記憶領域の中で
サクラはようやく、視界が晴れてきたことを確認した。
目の前は明るくなっている。別に日の光がさしているわけではない。ただ、目の前は白一色。靄がかかっている白一色ではない。遠くまで見渡せるが何もない白一色の空間がどこまでも続いている。
サクラは上を見上げると驚いた表情になった。
『ここって、もしかしなくても、和さんの心の中のさらに奥にある記憶の中よね。目的の場所はここでしたけど、ここってそんなに簡単に来れる場所ではないはずだすけど、どうして・・・』
視線を下におろして、しばし考えたのち、
『ま、私のヒキが強かったということにしておきましょう。罠という可能性もありますが、和さんですからね。その可能性は低いでしょう。それに、深く考えるだけ無駄というものです。このチャンスを有効に使うことを考えましょう。』
そう心の中で思うと、再び視線を上に向けた。
黒い空間にキラキラと光っている糸が見える。太いものや細いものあり、糸どうしが結びついていたり、場所によっては絡んでいるような所もある。そして糸の先には大小様々な箱が繋がっている。
『あれが、和さんの記憶の糸。糸の先にある箱の中に大切な記憶が保管されているはずですけど・・・なんか、凄いのがある。』
記憶の糸とは、記憶の箱に繋がっている糸のことだが、大切な記憶ほど、糸は太い。糸が細くなるにつれて、それほど大切ではないものということになる。どんなに糸が細くても繋がってれば、思い出そうと思えば思い出せる記憶であるが、箱に繋がっている糸が消えてしまうと、箱そのもの消えてしまい、記憶は消滅する。また、太い糸ほど、他の糸との関係性も強くなるため、いろんなところで糸どうしが繋がっていたり、絡んでいたりする。重要な記憶、大切な記憶の箱は、他の記憶とリンクしていることが多いため、複数の糸が箱から出ているものもある。
箱についても、薄っぺらい箱だったり、頑丈そうな箱があったりと様々だが、太い糸には基本的に頑丈な箱が、細い糸には、それなりの箱がついている。こちらも、忘れたくない記憶ほど、頑丈な箱になっているというわけである。
そんな数ある箱の中に、他の大きな箱と比べても二回りほど大きく、重機を使っても壊れそうもないくらい頑丈そうな明らかに異質な存在の箱があった。サクラが言った凄いのとはこの箱の事だった。
『相当大切な記憶みたいだけど、恐らく死を覚悟された時に、色々と考えてあの箱を形成して、消したくない記憶をあの箱に収めたのでしょうけど。どんなに頑丈にしても、生まれ変わるときには消されてしまうのに・・・。』
そう心の中で呟きながら、箱をじっと見つめてから、
『ただの記憶の箱ですのに、存在感が半端ない箱ですわね。あれ、もしかすると消えないんじゃないかしら。』
一瞬脳裏をよぎったものの、
『やはり、それはいくらなんでもありえないですわ。消せない記憶なんて・・・。』
首を横に振るサクラだった。
『それにしても、あの箱の中の記憶は、おそらくご家族の記憶だと思うけど。一応、あとで確かめておきましょう。もし違っていたら、言うことを聞かせるネタになるかもしれませんし。』
不気味に微笑んでいた。
「さてと、和さんを呼んでみますか。」
そう、小さくつぶやいた。
俺は、ふと気が付くと、魂生の間の椅子の上に座っていた。だが、先ほどと違っているのは、サクラの姿はどこにもない。あの爺さんと別れた時のままだ。もしかしたら、夢をみていたのかもしれないと思ったが、どこからか俺を呼ぶ声が聞こえる。その声がサクラの声だとすぐに分かった。
「和さん、大丈夫ですか。」
心配してくれているような声だった。
だが、あたりを見ても、サクラの姿はどこにもない。それどころか、声に違和感を強く感じた。
「さくら、どこにいる?」
俺も声はするが、サクラの姿が見えないことで、不安になっていたが、
「どこにいるって、和さんの中にいますよ。」
俺の心配をよそに、何事もないような返事が返ってきた。
思い出してみる。そういえば、サクラは俺の中に入ってきたとか、言っていた気がする。それだと、違和感にも納得できる。普通、呼び掛けられる場合は、外部から呼び掛けられるが、確かに今は内部から呼び掛けられている。経験したことがないことだけに違和感を感じたわけである。気持ちが悪いというわけではないが、こしょばゆい、くすぐったい感じだ。
「サクラは、本当に俺の中にいるのか?」
自分でも、なんでこんな質問をしたのか、疑問におもってしまう。人の心の中に入るなど、ありえない状況に直面し、思考が追い付いていない。そんな中で、なにか話さないといけないと思ったがゆえに、確認する質問となってしまったようだ。
そんな俺の思考を見抜いたがどうかは不明だが、サクラは、
「フフフッ、和さんの心の中というか、記憶な中に今はいますよ。」
ここで初めて聞く言葉が出てきた。
「記憶の中って、記憶とは過去の出来事だよな。過去にサクラと出会った記憶はない。まさか・・・」
「やはり気づきましたね。和さんの記憶の箱に私が干渉すれば、いないはずの私がいたことになる。」
「記憶の改ざんじゃねぇか!。」
俺の声にサクラは別に悪びれた様子もなく、淡々と語ってくる。
「大丈夫ですよ、そんな矛盾だらけの記憶の中の私の存在なんて、記憶の突合せを行えば消えてしまいますわよ。」
「矛盾?、記憶の突合せ?」
聞きなれない言葉に聞き返してしまう。
「そう、矛盾です。記憶を書き換えたとしても、現実に起こったわけではありません。一人だとしても何かしら行動はしているはずです。まして他に人がいたとしたら、その記憶の中にいたほかの人達には、私の存在はありません。」
サクラの話はもっともである。俺の中の記憶だけ変わっているわけで、その時にいた友人や家族には、サクラの記憶なないのだから。一人だとしても、TVを見ていたり、スマホを見ていたり、何かしらの鼓動はしていただろう。
「その矛盾に気づけば、必ずそれを解消しようとその時の出来事を思い出そうとします。ましてや他人がいた場合は、会話にてその記憶の整合性を取ろうとします。そして、いずれは、私がその時にいたという事象は解消されるはずです。所詮、まやかしの記憶です。」
なんとなく理解は出来るが、本当にサクラの言う通りになるかについては、疑問に思ってしまう。
「記憶は上書きされてしまうこともある。自分の都合の良いように書き換えてしまうことだってあるんじゃないか。そしてそれは、犯罪になることだってある。」
疑問に思ったことを尋ねたが、
「そうですね。矛盾に気づけなければ、そうなります。現実逃避や妄想といったものに取り憑かれてしまうでしょう。和さんのおっしゃる通り、犯罪となることもあるでしょうね。ですが、私ではそうはならないことをお約束いたしますわ。」
「やけに自信がある言い方をするが、その根拠はどこからくるのかな。」
俺は内心ヒヤヒヤしていた。サクラを怒らせてしまって、記憶を作り替えられてしまうのが怖かった。
ただ、死んでしまった俺の記憶を作り替えたところで、何が出来るのだろうかという疑問もあった。
「根拠ですか・・・。根拠になるかどうかはわかりませんが、出来る、出来ないではなく、するか、しないかという問題で結論するなら、私は絶対に和さんの記憶に干渉はしません。それが答えです。」
はっきりと澱みなく応えるサクラだが、
『私、あまりこういう問答って得意じゃないのよね・・・。まだこちらの素性を明かすわけにはいかないから、ボロが出そうで怖い・・・。これで納得して欲しい。お願いだから・・・』
「プッ。」
思わず吹いてしまった。
「和さん?」
「いや、すまない。思わず笑いそうになってしまった。そうか、出来る、出来ないではなく、するか、しないか、か。で、サクラは絶対にしないということなんだね。」
「絶対にしません。」
即答だった。正直、なにかしようとするのであれば、このような話をするわけがないだろう。安心させるためにわざと言ったということも考えられるが、サクラの声に嘘、偽りはないように感じ取れた。
「で、他には何ができるのか?」
「そうですね。記憶の箱を混在させることも出来ますよ。」
なんかとてつもなく恐ろしいことを、あっさりと言われた気がした。
「具体的には?」
「そうですね。例えば、大人の和さんの記憶と子供の頃の和さんの記憶を混ぜてみるとかでしょうか。」
思わず、つっこむ。
「おい!そんなことをして大丈夫なのか。」
しばしの沈黙の後、
「ま、あまり良くはないでしょうね。他の箱にも影響は少なからずあると思います。個体差にもよるので、どのくらいの影響がでて、いつまで影響が残るかは不明です。未来永劫影響が残るかもしれません。私は、きっかけを与えるだけで、記憶に干渉はしませんから。」
サクラの顔や仕草を見ることが出来ないので、どういう表情で話しているのか、なにか悪意を持っているのかを確認することが出来ない。もし見れていたとしても読み取ることが出来たかどうかも不明だが。
「で、サクラは俺の記憶の中でそれを試そうというのか。」
「試してみましょうか?」
サクラの声色が変わった。低い声だ。出来れば阻止したいが、いかんせん、記憶の中にいる以上、どうやって手出しができるのか、皆目見当もつかない。
「嘘ですよ。そんなことはしません。」
いつもの少し高めの笑みがこもった声に戻っていた。
「では、サクラはどうしてそこにいる。」
「記憶の中に来たいとは思っていましたが、わざわざ探したわけではありません。たまたま、靄が晴れたら記憶の中にいただけです。」
そのサクラの言葉が本当かどうかを確かめる手段は俺にはない。が、嘘をついているようには思えなかった。
「本来であれば、ここに来ることを和さんに許可を求めるつもりでした。」
「記憶の中にか。そして、記憶を改ざんとか、混在をさせるために?」
あえて、しつこいようだが、意地悪な質問をしてみた。それでサクラの本心が少しでも理解できればと思って。だが、
「だから、しませんって・・・・。それにそれをして、私に何の得があるのか、逆に教えていただけますか。」
まさか、こんな質問返しをされるとは思ってもみなかった。そして、その声には、信じて欲しいのに、信じてもらえない。疑いが晴れない、どうすればいいの?という悲しみがこもっているようだった。
自分が悪いことをしてしまったように感じで、
「ごめん。今の質問は俺が悪かった。でも、許可を得てどうするつもりだったの。」
できるだけ、精一杯、優しく問い掛けたつもりだったが、サクラは、言いづらそうに、
「・・・あの、怒らずに聞いていただけますか。」
一拍間を開けたうえで、恐る恐る丁寧な口調でサクラが口を開いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
2020年最後の投稿となります。(物語はまだまだ続きますが・・・)
なかなか甦ることが出来なくて、タイトル詐欺が続いております。(ごめんなさい)
ここから数話については、いつか何かしらの小説で描きたいと思っていたものです。
甦りはアンデッドというタイトルでまさか書けるとは思いはしなかったのも事実ですが・・・。
ちょっと切なく、こっぱずかしい内容となります。
2021年3月頃には、魂生の間の章は終わり、新章「アンデッド、下界に立つ(仮)」がスタートします。
次回の物語の更新予定は、2021年1月9日0時を予定しておりますが、その前に日時は未定ですが、2021年1月1日~2021年1月9日迄のどこかで、ここまでの登場人物とこれからの登場人物(仮予定)の紹介を掲載出来たらなと思っております。
誤字、脱字、文章表現がおかしいところも多々あるかと思いますが、その辺は適当に笑い飛ばして読んでいただければ幸いです。
では、2021年もよろしくお願いいたします。
敏之助