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Water Garden  作者: かづま
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第15話 上り坂

 コンビニからは数十分ほど走っただろうか、僕たちの行く道に並んでいた田んぼや住宅は少なくなり、増えてくる樹々や川の流れ。

 町の纏わりつくような暑さは遠く、自然の澄んだ涼しさを感じ始める。


 境界は分からなかった。でも気づいたときには、山に迎えられているかのようだった。

 風に揺られる葉が、降りてくる日の光を柔らかくしている。とても心地よい。

 同じアスファルトの上だけど、全然違う。


 しかし、風景は変わっていくが、僕の心には相変わらずモヤモヤが。

 後ろ姿で見る先輩は、とても生き生きしているように見えたが……。

 流石に疲れてきている様子。息切れが目立ってきている。

 漕ぐのを任せすぎだろ、と自分にツッコミ。


 でも、先輩に運転代わりましょうか?の一言が言えないでいる。

 違う。言えたのは言えたんだ。さっき。

 ようやく決心がついて一言。

 運転代わりましょうか?


 でもその声は、蝉にかき消されて先輩には届かず……。

 あぁ。クソ。蝉なんて大嫌いだマジで。


 あれからずっと、黙々と自転車を漕ぎ続ける先輩。

 どこに行くのかはまだ分かっていない。

 でもどこに進んでいっているのかはわかる。

 町から続く。ずっと続く一本道。

 山に向かっていた。

 山奥に。

 それだけ。


 ……すごく不安。かなり不安。

 山に進むにつれ、次第に坂道が増えてくる。

 その坂に差し掛かる度、まだ緩い坂だけど速度は大幅に落ちていく。

 本当に申し訳ない……。速度が落ちるたびにそんな気持ちが膨らんでいく……。

 後何回坂を上るんだろう。


 というか先輩。いったいどこまで行くんだ……。

 ここまで来られただけでもすごい体力。先輩の新たな一面を知れた。

 しかしこの先も大丈夫なのだろうか……。

 募る不安。


 そして、ついに大きな坂が目の前に。2人の行く手を阻むように居座っている。

 さすがの先輩もこの坂は……。

 その不安はすぐに的中する。


 速度と漕ぐ力が足らず、坂の序盤で、先輩はバランスを崩してしまう。

 それを覚悟していた僕も、何とか転ばずに足を地面につくことが出来た。

 先輩はこっちを振り向き


「真守君大丈夫?」


「な、何とか……大丈夫です」


「ごめんね。行けると思ったんだけどな~惜しい」


 全然惜しくもなんともない距離だと思います。はい。

 頂上は遥か先です。


「惜しかったですね」


 でもここは優しい嘘。


「さすがに山道で2人乗りは無謀すぎたかな~」


 息切れまじりでそう言った先輩のちょっと悔しそうな顔。

 そんな表情。初めて見た気がする。

 なんでか分からないけど、少し気分が晴れていく気がする。


「じゃあここは歩いて行きましょうか」


「そうだね。ここ登ったらもう少しだから!」


「いつもは最後まで行けるんですか?」


「1人だと行けるんだけどな〜。だからちょっと調子に乗っちゃったかな。ごめんね」


 照れ臭そうに微笑む先輩。

 とりあえず……僕の方も謝っておこう。このタイミングしかない。


「大丈夫ですよ。それより、ずっと漕いでもらってて……。なんてか、悪いです」


「全然大丈夫だよ〜! 楽しかったしね」


「なら良かったです。……でも、疲れるでしょうから帰りは僕が運転するんで」


 やっと言えた。遅すぎるが……。

 まあでも言えないよりはマシだろう。


「……そうだね。じゃあ任せようかな!」


 笑顔で答えた先輩。

 逆になんか不安……。変に思われていたらどうしようか。

 先輩って、なんて言うか。ほんとの所はどうか分からない。そう思う時がたまにある。

 まあ人の心の内なんて分かるわけないんだけど……。

 う~ん。またモヤモヤが……。


 そんな考え込む僕を置いて、先に自転車を押して坂を上り始める先輩。

 あぁ、置いてかないで。

 必死に後を追う僕。

 でも、その差は中々縮まらない……。

 やっぱり先輩……意外と体力ある。


 年中絵を描いてばかりの根暗な僕には過酷すぎる坂道。

 早くも息が切れてきた。

 待って……。早すぎる……。

 そんな悲鳴も声にならない……。


 アスファルトの坂道を一歩一歩踏みしめる。

 蝉の声が僕を早く上れと煽るように聞こえる。あぁうるさい!

 坂の頂上まであと少しなのに、その少しが僕にとっては永遠のように。

 この時すでに上り終わった先輩の姿が余計に僕を焦らせる。

 もう少しだ。そこにいったい何があるんだ……。

 町を見渡す綺麗な景色とかだろうか。


 期待感って程いいものじゃない。どうせそんなもんだろう。早く着いてくれ。そんなネガティブな思いが湧いてくる。あぁ、ほんとに僕って性格悪いな……。

 しかし、そんな考えも甘く、坂の上にたどり着いた僕を待ち受けていたのは、更に長い坂だった。

 そうだよな。町を一望できるような場所ならまだまだ登らないと駄目だよな。


 ……その場に倒れこみたい。何ならもう帰りたい。

 目の前の絶望に直面している僕。しかしそこには先輩の姿がない。

 まさかもう上り切ったのか!?


「おーい、こっち~」


 声の方を向くと、アスファルト道を外れた獣道へと自転車を押す先輩が手招きしている。

 まぁそうですよね。さすがに上りきってはいないか……。

 もうこの坂道を登らなくていいと安心する反面。平坦そうな道だが、整備もされていない、人がやっと1人通れるぐらいの草木が生え放題な道を進まなければいけないという不安が……。


 いや、どちらかというとこっちの方が嫌だ……。

 しかし、僕を置いて先輩はどんどんと奥へと進んでいく。

 再び必死に追いかける僕。


 伸びた草が足元、更には体や顔にまで絡みついてくる。

 小さな羽虫たちが僕の行く先を飛び交い、不快感を煽る。

 気持ち悪い……。


 不意に顔に糸のようなものが触れるような違和感。

 うわっと手で払いのけるが、特に何かがついているわけでもない。

 しかし、ふと目に入った木々に、大きな蜘蛛とそれが張ったと思われる巣が。

 まさかさっきの違和感も蜘蛛の巣……?

 不快感が限界突破……。全身の毛が逆立つ。

 とりあえず先輩に早く追いつこう。


 そう思って早歩きでもしようと思ったが、獣道の片側が崖のような斜面になっていってるのに気が付く。

 もしここを落ちてしまったら、どうなるのだろうか……。命の危険が……。

 そんなことを考えると、慎重に歩くしかなくなる。

 一体この先に何があるんだ……。

 不安ばかりが膨らんでいく。


「もうすぐだから」


 少し先に進んだ先輩が僕に呼び掛ける。

 その言葉を信じて、それだけを頼りに進み続ける。

 少しずつだけど、小さな音が聞こえてくる。


 何の音かもわからないくらい小さな音。

 蝉の声に隠れ、はっきりとは分からないけど。微かに。

 その音は、道を進むにつれて大きく、鮮明になっていく。

 音と先輩を頼りに茂みを進み続ける。


 そして音もはっきりと、その正体が聞こえた時。

 立ち止まる先輩に追いついた時。

 その先にあるもの。

 目の前の光景に僕は……。

 心を飲まれてしまっていた。


「ついたよ」

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