魂生のしおり
「さてと、余分な時間をとってしもうたな。そろそろ本題に入るとするかのぅ」そういうと、爺さんは魂生のしおりを開くように目で合図した。
相変わらず、目の前にフワフワと浮いている。よく覚えてないが、先ほどの禍々しい塊の騒動の時にはなかったような気がする。ま、浮いていることさえ非現実的なのだから、あまり気にしても仕方ないだろう。
今の状況も非現実的ではあるが・・・。
「確か、お主の言語は日本語じゃったな。それじゃと、425ページじゃな。」爺さんにしては、あっさりと教えてくれたなと、チラッとみると、口元が少し歪んでいる。
『はぁ・・・。』ため息ついた。何か企んでいることは明白だった。
本を開くと、まずは英語の文章が書かれたページだった。当たり前だが、下の真ん中あたりに、見慣れた数字、ページ番号がある。あるが、そのページ番号が、見慣れたアラビア数字の他、ローマ数字や、ミミズがのたうち回ったような記号、絵文字みたいなのもある。多分、すべて数字を意味するのだろう。ふと、先ほど爺さんの口元が歪んだ光景を思い出し、嫌な予感しかしなかった。爺さんが言ったページを開くと、確かに、見たことはある。世界史の歴史の授業、しかも、紀元前辺りの授業でみた太陽の絵や、その太陽を拝む人の絵、いわゆる、古代文字というやつだ。
「おおっ、お前さんもその文字が読めるのか、いつぞや、なんとかという学者が自国の言語とそれを見比べて、ここは、こういう解釈だったのか、ふむふむ、なるほど、おおっ!!大発見じゃ。とか大喜びしておったがの。生まれ変わったらすべて忘れておるからのう。ぬか喜びじゃが。いや、お主が読めるとあらば、今後のためにも是非、わしにもその意味を教えてくれんかのう。」
「爺さん、ただ、それが言いたかっただけだよね。俺はこのボケに対して、ツッコム勇気も、言葉も持ち合わせておりません。それに爺さんだって生まれ変わったら忘れるのに、覚える必要ないでしょ。どうでもいいから、さっさとページ教えろや。」
もう、敬語もくそもあったものか。これ以上、爺さんのペースで話をすすめてなるものかと。だが、やはりさすが爺さんである。
「ちっ、つまらんのう。つまらん。じゃが、ツッコム勇気も言葉も持ち合わせておりません。か、これは色々とアレンジすれば使えるかものう。グッジョブ!」ドヤ顔で俺を見ている。
いや、ドヤ顔で俺をみても、そもそもどんなアレンジするのか気になるところだが、それを言うと、また話が進まなくなりそうなのでやめた。多分、爺さんは、その質問を待っていたと思われる。なんか、目をキラキラさせて俺の言葉を待っている。爺さんから視線を外して、しおりのページをめくっていった。
ま、爺さんがページ数を言う前に、俺が見つけてしまえばいいわけだから。
そんな俺の様子をみて、ため息をつく爺さんだったが、
「985じゃ」嫌々そうに言った。俺は爺さんを見ることなく、そのページを開いたが、平仮名オンリーのページであった。ま、読めなくはないが、ゐとかゑが使われているし、やはり読みにくい。
「爺さん!」と叫びつつ、横を向いてしまった。嫌々そうな声だけで、目がキラキラしている爺さんを思わず見てしまい後悔したが、
「もう、いい加減に揶揄うのはやめて下さいよ。前に話がすすまないでしょ。」
爺さんは、首を傾げて、
「別に揶揄ってはおらんが、違うかのう。」
「いや、確かに大きな意味では合っていますよ。でも、昔の文字なので読みにくくて。」
この時しまったと思った。もしかしたら、爺さんは今の日本語を知らない時代に生きていたのかもしれない。その時代の人間だったら、確かにこのページで当たっているのだから。
爺さんは俺の横から、本を覗くと、
「ありゃ、確かこのページじゃと思ったが記憶間違いかのう。なら、115ページじゃ。」
どうやらマジで間違ったらしい。爺さんの口調が真剣なものになった。
で、115ページを開くと、すべてが漢字。しかも見たこともない漢字や、見たことはあるが、日本では使われていない漢字が多数。中国語だ。
爺さん、眉間にしわを寄せて、真剣に思い出そうとしている。手を顎にあててみたり、頭を少し叩いたりしているが・・・。
「1478ページ」
「韓国語」
「なら、358ページ」
「おしい、日本語だけど、漢字とカタカナ。しかも、横書きは右から読み」
「それも違うか、これでどうじゃ、657ページ!」
「遠くなった。っていうか、何語かわからん」
「もういい、貸せ!!」ついに爺さんが切れて、本を奪い取った。
「なんじゃ、こりゃ、最新版に変っとるではないか。っていうか、ページ数変りすぎじゃ。」目を大きくあけて、騒ぐと、独り言のようにつぶやいた。
「そういえば、文官共が、この前大騒ぎしておったな。あれは、このことじゃったか。」
「文官共?」と聞き返したが、
「あっ、いや、ま、ん、わしが知っておった本と違うようじゃ」と慌てた様子で誤魔化した。
「爺さん、あんた何者なんですか、ただの爺さんってわけじゃなさそうですけど。」とジト目で見つめたが、一つため息をついたあと、
「わしか、わしは、この後来る、案内担当の前座じゃよ。」とポツリを答え、本を俺に返した。
そっか、前座か、前座なら仕方ないかと・・・。案内担当が主役・・なわけないやろ!!ってツッコミたい気持ちを必死に抑えて、とりあえず、自分が読めるページを探すことにした。っていうか、この本、厚さはあるとおもっていたが、その厚さ以上にページ数が多い。魔法でもつかっているのではないかと思うぐらいだ。
「もういい、わしが全部説明する。こんなしおりなんて役にたつかぁ!!」
俺からひったくって、その本をどっかに放り投げた。どっかにと表現したのは、投げた瞬間に消えてしまったからである。まさか、地獄に送ったとか、この爺さんならあり得そうだ。そもそも爺さんが説明できるなら、このやり取りも必要なかったのではなかろうかという疑問は心の中に閉まって・・・・。
「ここは、前にも説明したが、魂生の間。このフロアはお前さんたちがいうところの、人間の魂のフロア、他に動物のフロア、虫のフロア、植物のフロアと大きく分類されておる。」
「地獄は?」と聞き返した。
「地獄については、別途説明するが、その前に今後のことじゃ。」俺が頷くのを確認してから、爺さんはつづけた。
「生まれ変わるとしても、次も人間でとはいかんのじゃよ。これには、今まで生きてきた世界での行動がが大きく影響する。酷いのは、地獄行きとなるが、そうじゃない場合は、抽選となる。」
抽選って、死んでも運は付きまとうのかと、なんか、納得したくない気持ちにはなったが、気になるのは当選率である。爺さんに質問すると、
「お前さんの国に生まれ変われる確率は、現在は百万分の1。ただ、当たっても、魂の器がないので、約200年待ちじゃよ。その関係で、確率は今後さらに悪くなるであろうな。」
器がない?と疑問に思ったが、そうか少子化問題かと納得した。
どこの国でもよければ、千分の1くらいにはなるかのう。ただし、過酷な環境での生活は覚悟する必要があるがな。っといっても、前世の記憶なんて消えちまっとるから、関係なかろうがな。」
俺がなんとなくは納得したという顔を確認したうえで、爺さんは話を続けた。
「ま、動物、植物にいたっては、百分の1ぐらい。残りはすべて虫じゃな。特に黒光りの奴は、だいたい、50本中の49本の当たりじゃ。高確率状態じゃて。」
いや、そんな高確率状態いらないし、なりたくもない。
黒光りの虫になった場合は、最低1万回は生まれ変わりを無抽選で繰り返すことになるらしい。抽選が出来たとしても、人間どころか、他の虫になれる確率は天文学的な確率だそうで、外れると、さらに最低1万回は無抽選となりそれを何度も繰り返すらしい。
「あれは、繁殖力もあり、すぐに死ぬことも多いのでな。魂の数が圧倒的に足りんのじゃよ。」
嫌われているトップ1だから、仕方がないといえば仕方がないが、自分がその立場になる可能性を考えると、今まで申し訳なかったかなという気持ちにもなるが、それより、絶対にその抽選だけは外れたいと強く心に誓った。
「抽選なしで人間に生まれ変われる場合は、よほど善幸を行っていないとなれんのじゃ。」
やはり、行動は大事ってことなのかと改めて思った。
「あとは転生じゃな。」
そういえば、生まれ変わりとは爺さんは言っていたが、転生とは言わないことに今気づいた。
「転生希望の場合は、地獄行のもの以外は、転生させておる。いわゆる、別次元の世界じゃ。」
おお!!!ついにきたぁぁぁぁ。転生。別世界。アニメや小説にある、チート的な能力を身につけたり、色々とウハウハな世界。行けるんだ!!。虫になるぐらいなら、異世界でもいいかなと思う。
「異世界、特に一部の者に人気があるところじゃが、異世界に行くには転生の門をくぐる必要がある。」
ここで、聞きなれない言葉、転生の門。いや、異世界に行くなら、やっぱりこういう門があってもいいだろうと納得。人間もいいが、虫になるぐらいなら、異世界もいいんじゃないかと思う。
「この転生の門、行先は門次第。文明のある世界に転生できればよいが、何もない世界って可能性もある。生まれ変わりであれば、前の記憶は消えるはずじゃが、もしかすると記憶を持ったまあ転生することもあるかもしれん。」
行ってはみたものの、何もない世界だったら、また記憶が残ったままだと孤独との闘い。しかもいつそれから解放されるかもわからない。ウハウハな生活か、地獄のような生活か。賭けの要素が強い。
確率的に文明がある世界とない世界ってどのくらいなのだろうか。爺さんに聞いてみたが、
「実はこの世界、異世界からの転生者は受け入れておらん。転生の門を使って異世界に行くことはできるが、戻ってくることは出来ないようでな。確率も不明。そもそも文明のある異世界に転生できるかも全くわからん。」
ここで一つの疑問が生まれたので質問してみた。
「そもそも、転生の門ってこの世界のものですよね。」爺さんは首を振りながら、
「気が付いたら、いつの間にかあったのじゃ。その門を潜った魂が戻ってこないし、その魂の存在すら、この世界から感知ができないことから、多分転生したんじゃろうということになって、転生の門といわれるようになったのじゃ。」
「へっ?ということは、そもそも転生するかどうかも不明ってことじゃね?。」
自問自答のつもりが、少し声が出ていたようで、爺さんは頷いている。そして、俺に続きを促すように顎を動かしている。
「魂を感知できないってことは、消滅している可能性もあるわけで、もしかすると、門じゃなくて、シュレッダーの可能性ってこともあるじゃねぇの?」
「ま、その可能性も否定はせんよ。しかし、魂のシュレッダーか。地獄より酷いかもしれんの。意識がありながらシュレッダーされる・・・・・」
その言葉で強烈な寒気に襲われた気がした。魂の状態なので肌で寒さは感じることはないが、悍ましい光景過ぎった。考えたくも、想像したくもない光景だ。爺さんも首を振りながら今の言葉を言ってしまったことを後悔しているようだ。
そして、その言葉を忘れてしまいたいように、
「生まれ変わりか転生かを選ぶのはその魂自身じゃから、自己責任ってことじゃよ。ま、確率の説明と生まれ変わりと転生については以上じゃな。次にこれからの順序じゃが。」
どうやら、これからは案内担当がここにきて、それから審問官が俺の過去の行いなどを調査したうえで、生まれ変わりか、転生か、地獄への転落が決定されるらしい。生まれ変わりの場合は、審問の扉というのを通るらしい。審問の扉を通過するときに、魂の浄化が行われ、今までの記憶は消えてしまうということ。万一、それで魂の浄化が上手く出来ない場合は、地獄で数年かけて浄化を行うことになるらしい。
ただ、この場合の地獄での浄化作業は、ほとんど苦痛はないらしいが、審問官の調査で地獄行が決定した場合は、相当な苦しみを感じながら浄化作業が、数百年の時をかけて行われること。また、浄化後は、微生物として再生し、その後も食物連鎖の下を何度も繰り返したのち、黒光りの虫として生まれ変わることになる。
「お主の世界では罰が下って、死刑というのもあるそうじゃが、地獄は死刑というものそのものがないからの。死にたくても死ねない。長く苦しみを味わうじゃろうて。ま、それも他人の命を奪った罰じゃて。自業自得じゃな。」
爺さんの言うことに納得は出来る。死刑囚と刑務所の犯罪者は対応が違う。そもそも、刑務所ではなく、拘置所に身柄が確保される。また、刑務所では社会復帰のための労働があるが、死刑囚にはない。死刑執行まで、拘置所で働くこともなく、刑が執行されるまで待つだけで、言い方かえれば、人の税金を使っての食っちゃ寝生活。最後まで人様に迷惑をかけるんだが、法律だから仕方ない。
死刑に賛成、反対の意見をするつもりなんてないが、生きていた頃に感じていたのは、死刑でも無期懲役でもなく、数百年、数千年の懲役刑にして、死ぬまで重労働させたほうが犯罪の抑止力にはなるのではないかと思ったこともある。ま、費用となる税金が多くなる可能性が高いので、声を上げて訴えたりはしなかったが。
爺さんは椅子から立ち上がると、
「さてと、そろそろ案内担当が来る頃じゃな。楽しかったが、お主とはこれまでじゃ。次にあっても、わしの事は覚えておらんじゃろう。頑張れ、元気でなというのもおかしな話じゃが達者でのう。」
俺も立ちながら、
「いや、達者って・・・死んでるから、達者もなに・・・」立ち上がる一瞬、目を離した瞬間、爺さんの姿は消えていた。現れた時も突然、消えるときも突然。案内担当の前座というのは嘘で、この死後の世界のお偉いさんには間違いないだろうと思った。
そんな俺の姿を遥か上空で見下ろしているものがいた。そして、小さく呟いた。
「やっと、見つけましたわ。長いこと待った甲斐がありました。あれなら私の願いも叶うかもしれませんね。」
いつもお読みいただきありがとうございます。
この爺さん何者なんでしょうかね。ほっほっほっほっ。
次話投稿予定日は10月31日予定です。
よろしくお願いいたします。