変身王
研究の出だしは思ったより順調だった。
早速マナを全身にめぐらせる。頭の先から爪先まで十分に行き渡らせる。
そのまま体内から体外へ、身体中を覆うようにマナを集中させ、修復する時と同じように身体の側面を埋め合わせていく。
姿が変わったであろう自分の手を見てみる。
シワが多い、華奢な手だ。女性の手のように見えるが若くない者のようだ。
「よし...これでいいはず。どうだ...?今俺の姿どうなってる...?」
洗面所に向かって鏡を確認する。
そこに立っていたのは母の姿だった。
「...母さん......。」
何も考えずに姿を変えたつもりだったが、心のどこかで母の姿を思い浮かべていたらしい。
鏡に映る驚いた顔の母。
恐る恐る優しく微笑んでみる。
いつも自分に微笑みかけてくれた母の姿がそこにあった。
思わず感情がこみ上げる。泣きそうになる母の顔を見て、涙を堪え、魔法を解除した。
「頑張ろう。まだ終わりじゃない。まだ見返せる。」
それからまた何年もの月日がながれた。
アルマ16歳。
今ではこの世界に存在する生き物、はたまた存在しない伝説上の生き物。質量が大きいものから小さいものまでありとあらゆる姿に変身できるようになった。
国から完全に孤立して8年。この村は完全に自給自足になり、外部との関わりを絶ってしまった。
たまにやってくる旅人が居るぐらいだが、それも年に数人程度。
アルマはその間も何度か王都へ出かけてはいたので、今の国の状況はしっていた。
勇者王は初めこそ王としてしっかり統治していたものの、あまりそう言った知識はなかったらしく、大臣となった前王にうまく丸め込まれ、今はただ己の名声に目が眩んでやってきた女たちに囲まれて玉座に座っているだけの状態らしい。
また土地は痩せてきてはいるものの、それでもまだ国としては機能していて、戦争中よりはマシ、とのこと。
正直心の中ではざまあみろと思いつつ、たまに王都で自ら作った魔法を作っては街の人を揶揄って帰ってきていた。
そのうち住人たちも何かタネがある手品か何かだと思い始め、親しみを込めて変身王などと呼んでくるようになった。
そんなある日。
「アルマという方はいるかしら?」
1人の訪問者が現れたのだ。ながれものの旅人が、半ば迷ってたどり着くこの村の場所をどうやって突き止めたのか。
「どちら様で?」
「私はメリノス。」
メリノス。この国でメリノスと言ったらメリノス教だ。それに加えて、この国では神との差別化を図るために、メリノスという名前を子供に付けるのは禁止されている。
「メリノス?嘘つくならもうちょっとマシな名前にしたほうがいいよ。」
「あら、あたしの名前が変だって言いたいの?」
「いやそうじゃなくてさ、この国の宗教知らないわけじゃないよね...?」
「えぇ知ってるわ。」
「だったら、その名前を語るのはダメだってわかるでしょ。まぁなんでもいいや。アルマは俺だけど、なんの用?」
悪びれる様子を微塵も見せない相手に呆れながらも、一応用件は聞いてみる。
「あなた、あたしが作り出した魔法以外の魔法を自分で作り出したそうね。」
「...、どこでそんなこと聞いたの?王都じゃ手品師としては少しばかり有名だけど...。」
「アレは手品じゃないわ。魔法で姿を変えているのでしょう?」
それを聞いて目線を相手に向ける。
容姿は至って普通の女性。少女というには大人びていて、かと言って大人かといえばそうでもない。自分と同じか少し年下のように思う。
「姿を変える魔法なんて習わなかったけどね。」
「だからあたしが作った魔法以外のものを使っているんでしょう?と聞いているんじゃない。」
「そんなこと可能ならもっと大ごとになって...って何?今あたしが作ったって言った?」
「えぇ。さっき名前は伝えたはずよ。」
当たり前でしょ?とでも言いたいように言い放つ。嘘をついているというにはあまりにも堂々としている。
「いや...もうどこからツッコミを入れていいのやら...」
「別に認めないでもいいわ。今日はあなたにやってほしいことがあって来たの。」
そういうと、許可を取るでもなく家の中に入り、椅子に腰掛けた。
「ちょっと...、勝手に...」
「貴方、勇者のことは知ってる?」
「...この国に住んでてそれ知らない人いるの?」
「アレ、こっちに連れて来たのあたしなの。」
場が固まった。何を言っているのかわからない。
「こっちって、どっち?国に?」
「違うわ。この世界じゃない別の世界よ。」
「えーっと、揶揄い目的なら帰ってほしいんだけど...、」
「魔法もない、魔王もいない、そんな世界からあたしが連れて来たの。」
話を要約するとこうだ。
魔術師の儀式により、目を覚ましたこの自称メリノス様が、魔術師に応えて異世界から勇者となりうる人物を連れて来た、と。
「そんなことを俺に言って何がしたいの?」
「それが本題なの。勇者の召喚って、何も代償がないわけじゃないのよ。それ相応のリスクと代償がある。もともと世界の質量を100とした時に、この世界の外から+10持って来たら向こうの世界は90になっちゃうでしょ?」
その原理は少しわかった。マナを使い魔法を放つ行為と似ている。魔法としてマナを放つことで、また再び世界にマナを戻しこの世界は循環している。
「だから、今向こうの世界は欠けた10の質量を取り戻そうと、扉を開けっぱなしにしているわけ。」
少し、嫌な予感がする。
「その質量の中には、死んだ魂とかも含まれちゃうんだけど、ここ数年で大量に魂になったものってなんだと思う?」
「.........、魔王軍?」
「そう。だから向こうは今大変なわけよ。」
「...だからなんだっていうんだ。」
「あなた、代わりに向こうに行って、元魔王軍退治しない?」
頭が真っ白になった。
ふざけている。嘘でも冗談でも揶揄いでも、そんなことどうしてこんな初めて会う人に言われなくてはならないのか。
「なんで俺なんだ?他の誰でもいいだろう。それこそ勇者様とやらを連れていけば一件落着だろ。」
「一度異世界に連れて来ちゃった人は、原則元の世界に戻せないの。」
「...ふざけんな。何年も必死に頑張って来たことを、急に現れたやつに一瞬で潰されて、その上そいつの尻拭いまでしろって...!?俺が何したっていうんだよ。なんでそこまで落とし込まれなくちゃいけないんだ...!」
「...落とし込むつもりはないわ。チャンスだと思ってほしいの。」
「...はぁ...?」
「貴方、平然とやってるけど、低級であれなんであれ、魔法を生み出すのって何十年もかかるのよ?それをたった数年でやってのけるって、相当な才能なの。」
「...」
「私でも1番最初はそれくらいかかった。マナが言うことを聞いてくれないの。それを体に慣れさせていくのに5年。」
そういうと、見たこともない魔法を唱え始める。
するとふわふわと体を浮かせ、宙に舞った。
「これは自分の質量を空気よりも軽くする魔法。風魔法と合体させれば移動もできるけど、質量を変える魔法自体は私が編み出したもの。後世にも伝えてない。」
もはや疑いようがなかった。
「...俺は、俺の力が何か役に立つのならそれでいい。」
「...」
「この村には愛着があるけど、この世界に未練はない。」
「交渉成立ね。」
「でも具体的に何をするんだ?さっき魔法もない世界だって言ってたよな。魔法がないんじゃ何もできないよ。」
「魔法がないと言うより、正確にはマナがないって方が正しいわね。」
「いやそれじゃ結局魔法は使えないじゃん。」
「空気中のマナがないってだけ。森の精霊はいるし、向こう独特のマナのようなものはあるから、そこは貴方の才能でなんとかして。」
適当感満載、というか投げやり。勇者もこんな状態で引っ張ってこられたのかと思うと少し居た堪れない気持ちになる。
「出発はいつ?」
「できるだけ早く。何かやり残した事がないなら今日にでも。」
「...いや、それなら少しよりたいところがある。あんたにも協力してほしい。それぐらいはいいだろ?」
そういうと、身支度を済ませ、王都に向かった。