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虚無感

クスタナリア王国

王都シルベニー


篭城生活から早5年。

土地も家畜も底をつき、顔色の悪い市民たちがゾンビのように生活する地獄絵図。


「どうしてこんなことに......。」


王国軍騎士団団長ソマリは何もできない自分に酷く嘆き苦しんでいた。

騎士団長とは言っても名ばかり。王国軍は騎士団と魔術士団の2つで構成されており、表向きでは2つの団長の地位や権限は同一とされてはいるものの、実際に持つ権力には大きな差があった。魔法学が発達したこの国では、王国軍といえば主に魔術士団の事を指し示し、軍事関係はほぼ魔術士団が請負い、騎士団は街の治安などの維持に回される。魔法が通用しないと分かった魔王軍相手だとしてもその立場は変わらず、国王に何度も騎士団の軍事介入を呼びかけるもその意見は聞き入れられる事はなく、こうしてただ険しい顔で悩むことしかできない日々であった。

実際のところ、仮に聞き入れられていたとしても、実戦で使えるような騎士は、そう多くは居ない。団員数一つとっても、魔術士団の1割にも満たなかった。


だがしかし、現状の魔術士団の軍では魔王軍は絶対に倒せない。


国王が取った苦肉の策が邪悪な魔物を寄せ付けない退魔の結界を王都に張り、閉じこもることだった。

その間に隣国に増援を求めるつもりだったのだろうが、魔王軍との話し合いの場を、身内の反乱で台なしにしたような国にはどの国も手を貸さなかった。

魔王軍の今後の侵攻も考えて、もはや滅んだと言っても過言ではない国に手を貸すよりも、自国で体制を整えて迎え撃つ方が良いと判断したのだろう。せいぜい時間稼ぎの囮役になってくれ、と言ったところだろうか。


こうなる事はわかっていた。こうなってしまってはもうどうしようもない。そう思い、魔王軍が攻めてくると言う情報を手にしたソマリは民に知らされるよりも早く、家族を国境付近の森の中の村へと逃した。

あそこは国の中でも、領主ですらも忘れかけたような辺鄙なところだ。もしかすればあるいは、魔王軍から逃れられるかもしれない。目に入った草木や動物全てを焼き払うような連中でなければ、の話ではあるが...


妻や息子は今どう過ごしているのだろうか、無事に生きているのだろうか。

この国はどうなるのだろうか。


そんな事を考えることしかできないソマリの元に、つい先日、一つの指令が下された。


「考古学者が、異世界より勇者を召喚する魔術式を古文書より解読することに成功した。準備が整い次第、召喚術式の発動に取り掛かる。騎士団にはその際、万が一に備えて護衛任務を言い渡す。」


......異世界から、勇者を召喚する。


それはこの国、いや世界で語られている、昔話のようなものだった。


『昔々、とても豊かで美しい国に、突如として魔王が攻め入り、その国の王女の願いに答えて世界を救う勇者が別世界より現れて、魔王を退治し、世界は平和になる。』


そんなありきたりな話だ。


「まさか、現実世界にそんな事が存在するとは......。」


半信半疑ではあったが、召喚予定日は本日となっている。真偽は自分の目で確かめる他ないだろう。


指定された場所へ向かい、配置につく。広い大聖堂のような大広間。普段は魔術研究が行なわれているそこには何百人にもなる魔術士団の団員が円になり、皆一斉に中心部に向けて何やら呪文を唱えている。

中心部は青白い光を放ち、何もなかった床に巨大な魔法陣が浮かび上がると、天井を突き抜けるほどの強い魔力と光を放ち、その光の塔の中から一人の少年が現れた。


「...おぉ...! おぉ!! 勇者よ...! そなたを心の底から待ちわびていた...!」


その場で見守っていた王が思わず席を立ち上がって声をかける。


勇者と呼ばれたその少年は、世界を救うにはあまりに幼く見えた。まだ15にも満たない子供のような風貌だ。

黒髪に黒い瞳。見たこともない服を身に纏い、少し驚いたような表情をしている。


「わ、わぁ...メリノスから聞いてはいたけど、本当に異世界だ...。」

「っ!? メリノス...!? だと...??」


思わず出てきた名前に声をあげてしまった。

メリノスというのはこの国の国教の神とされている者の名前だ。


「あ、えっと......、はじめまして。鈴谷リクトと言います。メリノスから話は聞いています。勇者として俺はここに呼ばれたんですよね?」

「あぁ......メリノス様...神は我らをお見捨てにならなかった......、勇者よ。よく来てくれた。メリノス様から伝わっているかと思うが、今この国は魔王軍の侵攻により破滅の危機を迎えている。其方の力を貸してもらいたい。」


それだけ聞くと全て承知と言いたそうに勇者はこくりと一回頷いた。


「できうる限りの援助はする。と言ってもこの国には魔法支援くらいしかできる事がのこされていないが......、回復役くらいには役に立つだろう。」

「いや、必要ないです。魔王を倒すために必要な物は全てメリノスより授かっています。王様は、後はもうただ何も考えずに生活していれば、すべて終わりますよ。」

「そうもいかん...!国の一大事をただ救ってくれというわけにもいかんのだ...!...ならせめて、この者を連れて行け。」


そう言われ、王様の後ろから姿を現したのは、魔術士団のローブを着た、これまた勇者と同じくらいの年頃の少女だった。

いや......、あの子には見覚えがある。確か隣の家に住んでいたリリサという女の子だ。

息子が子供の頃から、よくうちに来て遊んでいた。最近姿を見ないと思っていたが、魔術士団に入団していたとは......。


「攻撃魔法はさっぱりだが、回復魔法に長けている。どちらにせよ魔法攻撃は奴らには通じん。下手に攻撃ができるものよりサポート重視の者の方が良いだろう。それに身の回りのこともやれる子だ。戦場に送り出すのだから、これくらいのサポートがあった方がいいだろう。」

「......リリサです。よろしくお願いします。」


......なるほど。様子から察するに彼女は勇者に対する生贄、いや、足枷と言ったところか。

勇者に裏切られては困る。それが故のつなぎ止めておくための牲なのだろう。


「...、まぁ、わかりました。怪我はさせないようにします。」


勇者もそれを感じ取ったのか、あまりいい顔はしなかった。汚い大人のやり方だ。

リリサは勇者の元へ駆け寄ると、ぺこりと小さくお辞儀をした。少し何か話をした後、勇者が何やら魔術を詠唱する。


「では、早速行ってきます。期待して待っていてください。」


詠唱された魔術で、勇者の周りを取り囲むように魔法陣が発動すると、再び強い光の塔が天に昇り、それとともに2人は光の玉となりすごいスピードで移動していく。

慌てて外に出て確認した光景は目を疑うものだった。


光の塔からまっすぐに魔王軍に飛び立った光の玉は、あっという間に魔王軍をなぎ倒し、前へ進んでいく。目視で確認し、脳が理解した時には、すでに城をびっしりと囲っていた魔王軍兵は消え去っており、遥か遠くの軍勢と対峙していた。


勇者とはこれほど圧倒的なものなのか。


もうその頃には自分が何もできなかった苦悩などどうでも良くなっていた。

勝てる。

やっとこの暮らしに終止符を打つ事ができる。

ソマリの頭はその事でいっぱいだった。


2週間後、勇者が魔王の首を持って帰還した。

国は喜びに満ち溢れ、すぐに王都の外へと派遣部隊が出された。

国の状況はやはり相当に深刻なものであったが、魔王の脅威がないだけでもまだ再建の希望があり、民は徐々に元気を取り戻していった。

国中に魔王討伐の伝令が通達された頃、勇者リクトは英雄として崇められ、国王も国内の状況の悪さに責任を取り、王の座をリクトへと明け渡すと、国中が認める英雄王が誕生した。




その頃、ソレカ村

隣の領からの旅人から魔王討伐の伝令が国中に回っている事を知った、アルマは酷くどうしようもない虚無感に襲われていた。


自分のこの5年間は何だったのだろうか。

父はなぜ自分たちを呼び戻さないのだろうか。

そもそも父は生きているのだろうか。生きているならば母の死は知っているのだろうか。


いてもたってもいられずに村を飛び出すと、完成させられなかった魔術をダメ元で自分にかける。

すると皮肉なことに、失敗せずに成功し、肉体強化されたアルマは、そのまま王都へ向けて走り出した。普通では馬車で1週間はかかる王都への道のりも、強化魔術を使えば2日も走ればたどりつく事ができた。おまけにエネルギー源に自然界のマナを使うことで、自らの魔力は消費せず、疲労もしない。


“これがもっと早く完成していれば”


そんな考えが頭を離れないまま、王都へと足を踏み入れる。

かつての家へと向かったものの、そこはすでに廃墟とかしていた。

恐る恐る玄関扉を開ける。ボロボロになった壁、床。しかし家具や、引越しの際に持ち出せなかった衣服類などはそのまま残っていた。全体的に埃まみれで蜘蛛の巣が張っている。が、定期的に誰かが侵入したような足跡があり、ボロボロの家具の中で唯一ベッドだけは使えるように手入れされ、誰かが使用したような形跡が残されていた。

もしかしたら父親が使っているのかもしれない。父親が生きているのかもしれない。

そんな期待が胸を膨らませた。

その瞬間、キィ......と玄関扉が開く音がする。

一瞬ドキリとして息を殺す。


「......誰かいるのか?」


アルマの足跡に気がついたのだろう。男がそう声を発した。

壁越しに気がつかれないように玄関の様子を覗き込む。


そこにいたのは、少しやつれ、歳を取った男。


紛れもなく父の姿だった。

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