上がり、


「話聞き入っちゃったし、さすがにちょっと寒くなってきたかな」


 そう言って僕の方へと歩み寄ってくる。


「えと、大丈夫ですか? ずぶ濡れ……」


「あっ」


 先輩は、自転車へ駆けていき、自分のカバンから取り出したものをこちらに掲げ見せる。


「タオル……」


「いつも持ち歩いてるよ」


「準備いいですね」


「まあね~。天気も良いし、服もすぐ乾くと思うから大丈夫だよ。真守君も使ってね」


 先輩は、頭をタオルで拭きながら、別の新しいタオルを僕に手渡した。


「ありがとうございます」


 僕も沈めていた足を引き上げて、手に取ったタオルで水滴を丁寧に拭いていった。


「絵の方はどんな感じ?」


「あっ。何枚か描けましたよ」


「見てもいいかな?」


「……はい」


 タオルで手の水分を取り、そして絵を手渡す。

 先輩の微笑み、数枚。


「前も、こんな感じに描いてくれたよね」


「はい」


 一枚一枚、丁寧に絵を眺める先輩。

 先輩は、絵を顔に映したように、同じ表情でいる。


「あと、これも」


 そして、もう一枚。先輩に手渡す。

 他とはまた違った表情を描いたもの。

 水の中に揺れる先輩の絵。

 他の絵とは違って、じっと見入る先輩。


「やっぱりこんな顔してるんだね」


「……はい」


 そういった先輩の表情は絵と同じように、寂しそうに。


「一番最初の絵もこんな感じだったよね」


「多分。そうですね」


「……真守君は、これどう思う?」


「えと……すごく良いと思います」


「そっか」


 そのまま暫く黙り込む先輩。

 そして出た言葉。

 こちらをまっすぐ見て。


「そういや、真守君の笑ってるとこ見たことないな」


「えっ。そうでしたっけ……?」


「うん……」


「なんか、すみません……」


「笑ってよ」


「えっ? 今ですか?」


「お願い。笑って」


「……」


 僕、精一杯の笑顔。


「ど、どうですか……」


「なんかぎこちないって感じ」


「えぇ……」


 そりゃ無理矢理やらされてるんだから、不自然にもなるよ……。


「多分こんな顔してるよ」


 先輩、僕の顔をまねて、すごく変な笑顔。

 思わず吹き出して、笑ってしまう。


「あっ。笑った!」


 そんな僕に、先輩は微笑みで返してくれる。

 僕も、照れた声で微笑み返す。


「笑顔も見れたし、今日はなんかいい感じ」


「めちゃくちゃ恥かしいですけどね」


「その絵、貰ってもいい?」


「良いですけど、仕上げとかまだしたいんで、もう少し持ってても良いですか?」


「わかった。じゃあ出来たらまた連絡して」


「わかりました」


「……そろそろ行く? 長居しちゃったし」


「えっ。もうそんな経ちました?」


 気づけば、青と緑に彩られていた水の庭は、朱色に染まった日の光に溢れていた。

 蝉の声も今もう消えて、ヒグラシの声が過ぎ去った時間を告げていた。


「服……乾ききってないけど、まあ大丈夫かな。暗くならないうちに行こっか」


 先輩は自分の服を適当に確認して、靴を履きなおし自転車の所へ歩いて行く。

 僕はその場で立ち上がり、振り返り、もう一度この場所を見渡す。

 短い時間だった。あっという間だった。

 でもここに来れて、よかった。


 この空間。絵を描く2人の時間。

 そして先輩の微笑んだ表情。

 かけがえの無いものを手に入れた。そんな気がした。


「真守君、はやくー!」


「あっ、今行きます」


 ただ、一つだけ分かったことがある。

 確かに感じ取れたこと。

 この広がった夕焼け空にポツンとできた雲影のように。

 それは先輩の笑顔。


 笑顔……。

 その意味が分かった。


 先輩が笑顔になるとき。

 それは本心を隠しているときだ。

 確かに、そう感じ取れた。


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