桜と雪の思い(前編)
サクラの聞きたいことに対して、怒るつもりはなかったが、内容にもよるだろう。
「とりあえず、何が聞きたいのか、聞いてみないことには、わからないけどね。怒る、怒らないはそれから二しようか。」
本来ではあれば、怒らないからと言うべきなのだろうが、怒らないと言って、怒ってしまうと、今度は嘘つきと呼ばれかれない。それを避けるためにも、攻める促し方ではなく、自分の逃げ道を作る促し方をしてしまったなと、言ってから少し後悔した。
「和さんが、ここに来てすぐ、実はわたし、少しだけ和さんの心の中を勝手にのぞいたんです。ごめんなさい。」
申し訳なさそうな声で話してくるサクラだが、俺は冷や汗が出た。
「まさか、俺の過去の恥ずかしいこととかを見たのか?」
「いえいえ、それは記憶の中ですから、見てません。あくまでも心の中です。」
記憶の中と心の中、どう違うのか正直理解に苦しむが、今までの会話の流れから、心の中と記憶の中では場所が違うらしいというのだけは理解できた。
「その心の中で非常に強いイメージだったのが、薄いピンクと白の色のイメージとサクラという言葉と真っ白な色のイメージとユキという言葉、後は、弱くて色のイメージしかなかったのですが、薄紫と白、紅色と黄色、微弱でしたが、薄い青と白のイメージを読み取れました。このイメージと強弱の差について何か心当たりはございますでしょうか。」
そのサクラの質問に対して、心当たりはあった。
「心当たりはあるよ。特に、桜のイメージと雪のイメージ、そして薄い青と白のイメージの差については明確に解答出来ると思う。薄紫と紅色と黄色については、多分としか答えられないかもしれないけどね。」
「それを教えてほしいです。」
なぜ、そんなものに興味を持ったのかは不明だが、別に答えられない内容でも、答えたくない内容でもなかった。
「子供の頃は当たり前のように毎年見れていた景色が見れなくなってしまい、いつかまた、見たいと思っていた景色と、憧れていた景色が、見ることができるようになった景色の差だよ。」
俺は、桜に説明した。
非常に強いイメージと言っていた、桜と色のイメージと雪と色のイメージは、子供の頃から当たり前のように毎年見ることが出来ていた景色だ。
桜と薄いピンクと白にのイメージについて思い出す。
地元でも有名な桜の名所が思いつく。川の両岸に桜の木が約200本並んでいる場所だ。
川幅は7m~10mはないだろう。川の両側は道路になっているが、車が一台通れる程度なので、片側一方通行となっている。
道路から、川底までは3m程。川底といっても水が流れているのは、真ん中あたりの幅1m程。大雨が降れば川幅一杯まで水で浸かるが・・・。
川幅があまりないため、両岸の桜の枝が川の中央当たりまで、張り出しており、満開になると、まさに桜のアーチが出来上がり、ボリューム感は半端なかった。
高校生の頃、通学路の途中にこの桜並木があった。といっても、朝の通学時は、大回りになるため、この桜並木を横目でみながら通り過ぎる。
帰宅時に、この桜並木を自転車で通り過ぎる。帰宅するだけなので大回りしても問題はない。
春の陽気の中、自転車でこの桜並木の中を走るのは、気持ちが良かった。家に帰ると鞄や自転車、制服に桜の花びらが付いているということもあった。
川には人が通れる程度の橋が数か所かかっており、自転車を置いて、橋の中央で満開の桜を眺めたこともあった。
この近辺にも桜の名所となる場所は数か所ある。どこも綺麗な場所だったが、何故かこの桜並木が一番印象に残っている。
雪と白色のイメージについて。
豪雪地帯というわけではない。年に数回、大雪になることがある。といっても、十数センチ程度。だが、それでもその地域に住んでいれば、大雪と表現してもおかしくない。ただ、その中でも、数年に一度あるかないかの出来事が強く印象に残っている。
それは、前日、前々日から雪が降り続き、田畑に雪が残っている状態で、さらに新しい雪が降り積もる深夜に起こる。住んでいた家の近くにはもちろん、他に家もある。道路もある。だが、雪の降り積もる深夜、国道の車の通りもほとんどなく、人の声、犬猫の声も聞こえない、無音状態。そして、最も重要なのが、無風であること。
風が少しでもあると、草木が揺れ音がする。それに、雪が斜めに降ってくる。無風であれば、雪は、自分の重さで、ゆらゆらはするが、ほぼ真上から降りてきて、真下に降りる。
この時、目を閉じ、耳を傾けると聞こえてくるのだ。雪が降ってくる音なのか、積もった雪が凍る音なのかそれは良く分からないが、かすかに音が聞こえる。どう表現するば良いかわからない。擬音でも表現することが難しい。
よく雪が降るときの表現として、【しんしんと】と表現されるが、それと似ているようで異なり、水が氷る時の【ピシピシ】という音とも似ているようで異なる。
もしかするとこの音は、俺にしか聞こえなかった錯覚かもしれないが、それを感じたいために、夜の寒いなか、自分の部屋から抜け出して、自分の家の田畑に立っていたものである。ただのバカだったのかもしれないが・・・。
無風という条件がなかなか成立しないため、数年に一度体験できるかどうかである。深夜遅くまで起きる体力が付く中学生の頃からだと思うが、この経験をしたのは、3回しかなかった。
「そして、桜も雪も毎年当たり前のように見ていた景色だったが、死んでしまう十数年前から、見ることが出来なくなったんだ。」
ちょっと長く話過ぎたかと思ったが、サクラはしっかりと聞いてくれたようで、
「どうしてですが、病気で見に行くことができなくなったからですか。」
「いや、住む環境が変わったからだ。」
そう、住む環境が変わったのだ。同じ日本には住んでいたが、花びらを散らせる桜を見ることが出来ない、雪が降らない地域。沖縄に移住した。
その分、青い海と白い砂浜のイメージで子供の頃は憧れていた海の景色も見ることが出来た。ただ、創造していた青さとは異なっていたが、それでも、今まで見ていた海や砂浜とは異なり、感動もした。そして、それは、ここ数年いつでも見ることができた。
「それで、昔の記憶のイメージが強くなって、日ごろ見ることが出来るイメージが弱いんですね。」
「ああ、いつでも見れると想っていた。だけど、それを再び見ることが出来なかった。最後に見た時に、もっと良く観ておけば良かった。」
「・・・・・・」
サクラは黙ったままだ。
「当り前のように見れると思っていた景色、いや景色だけじゃない。人との関係もまたしかり。いつでも会えると思っていた友人。最後に見た時に良く観ておけばとは言ったが、いつが最後になるなんてわからない。」
「和さん・・・」
「もう一度見たい、会いたいと思っても時すでに遅し。自分がくたばっちまったからな。悲しいもんだよ。」
しばらく、俺とサクラの間に沈黙の時間が流れた。
俺はサクラの言っていた他のイメージについても考えてみた。
紅色と黄色。
思い浮かんだのは紅葉。沖縄では見ることが出来ない。内地の小学校から、沖縄の小学校にわざわざ、紅葉した、もみじの葉や銀杏の葉が送られてくるぐらいだ。それが新聞やニュースになるぐらいだから、沖縄にはもみじ狩りという言葉も浸透していない。
子供の頃に見た紅葉についても、それほど綺麗だったというイメージは残っていないが、もみじの葉や銀杏の葉が色付いているのを見るのは楽しかったと記憶している。真っ赤ではなく、紅色と黄色についても、派手な黄色ではなく、薄めの黄色というイメージが強い。小学校にあった大きな銀杏の木の記憶が関係しているのと思われる。
薄紫と白。
小学校にあった、藤の花だろと・・・。紫陽花かとも思ったが、紫陽花は、紫というより、複数の色が混在というイメージしか浮かんでこない。
紫陽花には悪いとは思うが、自分は紫陽花をわざわざ見ようとは思わなかった。綺麗は綺麗なのだが、ごちゃごちゃしているというか、わちゃわちゃして、騒がしい。賑やかすぎるのだ。
藤棚については、沖縄でも探せば見ることが出来ただろうが、その機会がなかった。小学生以来見た記憶がないことと、大人になって、薄いピンクや紫を好むようになったこと。ただ、藤の花については、紫陽花のように賑やかというより、もの静か、おしとやか、淋しさを感じさせる。でも存在感はしっかりとあるというイメージ。
なぜ紅葉と藤の花のイメージをサクラが感じ取ったのか、いや、俺がそのイメージを持っていたこと自体認識がない。色の好みについては、大人になってから、原色より中間色、特に淡い色を好むようになったのもなにかしら影響があるのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「和さん、私、その景色を見たいです。」
サクラがそう呼び掛けてきた。
サクラの気持ちもわからなくはないが、桜は春で、雪は冬。その季節にしか見ることことが出来ないものであるし、そもそも俺は死んでいてその景色を見せに行けるわけがない。
「見たいと言われても、俺が生きていた頃の話であって、死んだ今となっては、その景色を見せにいくことなんてできないわけで。残念だけど・・・」
「いえ、別に実物を見たいといっているわけではなく、和さんが思い浮かべていただければ、恐らく見ることができると思います。」
思い浮かべるだけでサクラが見ることが出来るなんて、そんな都合の良い話があるわけがない。という疑問を察知したのか、
「今、私は、和さんの記憶の中にいるってお伝えしましたよね。和さんの記憶の中の景色であれば、見ることが出来るはずです。おそらくいずれかの箱が反応すると思います。」
確かにサクラは俺の記憶の中にいると言っていた。なら、見ることが出来るのかもしれないが。
「さっきから、出来るはずです。とか、思います。とか不確定な言い方するけど、大丈夫なのか。」
しばらく返事がなかったが、
「初めてのことですから。でも、大丈夫です。」
「いや、なにが大丈夫かはしらんが。もしサクラに何かあっても俺は何も出来んぞ。」
「見れるか見れないかはわかりませんが、不測の事態が起こる可能性はないと思います。」
何を根拠に言っているのか確認をしたかったが、自信満々に言い切るサクラに対してあえて質問はしなかった。
俺は、昔の記憶を思い出してみた。だが、上手く出来ない。そもそも、実家の桜並木を見たのは、20年近く前のことだ。その間に、その他の場所でも桜を見たわけである。なかなかその桜並木だけに集中が出来ず、他の場所で見た桜の記憶も混在して、気持ちが悪くなってしまう。
このままでは、色々な景色が混在した記憶が蘇りそうで、見たサクラも気持ちが悪くなるだろう。そんな思いも混ざって上手く集中することが困難になっていた。
「すまない、集中したいので、しばらくの間、サクラ、目を閉じていてくれるか。」
「よくわかりませんが、私が目を閉じれば集中できそうですか。」
「ああ」
「わかりました。では、目を閉じてますね。」
そのサクラの言葉を確認したうえで、もう一度思い出してみた。川を中心として、その両端にある道を思い浮かべ、そして両岸に桜の木を思い出して、桜の枝を川の中心方向に伸ばす。
そして、桜の花が開いた景色を思い浮かべる。それを奥まで続ける。満開の桜の花だが、恐らく3割増しぐらいしてしまったかもしれない。川にかかる人が通れる程度の橋を思い出して、その橋の中心にサクラを立たせる。
どうやら出来たようだ。ただ、サクラがこれを見ることが出来るかどうか。橋の中心にサクラを立たせたが、それがサクラとリンクするかは不明。
だが、そこだからこそ、前後左右に桜の花を見ることが出来る絶好の場所だ。出来ればリンクして欲しい。
「桜、目を開けていいぞ。」
俺は、サクラに呼び掛けた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
2021年 1回目の本編の投稿となります。
正月休みはいかがお過ごしでしたでしょうか。コロナの影響で今年の正月は随分と様変わりしてしまいましたが・・・。
正月休みの間に、しっかりと続きを書こうと思っておりましたが、一文字も書けませんでした。
家族サービスってやつです。
で、当初の予定より、少し短めで投稿となりました。本当は次回投稿文までが今回分の予定でしたが、分割となりました。(ごめんなさい)
次回投稿予定は、1月23日0時を予定しております。
本当はもうちょっと後書きを書いておりました。投稿の失敗で、後書きがすべて消えてしまって、
何を書いていたか思い出せなくて、断念。
次話投稿はきちんと最後までしっかりとしましょう。
では、またお会いしましょう。
敏之助