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Water Garden  作者: かづま
10/31

第10話 夜に電話番号と

僕は朝が苦手だ。とても弱い。

寝起きはぼーっとするし。何にもやる気が起きない。

目が覚めてもなかなか布団から出られず、母さんか茉莉にたたき起こされる。

朝ごはん食べるのも、すこし気合を入れないといけないほど。しんどい。


通学路を歩く時もぼーっとただ毎日歩きなれた道を感覚のまま歩いていくだけ。いつか事故るかも……。そんな心配。

でも今日はいつも以上にしんどかった。

背は丸まって、目が霞んで重く、痛む。完全に寝不足だ。

昨日の夜。そのことを思い返す。


食事も終え、風呂に入ってさっぱりした後だ。

いつもなら自分の部屋にこもって、布団の中で漫画でも読んで時間つぶし。11時か12時頃になったら電気を消して眠りにつくところだ。

しかしその日は机を前にして考え込んでいた。

とても重大なことが僕の予定を狂わせていたんだ。


目の前には先輩の電話番号。

手には携帯電話。

……さてどうしよう。

とりあえず時計を見る。

9時30分。


電話をかけるには遅すぎたか?

今日はやめておこうかな……。

いや、思い返せ。かける暇はいくらでもあった。

早すぎるとか、食事中かもとか、何かと理由をつけて今まで引き延ばしてきただけだ。

今更遅すぎるも何もない。

今しかない……。

そんな一大決心をして……。


とりあえず番号だけ打ってみる。

数字一文字打つごとに鳴るピッ、ピッという音が僕を追い込んでいる。

全て打ち終わったころにはもうひと仕事を終えた男の表情だろう。

そこから先がどうも進まない……。


ただ。ただ、発信ボタンを押すだけだった。

その“押すだけ”が女子に電話したことのない僕にとってどれだけ困難な道のりか……。

固まって動けない。

押してどうする?すぐ切るか?

まあそれだけでも電話番号を伝えられるし……。


って良い訳ないだろ! 馬鹿か僕は。

いたずら電話じゃないんだから……。

でもなんて言えばいいかマジで分からない。

もしもし。からの、僕です。日向真守です。僕の番号なんで登録してください。


……。キモ過ぎ。ない。つか固すぎだろ。

かといってほかの言葉も見つからない。

どうすりゃいいんだ……。

悩みに悩んで画面を凝視していると、ふと画面下に目が行った。


右には発信

これは右端のボタンを押せばその番号に電話を発信する、という表示だ。

そして左にはメニューと書かれている。

どんなメニューがあるのか、少し気になって、左端のボタンを押してみる。

そして出てきた項目は、電話帳に登録だったり番号をコピーするするだったり、まあ予想の範囲内。

しかしその中に見慣れない文字が。

“Cメール“


それが僕にとってはまさにクモの糸。神の救いのように感じた。

もしかして……電話番号でメールが送れる!?

今まで全く知らなかったし、知っていたとしても意味不明な機能だと思うだろう。

メールアドレスあるのに電話で文字送る意味って……。

しかし今、まさにこの機能が僕に必要だったのだ!

あぁ、Cメールよ!


僕はCメールのボタンを押した。

するとまさにEメール作成と全く同じ画面に飛ぶ。

あぁ……。本当に電話番号で文字が送れるんだ。あぁ神様。

そう安心しきった矢先だ。再び僕に試練が訪れる。

……。メールの文面どうしよう。


一歩前に進んだかと思ったらまた壁……。辛い……。

時計を見ると、この時すでに11時を過ぎたころだった。

あぁ……神様助けて。

そんな絶望の中にいた僕だった。

いや、神なんていない。僕が何とかしないと。

とりあえず文章編集画面を開く。

さあなんて書こうか……。


日向です。番号登録お願いします。

とりあえずそう打ってみる。

電話の時と変わってねーじゃん。硬すぎるよ。

マジ分かんねえ。だれか模範解答を教えてください!


……。

なんとなく顔文字を開いてみる。

様々な記号を駆使して作られた、様々な表情の顔文字が並んでいる。

それをぼーっと見る僕。無い無い。これは無い。

顔文字選択を閉じて、さっきの文章を全部消す。


あー、マジどうすりゃいいんだ。

携帯を頭に抱えて唸ってみる。そして全身を伸ばして頭を掻きむしる。

……。意味のない行動をしても何も進まない。

硬いとか別にもう何でもいいや。さっきの文章を送ろう。

なるようになれ。どうにでも。

そう思い、携帯に再び目をやる。


“メッセージを送信しました”


その画面に表示された文字に目玉から脳みそが飛び出しそうになるくらいの衝撃を受けた。

え? 送信って? 僕はいったい何を送ったんだ!?

慌てて送信履歴を確認する。

一通のメッセージ履歴。そこには何も書かれていなかった。

僕は空メールを送っていたのだ。

最悪だ。何もかも台無しだ……。

時計は12時。


訂正のメッセージを送るか? なんて送ればいい!?

もう考えても考えても何もわからない。

あぁ……。マジ死にたい。

こんな予想外の事態、対応できるわけがないだろ……。

その時、コンコンとドアがノックされ、開いた扉から母さんが顔を出した。


「母さんもう寝るよ。真守も早く寝なさいよ」


「分かってるよ! ……いきなり開けるなよ」


「ノックしたでしょ~。じゃあお休み」


「……おやすみ」


閉まる扉。

ノックしてもすぐ開けたら意味ないだろ……。

なんか気分が一気に冷めてきた。


まあ、明日学校に携帯持って行って、直接登録してもらおう。

それでいい。何も無理して電話しなくていいんだ。

あのCメールもいたずらかなんかだと思うだろう。明日誤ればいい。

今日はもう寝よう……。そんなことを考えながらベットの中に入る。

……。


……でもまてよ。

もし、万が一、あのCメールが僕だって気づいて、返信が来たらどうする?

すぐ返した方がいいんじゃないか?

向こうもそれが分かるまで不安になってるかもしれない。

最悪電話が来るかもしれない。

さすがに寝起きで出るのもまずいんじゃないか?

なにかアクションがあるまでは起きていた方が……。

でももうこんな時間……。起きているわけがない。

でも万が一……。


結局それから返事はなにも来なかった。

外で新聞配達の原付が走ってくる音が聞こえた。

時計を見ると、朝の5時になっていた。

寝つけたのはその後。


実質2時間も寝れていないだろう。

もちろんテスト勉強なんて1秒もやってない。

テスト期間最終日だっていうのに。なにやってんだか。

そんな状態。ため息交じりにフラフラと校門近くまでたどり着く。


今朝も3年の教室の前を通らなければいけない。

運悪く。教室の前で楽しそうに話す先輩たちが目に入る。

ほんと何で教室の中じゃなくて廊下で話すんだろうか。意味がわからない。

そういや先輩とは美術室以外でまともに話してないな……。


「てかさ~凪って返信早いよね~。昨日はびっくりしちゃったよ~」


その会話に心臓が鳴りだし、汗が吹きだす。

これは聞いちゃいけないやつだ。直感が告げる。


「メールだろ? 俺も思ってた! てか俺だけじゃなかったのかよ~。俺に惚れてるからかと思ったのに」


何でこんなタイミングにメールの話なんだよ。最悪すぎる。


「あはは~! 正解。好きな人には早く返さないとって思っちゃう」


先輩の元気な笑い声。


「そんなわけないでしょ! 凪もからかわない! こいつ本気にするよ~」


「ごめんごめん! いや~、なんか未読のままだと気持ち悪いっていうか〜」


「それにしても早すぎるって! 家ではずっと携帯みてるとか?」


「そういうわけじゃないけど……。なんていうか癖かな? どう思う?」


「いや、私に聞かれても」


「まあ、蒼井はやさしいから。相手のことを思っての早めの返信だよな! 俺もその方がうれしいしな~!」


「おぉ! またまた正解じゃん! 私のことよく分かってるね~!」


そこで先輩の視線がまた僕を見つけたようで……少し目があった。


「おいおい! なに俺抜きで盛り上がってんだよ!」


突然後ろから聞こえた大きな声にビクつく。

なんだ、と思い振り返ると……目の前に制服のシャツ。

じゃなくて、顔を上へと向ける。


「おっ、与一郎(よいちろう)じゃん!」


「島君おはよー!」


「おぅ! おはよ~」


さわやかな笑顔で返事をする。

島……。

確かにそう言ったよな。こいつが先輩の……。

背高い上に中々のイケメン野郎。

このいけ好かない野郎が飯崎の言っていた島か。

そして、島は少し不機嫌そうに言った。


「てかさ~お前、俺の凪に手出そうとしてんの?」


「い、いや。ちがうって……」


かと思えば、さっきのさわやかな笑顔に戻って。


「……なにマジになってんだよ! 冗談だって!」


「与一郎マジビビるってー! やめてくれよ!」


「島君きいてよ~。こいつずっと凪に言い寄ってるんだよ!」


「バカっ! 余計なこと言うなって!」


島はそのさわやかな笑顔のまま。


「まあしょうがねーよ。凪、可愛いからな~」


島は先輩の肩に手を回した。

あのイケメン野郎!

あんな簡単に先輩に触れるなんて……!


「なあ凪。こいつお前のこと好きらしいけど、どうする? 付き合う?」


島は冗談ぽく先輩に質問をする。

相手の男も冗談に付き合うように「付き合っちゃう〜?」とおどけた様子だ。


「私には与一郎君がいるから、ごめんね〜!」


その質問に、先輩は笑顔で答える。


「残念だったな! 凪は俺にベタ惚れだからな!」


「くっそ~ダメか! まじ悔しいけどほんとベストカップルだわ~!」


「ほんとなるべくしてなったって感じだよね~! 美男美女に素敵な笑顔。絵になる~!」


そう言って女子生徒は携帯のカメラを構えた。


「はいチーズ!」


島がピースをするのに合わせて、先輩も同じようにピース。


「ヤバい、いい感じ~」


「おっマジ? みせてくれよ」


携帯を見る島と先輩。


「おぉっ。凪すげーいい顔してんじゃん! やっぱ凪の笑顔可愛いよな~」


「与一郎君の笑顔もいいよ! ほんと素敵!」


「おいおい! イチャイチャすんなよバカップル!」


僕はその場にいるのが苦しくなり、ダッシュで階段に向かう。信じられないような速さ。

後悔。バクバクの心臓で階段を駆け上がりながらの後悔。

結局聞き入っちゃってるし。

色んな気持ちが入り混じる。

先輩……。返信早いんだ……。

朝まで待ってた僕って一体……。


後悔と悲しみと絶望とやるせない気持ちとその他でぐちゃぐちゃ。

クラスの友達にはすぐ返すのに僕には……。

そんな悲しみに入り込む。


いや、一旦落ち着け。よく考えろ。

僕は空メールを送っただけだ。

僕って気づいていないか、迷惑メールだと思って消しただけかもしれない。

まだ……まだ希望はある……?

そう自分に言い聞かせる。


でも……普段はあんなに人に囲まれて、いろんな人と会話しているのに、その中に僕はいない。

あれだけ笑って楽しそうに話してるけど、僕の時はあまり笑顔も少ない印象。

そして、あの島という男のこと。

話だけではそこまで考えなかったんだけど、実際目にしてみると、完全に打ちのめされた気分。


背も高いし、イケメンだし、さわやかだし。

何一つ僕が叶う部分なんてない。

一緒にいて、先輩も本当に楽しそうだった。

とびっきりの笑顔だった。

……マジで現実を思い知らされた気分。


やっぱり先輩にとって僕は、何でもない存在なんだろうか。

そんなことを考えていると、いつの間にか教室の前。

閉じた扉の向こうからはいろんな声が聞こえるが、僕が開いた瞬間、一斉にこっちに視線が集中するだろう

ほんとこれが嫌いだ。


最近はそのまま罵倒なんかに繋がっていくし……。

まあでも教室の外でじっとしてても仕方ない。

まだテスト期間中だし、朝の予習復習に集中している人が大半だ。

僕にかまっている暇なんてあまりないだろう。

よし、開くぞ。


そんな小さな決心を毎日。もう慣れすぎて情けないなんて気持ちもほとんどない。

それでも扉を開けるときはできるだけ音を立てずにゆっくりと。

静かに扉がスライドしていく。



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