第12話 電話での約束
「いいことあったの?」
少し俯いたままの僕に顔を近づけ、覗き込む先輩。
とっさに顔をそらしてしまう。やっぱり直視されるとはずかしい……。
先輩はまた僕の気持ちを的確に当てた。
顔も俯けていた。感情も出さないように注意していた。なのに先輩は僕の顔をチラッと見ただけで心を見透かした。超能力なんかじゃない。
先輩も人の表情をよく見ているんだ。こんな僕のことでさえも…‥。
「なんでですか?」
「ん? なんか嬉しそうな顔してたから」
僕の思った通りだ。
僕のことも他の人と同等に見てくれている。
でも、同時に些細な変化も見られているということ。
その事実に嬉しさと恥ずかしさを覚える。
「まあ……。それより、昨日はすみません」
「……あぁ、気にしないで大丈夫だから!」
あはははと笑顔の先輩。
「昨日の空メール。僕が送ったやつなんで……」
「え、メール? 何の話?」
笑顔からキョトンと、表情を変える先輩。
多分僕も今、そんな顔だろう。
「いや……。昨日、先輩の番号にCメール送ったんですけど……」
とりあえず説明。すると先輩
「えーっと。多分来てないなぁ~。Cメールってなに?」
おいおい……。嘘だろ。
僕は携帯を取り出して、画面を向けて先輩に説明する。
「……電話番号にメッセージ、これで送れるはずなんですけど。ここ、このCメールって……」
すると先輩は、自分の携帯を取り出して、確認し始めた。
「う~んないなぁ。ショートメッセージってのだったら出てきたけど」
しばらく2人でう~んと考える。
Cメールとショートメッセージ。なんで名前が違うんだ?
自分の携帯を再度見てみる。そして先輩のと見比べて。
「あっ。ドコモ……」
「え? そうだけど」
「僕のau……。もしかして、他社同士じゃできない……?」
なんという失態。間抜けすぎるだろ。ものすごい恥ずかしさと絶望感。目の前が真っ白になる。
何も考えられずに、ただただテンパって「い、今送ってみますね」先輩の了承も得ないまま再送を試みる。
しかし送信はできたものの、先輩の携帯は一向になる気配はない。
何やってんだよ僕は!
「す、すみません……連絡はしたんですけど……」
なんか先輩にものすごく申し訳ない。
そんな僕を先輩はやさしく微笑んで
「そっか……。連絡はしてくれてたんだね」
そうつぶやいた。
「でも電話してくれたらよかったのに!」
そしていつもの笑顔に戻った先輩。
仰る通りです、はい……。
「いや、いきなり電話は……。なんていうかハードル高いです」
「え!? そっか~」
少し驚いた様子の先輩。
先輩の周りは明るくてイケイケな人が多いからだろうか。
今まで僕のような根暗男子とは付き合ってこなかったから、そんなことも分からないのだろう……。なんか現実を突きつけられた気分で少しショック。
「……じゃあ、今かけてきて。そしたら真守君の番号も分かるし!」
「えっ?」
そう言って先輩は、僕から歩いて離れて行き、教室の端に僕に背を向けたまま立ち止まった。
なんていうか、先輩のこういう部分。すごく突発的で、子供っぽいっていうか……思い付きで行動してるような節もあるんだけど……。先輩のそういったところ、僕は好きだなぁ。
普段廊下で見る先輩と違って、なんていうかすごく自然体な気がして。
……どうしてそう思うのだろう。
考え事をしてると、先輩は早くーと言わんばかりにこちらに振り向き手を振ってきた。
僕は携帯を開き、先輩の番号に発信し、耳に携帯を当てた。
先輩はの様子を見届けると、また僕に背を向けた。
この瞬間、とても緊張する。
先輩が目の前にいて、電話に出るということも分かっているんだけど。
1回コールが鳴る。
心臓の高鳴り。なんせ女子への初めての電話だ。
先輩の方からは着信音は聞こえない。マナーモードにしているんだろう。
2回コールが鳴る。
なんて話す? 目の前にいるのに! 状況が特殊すぎるぞ!
3回コールが鳴る。
てか先輩早く取ってよ! なにしてんだよ!
……現在電話に出ることができません……ピーッという発信音の後に……。
結局出なかった……。何がしたいんだ……先輩。
先輩はまだ背を向けていて表情も読み取れない。
どうすればいいんだ……。明るく「電話とれよー!」とでも突っ込めればどんだけ楽か。
どこまでも僕を惑わす先輩。からかわれているのか?
すると、僕の携帯の着信音が突然大きく鳴りだす。
その音に慣れていない僕。かなりビビって体が跳ね上がる。声が漏れそうなほど。
先輩が見ていなくてよかった……。
こんな時にいったい誰だ?
携帯の画面を見てみると、見慣れた番号から。
先輩だ。
先輩の方に視線を移してみると、耳元に携帯を当てている。
それを確認した僕は、先輩からの電話を受け取る。
大音量のコール音が消え、教室は静かになる。
僕は耳元に神経を集中させ、先輩の言葉を聞きとる準備をする。
「もしもし」
先輩の声が、僕の耳に入ってくる。
「……もしもし」
その呼びかけに応えるように。
「ごめんね。さっきは出ないで」
「……大丈夫ですよ」
「なんていうか、私からかけてみたくて」
その声の感じで、顔は見えないけどなんとなく先輩のやさしく微笑む表情が頭に浮かぶ。
「なんでだろう、真守君ってすごく話しやすいね」
その言葉の意味が分からなかった。
僕から見て先輩は誰とでもすぐに打ち解けて楽しく話せる印象だ。
逆に僕とはどこかギクシャクしたような……。まあ僕の会話能力が低いからなんだけど……。
「そうなんですか」
そう言うしかなかった。
「……また、会う約束の時は電話してもいいかな?」
「いつでもいいですよ」
「じゃあ今日、この後すぐ。美術室で、絵を描いてもらってもいい?」
「え。……もちろんです」
「じゃあ切るね」
「……はい」
電話が切れる。
そして先輩が振り返って、あの微笑みのまま、窓際に置かれた椅子に座った。
僕も、その椅子の前まで移動し、スケッチブックを用意する。
先輩との初めての電話は、なんか最初は恥ずかしい感じでいっぱいだったけど、話し始めてみればそんな気持ちも薄れて行った。
不思議と、何も考えずでも言葉が出るような感覚。
先輩の思い付きの行動も、客観的に考えるとものすごく変な気もするけど……。
少しずつ、僕に慣れてくれているようで、段々と僕に気を使わなくなってる感じ。いい意味で。
そこが少し嬉しいかな。
小っ恥ずかしさもあったけど、不思議と気にならなくなっている。
2人きりだからなのか。
「じゃあ始めます」
僕は鉛筆を手に持ち、先輩に視線を向ける。
「お願いします」
いつもの先輩の満面の笑顔とは違う。
この部屋の静かな雰囲気に合わすような、見逃してしまいそうな小さい微笑み。
そんな先輩の表情に、惹かれていく。
初めて会った時のように。
夏休みまでの時間はすぐかもしれない。
この空間が、この時間がずっと続けば。
そう願っていた。
でもさっき、電話で先輩は言ってくれた。
別にこれを描き切れば終わりなんてことはない。
いつでも、描きたくなったら、描かれたくなったら。
また会うことができるんだ。
僕はスケッチブックに鉛筆を滑らし始めた。
何の迷いもなく。描くことができる。
そう思った矢先だった。
ガラッと誰かが扉を開いた。
まただ、毎回いいところで邪魔されてしまう。
まあ、また美術の先生か他の部員だろう。
とりあえず適当にあしらおうと振り向いた先。
美術室の入り口に立っていたのは、飯崎だった。
引きつったような笑顔で。
……その笑顔。
面白くない時の笑顔が。
「真守……と、蒼井さん……? 何やってんだよ……」
めんどくさいことになりそうだ。




