奇妙な爺さん
突然の声というか、心の中に響いた声に驚いた。声がした方を見ると、いつの間にか、一番近くのソファ椅子に、爺さんが座ってこちらをみていた。
「ここはどこなんでしょうか。」と尋ねてみたが、爺さんの反応はない。もう一度繰り返してみたが、やはり反応がない。では、先ほどの声の主はこの爺さんではなかったのだろうか。辺りを見回そうとおもったが、恐ろしい光景が思いを過ぎった。同じ顔をした爺さんが俺を取り囲んでいる光景を・・・。と同時に、
「ほっほっほっほっ」という俺を取り囲んでいる爺さんの笑い声が、幾重にも重なって今にも聞こえてくる気がした。 恐ろしくて、前しか見れなくない。死んでしまったことより、現在の危機的状況が精神を支配していた。
「そっか、そっか、お前さん、意思の疎通がまだ上手く出来んようじゃな。」と、田舎の爺さんが語り掛けるようなのどかな口調が響いた。その一言で、呪縛が解け、緊張から解放された。よくあるホラーのパターンでは、この後に真の恐怖が待ち受けているわけだが、恐る恐る周りをみたが、誰もいなかった。目の前にいる爺さん以外は。とりあえず、危機的状況はなくなったようだ。
そんな俺の心の葛藤をしらない爺さんは、優しい声で、
「お若いの、下界と同じように話すことは出来ん。コツは、わしの目を見つめて、愛してると、呟けば良い」
『えっ?』いやいやいやいや、何かの聞き間違いだろう。そんなバカな話があるはずがない。やはり、本当の恐怖はこれから始まるのだろうか。じいさんを見ると、笑顔で、ほれっ、さっさと呟けと、煽っている。
『いや、いやいやいや、いくらなんでもあり得ない。どう考えても、今のこの状況を打開する方法を俺は知らない。』爺さんと目をあわさないようにしつつも、どうしたらよいか戸惑っていると、
「なんじゃ、つまらんのぅ。せっかくのフリなのに、ボケもツッコミもできんとは。いやはや、最近の若いもんは、年寄に冷たい。」首を横に振りながら、うつむく爺さん。
『えっフリ?えっ?フリなの?っていうか、無茶ブリでしょ。』思いながら爺さんを見ると、チラッ、チラッと横目こちらを見ながら、さぁこい、いつでもこい、という感じで身構えている。
もし生きていたら、ブチ切れていただろう。いや、生きていたら、死んでしまったという悲しみもないから、ボケの一つでも出来たかもしれない。だが、今はそんな心境ではない。できれば、悲しみが癒えるまで、そっとしておいてほしい気分なのだ。怒る気持ちにもなれなかった。
もしかすると、俺は生きている時にこの爺さんに対して、相当失礼なことをしたかもしれない。もし、その仕返しだとするとどうやったら許してもらえるのだろうか。
爺さんを見ながら、爺さんの心に問いかけるように、自分の心のなかで、
「俺は、人間として生きている間にあなたに対して相当失礼なことをしたんでしょうか。どうやったら許していただけますか。」と呟いてみた。
「つまらん回答じゃな。ま、会話ができるコツはつかんだようじゃな。」つまらんという顔をしながら、爺さんの声が聞こえた。続けて、
「お前さんが、人間と呼ばれる存在であった時に会ったことはないし、失礼なことをされた覚えもないわ。」爺さんは、ソファ椅子を手で、二度たたきながら、座れと合図した。軽く一礼をして、隣に座った。
「なあ、お若いの。ここは魂生の間。魂が生きていく場所。今までのことを振り返りつつ、今後の事を考えていく場所じゃ。死を理解した瞬間、器と魂の繋がりは切れたんじゃよ。」
「器?」
「お前さんでいうと、人間の体のことじゃよ。繋がりが切れたことで、二度と元に戻ることは出来ん。昔のことを思い出すこもと必要じゃが、次の魂の器をどうしたいのか、それを考えないといかん。詳しくはそのしおりに載っておる。」俺の目の前で浮かんでいる本を指さした。
爺さんの話を聞いているうちにと段々気持ちが落ち着いてきた。そういえば、爺さんの名前を聞いていなかったし、自分の名前も言っていなかったことに気が付いた。その瞬間、爺さんが俺の前に手をだして、
「名前なんてもんは、器についているもんじゃよ。器と繋がりが切れた以上、名前なんて役に立たんよ。
わしのことは、ジジイとでも呼ぶがいい。わしも、お前さんかお若いのとしか言わんからの。」
俺が聞こうとした内容を先に答えたので驚いた。
「そう驚くでない。そもそも、お前さんの思っていたことはすべて判っておったわ。最初からな。」と笑顔で言う。
「特に、わしが複数でお前さんを囲んでいるところなんか、想像しただけで可笑しくての。笑いをこらえるのに必死じゃったわい。」ジト目で俺は爺さんを睨んだ。爺さんは視線を反らし、
「そういえば、先ほど、わしに失礼なことをしたといったが、確かにお前さんが人間の時には失礼なことはしとらんが、ここに着いてからなら、わしに損をさせたな。」
「え?!」俺は、ここにきてから、爺さんに失礼、いや、損って言ったよな。損させるようなことをしたのだろうか。
「なんじゃ、あのタイムは。ここに着てから意思の疎通ができるまで10分。それに上がり、死を意識してから意思の疎通ができるまで6分35秒。不甲斐ないの一言じゃ。おかげで、丸損じゃよ。」
「いや、競馬のレースや調教でのタイムみたいな言い方は、ってか、ここに来たら、すべてレースの対象なんですか?。そもそも標準のタイムなんてあるんですか。」という俺に対して、爺さんは、1枚の紙きれを出してきた。そこには、
勝人投票券、単勝 9357番 ワカゾウ と記されていた。
「か、勝馬投票券じゃなくて、勝人投票券って、だれと競争するんですか。」と思わずツッコんでしまった。爺さんは待ってましたとばかりに、
「おおおおおおお!!!、わしは、このツッコミが欲しかったのじゃあああぁぁぁぁ!!」
「いや、そうじゃなくて、というか、ワカゾウって俺ですよね。」
「そうじゃそうじゃ、お前さんじゃよ。9357人立て、単勝オッズ10万9874倍 9350番人気!!」
ショックだった。単勝で10万って・・・。それに、人気も下から7番目だったことに。
「俺、とんでもない倍率だし、超人気薄じゃないですか。自分でいうのもなんですけど、普通買いませんよ。いや、絶対に買っちゃいけないやつです。」
「いや、お主の才能に賭けてみたかったのじゃ、お主の可能性に賭けてみたかったんじゃああぁぁぁ。わしはな、わしは、夢をみたかった。お主が一番になる夢を、わしの愛「いや、その続きは言っちゃだめでしょっ。」」爺さんの言葉を遮るように言葉を重ねた。不思議そうな顔で、
「なんでじゃ?。わしの愛「だからだめですって。色々と問題になりますって。特に〇〇の愛馬って。」
「ん?!お主、生きている時は馬じゃったのか?」爺さんが尋ねる。
「いえ、人ですけ・・・・」と言いかけて気づいた。爺さんを見ると、親指をたてて、ニヤリとしてる。してやったりといった顔で・・・。わしの愛人って・・・・。今のこの状況であれば、この言葉の意味はかろうじて容認できそうだが、知らない者がみれば異常者と認識されてもおかしくはない。俺はようやく気がついた。この爺さんには、何をどうやっても、勝てない。一手どころか、二手、三手先読まれ、詰まされていき、墓穴を掘るだけなのだと。
「まぁ、いいわい、とにかくお主のせいで、わしは爆死したんじゃ。」と肩を落としている爺さん。
「爆死って・・・死んでるでしょ。お互いに。」
「死んでいるからこそ、怖いものなしなんじゃああぁぁぁ」息を吹き返す爺さん。
この爺さん、生きてるときは競馬好きなんだったんだろうなと思いつつ、
「ところで、この投票券ってどうしたんですか。」爺さんに尋ねると、
「あっ、それ、わしの手作り」ドヤ顔で嬉しそうに答えた。目の横で指でピースをしながら・・・。
どこでそんなポーズ覚えたんだと思いながら、
「こんなもん作ってんじゃねえよ。ってか、作ったんなら、一番人気ぐらいにしとけよ。いくらなんでもあの倍率と人気はひどくない?」
「夢じゃ。マイドリームじゃ。ほ~ほっほっほっ」と笑っていた。
その爺さんが突然笑いをやめて真剣な表情になり、
「いかんの。ちょっとばかし、いかんのが来おったわい。」そういうと突然、このフロア全体に響くぐらいの怒鳴り声が聞こえた。
「誰かおらんのか、責任者出てこいや!!。俺は、まだやんなきゃあかんことがある。とっとと元の世界に戻せや!!」中年の小太りしたおっさんが現れ、大騒ぎしている。さらには、複数のサラリーマン妖精が取り囲んでいるが、それを鷲掴みして、投げ飛ばしたり、引っ叩いたりしてしている。
「こんな虫けらなんか寄こしよって、俺と真っ当に話せる人間を出せって言ってるんだ。」
「ありゃ、人を殺しておるな。いや、直接手は下してはおらんだろうが、騙し、陥れて、相当恨みを買っておる。あの色はあかん。」
「色?」
「お主にも見せてやるが、驚くなよ。お前さんが今見ている姿は便器上、生きていた頃の姿じゃ。そうじゃないと死を意識できなくなってしまい、挙句には魂が崩壊してしまう。そのため、ここでは、生まれ変わるまでは、生きていた頃の姿をあえて見せておる幻の姿じゃ。今から見せるのは、本来の魂の姿じゃ。魂の浄化直後は透明じゃが、生まれ変わるとやがてくすんで白くそして、灰色から黒に近い灰色になっていく。じゃが、あの男は。」 爺さんが俺の額に手をあてた。爺さんの話からすると、爺さんの姿もその手も幻なのだろうが。
俺は強烈な嫌悪感と強烈な恐怖に襲われ、気を失いそうになったが、
「しっかりせい。お前さんの背中を支えている、わしの手を意識しなされ。少しは耐えられるじゃろう。」確かに、背中に意識を集中してみると、温かみを感じた。そして、中年の男を見た。いや、男がいたと思われる場所を見た。
黒に近い紫いろの塊があるが、その表面は異様に波打っており、あちこちで、何かが飛び出しては塊に戻っている。まるで表面に気持ち悪い虫が這いずり回っているような光景。で、たまにそれが、太陽のフレアのように大きく飛び出しては、塊に戻っている。そのフレアに触れたサラリーマン妖精は、一瞬で消えてしまっている。また、その塊からは、下にドロドロした液体のようなものが垂れ続けているし、飛び出したフレアからも垂れ流れている。直視できずに思わず目を背けていた。
「よいか、ここから動くなよ。」と爺さんは言うと、椅子から立ち上がりその塊に近づいていく。それを黙ってみるしかできない俺だった。
その塊が爺さんに近寄る爺さんに気づいた。
「お前が責任者か? さっさと元の世界に戻せ。くそじじい。」伝わってくる声も、禍々しい声に聞こえる。
「責任者といっても、何人もおるからのぅ。はたしてお前さんの言う責任者っていうのはどれかのぅ。」と
ぼけたような話し方だが、声には先ほどまでの俺とふざけていた感じとは全く違い凄みを感じた。例えば、正面から顔を見ることができたなら、顔は笑っていても目は笑っていない。そんな感じが言葉から読み取れた。多分、実際にそうなのだろうし、多分、相当な目力で相手を睨みつけているであろうと。それだけ、今の声には重みが感じられた。
「じじい、ふざけてんのか、俺を元の世界に戻せるやつってさっきも言っただろうが。」
「ふ~む。」爺さんは少しかんがえてから、
「すでにお前さんの器との縁は切れておる。無理じゃ。それに、少しお痛が過ぎたようじゃな。」
まるで、小さな子供をあやすような言い方に、男の怒りが増幅し、禍々しいフレアが爺さんに襲い掛かった。フッと息を吹きかけただけで、そのフレアは消滅した。そして爺さんは手を組んでなにかつぶやくと、
その男の塊は跡形もなく消滅した。
俺からは、爺さんの背中しか見えていなかったので、何をしたかはわからない。わかったのは、禍々しいフレアが爺さんに向かって飛んでいくも、なぜか消えてしまい、ついでに、男の塊も消滅したとだけしかわからなかった。
爺さんは笑顔をみせながら、俺のそばに戻ってきた。俺も座っている位置を横に移動した。先ほどと座っている位置が逆になった。
俺が話しかけようとするが、先に爺さんの口が開いた。
「あれだけ穢れた魂じゃ、浄化するために地獄に送った。」とさりげなく、ごく普通の会話のように話したので、思わず聞き逃すところだったが、確かに爺さんは地獄といった。
「じ、地獄・・・」つぶやく俺。
「浄化には千年近くかかるじゃろうて。その間は苦痛じゃよ。死んだほうがマシだと何度も思うじゃろうな。魂は死なんがね。」と、うっすらと笑いを浮かべながらそう話す爺さんは少し疲れた様子だった。
初回投稿なので、2話分投稿しました。 (正直間に合ってよかったと思うぐらい、話が上手くかけず、文章力の無さを痛感しました。 読みにくくて、すみません。
次回からは、隔週更新です。
間に合わない場合は、事前に前回の後書きに追記します。(ご了承ください)
今回の話であった競馬ネタについての補足をします。(競馬知らない人はわからないと思うので。)
競馬ではそのレースの全体のタイムとゴールまで600mからゴールまでのタイムをよく使います。
特に、ゴールまでの600mからゴールまでのことを あがり3ハロンといいます。(1ハロンは200m)
特にこのあがり3ハロンはラストスパートの強い馬ということで、レースや調教では重要視されるので、
それを、今回はネタとして使用しました。競馬を知らない人はわかりづらいので、補足しました。
また、同様に〇〇の愛馬という表現ですが、実は某アニメで使われる表現で、この部分を書き終わったころに、2021年にシーズン2のアニメが放送されると発表があって、絶妙なタイミングって一人で喜んでいました。
馬券にはいろいろな種類があります。その種類については、長くなるので割愛します。
人気はその文字通りです。オッズとは、倍率のことです。高ければ高いほど、人気薄、勝つ確率が低いです。でも当たれば、ウハウハですけどね・・・。
さて、競馬場に行くことは、未成年でもOKです。。(子供連れも多いです。)馬が走る姿は競馬好きならわかると思いますが、すごく綺麗です。ただし、馬券の購入は法律で決まっていて、20歳を過ぎてからです。これは絶対に守ってくださいね。
さて、次回は、いよいよ、魂生のしおりの内容について、爺さんと相変わらずのおバカなお話が続きます。(すみません、アンデットとして蘇るのは、もうちょっと後です。)
では、次回もよろしくお願いいたします。