第11話 テスト期間の終わり
半分も開ききり、教室の全景が目に入る。
やはり皆、勉強の追い込みに熱中していて僕のことはあまり気に留めていない。
聞こえる話し声も、テストの話ばかり。
さすがテスト最終日って感じ。
少し安心し、僕は自分の席に向かおうとした瞬間だった。
目に入ったのは、僕の席に座っている飯崎。なんでだよ。
浦塚と山口といつものように談笑している。
断片的に聞こえてくる会話は、テストとは全く関係のないもの。勉強しろよバカ共。
どうすることもできず、教室の入り口に突っ立ったままの僕。
そんな僕に気づく飯崎。
「おいヒカゲー!」
浦塚と山口の視線もこちらに向く。
あいつらを無視して教室を出ていくわけにもいかず、僕は何もできず棒立ち。
「無視すんなよ!」
それを見かねた飯崎が僕の所にきて、浦塚の前まで背中を押して歩かせる。
浦塚の前に立たされた僕は、その視線から目をそらすように、さらに俯く。
やっぱり今日も最低な一日が始まるのか……。
そう思うと、もうどうにでもなれと、全てを身に任す。
それは覚悟なんてかっこいいものじゃない。
ただの諦め。
浦塚は席から立ち上がると、僕の肩に手を置く。
それに情けなくもビクつく僕を、席へと押し座らせた。
え?
呆気にとられる僕。
「飯崎から聞いたぞ、ヒカゲ。反省したんだってな。お前に構うのも飽きてきたし。もうすんじゃねーぞ」
飯崎が……。
口だけじゃなかったんだな。
予想外すぎる展開に少しついていけない。
「おい返事は?」
ドスの聞いた浦塚の声に、また情けなくビクついてしまう。
「まあまあ恭二。ヒカゲだし、いつものことだろ~」
浦塚をなだめる飯崎。
「ちょっとはその暗い性格直しとけよ」
そう言い捨てて、浦塚は自分の席へと戻っていった。
「まあ、凪さんも許すって言ってたから恭二も納得したんだからね~。凪さんかわいいのは分かるけどこれに懲りたらもうキモイことはやめときなよ」
浦塚の後を追うように山口も自分の席へと向かった。
そうか先輩も……。
察するに、絵のお願いのことは話していないみたい。
まあ先輩の方も変に話が広がると迷惑かもしれないし……仕方ないか。
何にせよ、助かった。
「あいつらも悪い奴じゃないからさ。ちゃんと説明したらわかってくれたよ。マジ苦労したけどな~」
恩着せがましく。こういう所がウザい。
「まあ後はお前次第だな。恭二の言う通り、その性格。マジで何とかした方がいいぞ」
「……言われなくても分かってるよ」
「じゃあちょっとは変える努力しろよ~」
「……うるさいな」
「なんだ~? やっぱ反省してないのか!?」
冗談交じりに飯崎。
「なんていうか……助かった」
一応。お礼なんて言いたくないけど。上辺だけ。
「おう。もっと素直に言えよ。あと笑顔も」
にっと笑顔を見せる飯崎。
「別に面白くないし……」
「面白くなくても笑ってりゃいいことあるんだよ。笑う顔には福来たる~とかいうじゃん。合ってる?」
僕は感情がすぐ表情に出る。言い換えりゃ愛想笑いなんてできない性格。
逆にこいつはいつもバカみたいに間抜けな顔でヘラヘラ笑っていて……。
いつもならそう思っている。
でも今日は少し違った風に感じ取る。
面白くない時も笑顔。その言葉。
単純な疑問が浮かんだ。
そんな無理して笑う状況ってどんな時なんだろう。
「おっ、そろそろチャイムなるし、席戻るわ。もう蒼井さんに手出すなよ。じゃあまた後で」
飯崎も席へと向かっていった。
飯崎のことは今も分からない。
でも今の今までは飯崎の事見下していたけど、少しの会話でこれほどにも状況は変わるとは。
想像にもしてなかった。
でも僕が原因とは言え度を越してイジめてきたのは向こうだ、感謝する気持ちなんて微塵もない。
けど……。
少し救われた気持ち。
毎日あれだけ苦しめられてきて、1日でも早く終わってくれと願っていた。
でもいざ来た終わりはかなりあっけなく感じた。
そして先輩も、普段は関わることはないけど、こうやって間接的に助けてくれることだってある。
今まで人との会話も避けて、ずっと一人でいたけど……。
話してみると、今まで分からなかったことも分かりあえるのかもしれない。
毎日登校も億劫になるほど暗かった気持ちに。
小さく。小さく光が見えた。そんな感じ。
結局は元に戻っただけのような気もするけど、何かが変わった気も。
チャイムが鳴り響いて、先生がテスト用紙を抱えて入ってくる。
「おら~静かにしろー! 教科書しまえー!」
テスト終わりの早い放課後。僕はまた美術室にきていた。
今日は2教科だけだったので、11時前には下校の時間となる。
今朝のこともあって、絡まれることもなく、何事もなく、教室を出てここまで来ることができた。
何もないってなんて素晴らしいんだろう。
しかもテストも全部終わったし。もう少し退屈な授業を我慢すれば……もう夏休みだ。
まあ肝心のテストは散々なものだったが……。
問題を軽く流し見て、回答できる場所は3~4割って感じだった。
そして余った時間はすべて睡眠。気づくとテストは終わっている。
点数はヤバいことになっているだろう……。考えたくもない。
母さんになんて説明しようか……。
まあでも今回のテストは間が悪すぎた。それ以外の問題が多すぎて少しも集中できなかった。夏休みが終わって、その次のテスト。そこで頑張ろう。
……夏休みか。
多分今頃クラスのやつらは夏休みに遊ぼうとか、旅行しようとか。そんな会話で盛り上がっていると思う。
僕たち高校生にっとて一番楽しみで。一番大事な期間だ。
でも僕はそんな夏休みを素直に喜ぶことはできないでいた。
僕の今年の夏休みはどうなるのだろう。
心配しかない。
去年までの僕は、大体家でゴロゴロしていた。
遊びに行く友達もいないし。暑いし。
でも今年は違う。
先輩のお願い。このペースでいけば夏休みまでには描き切ってしまう。
これが終われば、もう会えなくなってしまう……。
学校があれば、今朝みたいに顔は見ることができる。
でも夏休みなんて……。学校にも来なくなるし……。
来学期になればまた会うことはできるけど、会う口実はなくなってしまう。
そしてそんな長い期間顔も合わせないでいると、確実に疎遠になると思う。
かといって無理やり夏休みまで引き延ばして絵を描くわけにはいかない。それこそ時間かかりすぎだし、先輩も痺れを切らすだろうし……。
やっぱり夏休みまでが一つの区切りなのか?
あぁ、考えれば考えるほどきつい気持ち。
そんなことを1人悶々と頭を抱えていると、美術室の扉がガラッと開き
「あ、やっぱりいた!」
先輩が元気に入ってきた。
先輩……。やっぱり素敵だなぁ……。
そうだよな。
先輩に呆れられて終わるより、しっかりやり遂げて終わらせたい。
あの笑顔を僕に向けたままで。
夏休みまでの少ない期間だけど、先輩と二人で居られる大切な時間。
しっかりと先輩を絵描く。それしかないんだ。
とりあえず先の事は考えたくないだけ……。辛くなる。
だから今を楽しむ……。
先の事もそうだし、島のことだって今は忘れていよう。
現に先輩は僕の所に来てくれている。それだけでいいじゃないか。
僕は先輩に軽く会釈をする。




